灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし
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松本則子『父ちゃんのポーが聞こえる―則子・その愛と死』(立風書房)

ハンチントン病に侵され、21歳でこの世を去った作者が残した詩に、父親、教師等のコメントを付したもの。恋愛感情であったり死の予感、ここまで赤裸々な内面をさらけ出すのかという当惑を感じつつ読み耽る。

 

松本 則子

 

私がはいると家の中が
くらくなるような気がしてなりません
要するに私はじゃまものなのです



家で看るには負担が大きすぎると施設に預けることを選択した家族を責めることは決してできないが、こういうことばを読むと暗澹としてしまう。

タイトルは国鉄の機関士だった父親が施設近辺をとおる際に鳴らした汽笛による。家族とのつながりを感じさせはするものの、なんとも裏寂しい。
 

六時二十分
父ちゃんのポーが
なりました

悲しいひびきでした



帯には「感動しました」と映画で作者を演じた吉沢京子のコメントが付されているが、素直に感動するようなものなのか、屈折した思いを抱いて本を閉じざるを得なかった。


そういえば、伝説のアヴァンギャルド・ロックバンド ガセネタが「父ちゃんのポーが聞こえる」(『Sooner or Later』所収)を歌っているが、何か関係あるんでしょうかね。

 

★★★☆☆

それにしても浜野純の極太ギターは本当に気持ちがいい。フリーとかノイズやパンクの好事家は「社会復帰」をぜひ聴いてほしい。

『日本の精神鑑定』(みすず書房)

大本教、阿部定、大川周明、小平事件、帝銀事件、金閣寺放火、ライシャワー刺殺未遂…昭和期に重大なインパクトを与えた犯罪者等の精神鑑定書を集めた貴重な資料集。精神医学の徒はもちろん、犯罪マニアにもお勧め。

 

吉益 脩夫 (監修), 内村 祐之 (監修), 福島 章 (編集), 小木 貞孝 (編集), 中田 修 (編集)

 

本書は、阿部定事件のように誰もが知る重大犯罪から静岡の聾唖者大量殺人といったマイナーな事件など16篇の精神鑑定書を集めたものである。ちなみに鑑定書を読みやすいように大幅にリライトしたもの5篇、鑑定書をほぼそのまま掲載したもの11篇が収められている。

あとがきによれば本書はあくまで科学的犯罪学的な資料であって興味本位の読みものではないとしているが、確かに精神医学の資料でありながらも、犯罪史の読みものとしてもめっぽう面白いのである。というよりも精神医学の方面からいえばやや古びた感は否めず、歴史的資料もしくは読みものとして読むほうがいい。

たとえば大島渚『愛のコリーダ』の元ネタとしてあまりにも有名な例の阿部定事件は、「定吉一つといふやうな激越な愛情」(坂口安吾「阿部定さんの印象」)による犯罪とみなされているが、鑑定書を読むと「小宮先生に一番すまなかったと思ひます、その次に石田も可哀さうだったと思ひますだとか一番後悔してゐることはあんなことさへしなければ今頃は小宮先生と一緒になれて幸福なのだがと思ふと言われる始末で、

定吉一つじゃねえじゃん

と、実は石田が殺され損の「可哀さう」な男であることに気づいたりするわけである。

ほかに注目すべきものとして、「聾唖者の大量殺人事件」の鑑定書があげられるだろう。この事件は時代劇に感化された21歳の聾唖者が強盗・強姦・殺人を目的として一年間に9人もの男女を殺害したという重大事件である。

鑑定では「不幸な聾唖と不完全な教育」のために言語能力が未発達であるがゆえの抽象能力および道徳的判断力の欠陥こそが犯行の原因であると結論づけられており、そのことを端的に表しているといえる以下のような鑑定者とのやり取りは、本書に収められた数多の面談記録のなかでも最も衝撃的なもののひとつだろう。

「丹下左膳をえらいと思うか」
「映画で見て尊敬していました。えらいと思います。私はそのまねをしたのです」
「人を殺そうとしたのは丹下左膳の映画を見てまねたためか」
「十六歳の時、映画を見て、それで最初の殺人をしたのです。その後は前のを思い出してやりました」
「見事に斬り殺した時は気持がよかったか」
「まだ未熟で、そういうのにぶつからないからわかりません」
「丹下左膳のようにうまくやってみたいと思ったか」
「さようでございます」
「お金をとることと、うまく殺すことと、どちらがうれしいか」
「殺して金をとれば、一番うれしい」[中略]
「金をとるのと殺すのと、どちらが悪いか」
「わかりません」


結局、法廷では被告の聾唖に由来する知能の未達は認められず死刑となるのだが、精神鑑定の結果を採用せず、「情性に欠陥ある性格異常者」という人格障害の部分を採用した裁判官の判断をどのように考えるかなど、精神医学と司法のせめぎあいといった観点から見ても面白い本である。

以下、収録内容をあげておく。

大本教事件(三浦百重)
阿部定事件(村松常雄,高橋角次郎) 
電気局長刺殺事件(内村祐之)
若妻刺殺事件(内村祐之)
聾唖者の大量殺人事件(内村祐之,吉益脩夫)
大川周明の精神鑑定(内村祐之,神谷美恵子)
俳優仁左衛門殺し事件(内村祐之)

小平事件(内村祐之)
帝銀事件(内村祐之,吉益脩夫)
金閣放火事件(三浦百重)
メッカ殺人事件(吉益脩夫,武村信義)
「間接自殺」としての強盗未遂事件(中田修)
杉並の「通り魔」事件(秋元波留夫,風祭元)
ライシャワ-大使刺傷事件(秋元波留夫,武村信義)
愛妻焼殺事件(秋元波留夫,萩原泉)
横須賀線爆破事件(中田修,福島章)

※メッカ殺人事件と横須賀線爆破事件の犯人については、本書の編集にも関わった加賀乙彦(小木貞孝)『死刑囚の記録』や、彼らをモデルとし死刑囚たちの死に対峙する日々を綴った同作者の力作『宣告』で、その様子を知ることができる。

 

★★★★☆

アンリー・ピエール・ロシェ『突然炎のごとく』(ハヤカワ文庫)

生命のエネルギーがそのままほとばしるような魅力的すぎる女性とその全てを受け入れようとする男、そして彼女のエネルギーに抗おうとする男の関係をひたすら描き、次第に深まる破滅と死を色濃く感じさせる恋愛小説

 

アンリー・ピエール・ロシェ

 

もちろん、『突然炎のごとく』といえばトリュフォーであり、ジャンヌ・モローに尽きるのであって、原作の影は映画の前では実に希薄なものである。

映画の出来に比べれば、簡潔な文章で色恋のイベントを断章のように積み重ねていく老いたダダイストによる恋愛小説は、それほどのものではないかもしれない。確かジャンヌ・モローは、本書をさほど評価していなかったように記憶している。

それでも、古本屋でたまたま本書を手にとったトリュフォーにインスピレーションを与えたのは確かであり、1900年代から30年代のヨーロッパを舞台とし、ひとりの女が二人の男を同時に愛せるのかという問いかけをしながらも、実は、ひとりの女を同時に愛しながら二人の男が真の友情を繋ぎ続けることができるのかという二重の物語として読めることも確かなのだ。

いわゆるホモソーシャルを描いたといってしまえばそのとおりだろうが、読んでも読んでもすっきりしない、つかもうとしてはすり抜けていくような澱のごとき読後感は、読んだものにしかわからないだろう。

ただひとついえるのは、読むことで何かが変わるということだ。

 

★★★★☆
 

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