9/3 オンライン哲学カフェのご報告
我らが哲学の師匠、江口先生が栄転されて、悲しんでいた私たちに
「ぼく、宇都宮行きますから!また、哲学カフェやりましょう!」
と言ってくれて、安堵した矢先のコロナによる広まり・・・
もう、先生とはご一緒するのは難しいかな・・・。
いや、そうであってはいけない!!!!!!!
よし!私たちもやろうと、先生と連絡が取れ次第オンライン哲学カフェ開催にこじつけた代表と運営の待望の企画でした。
さて・・・
あまりのうれしさにヒートアップしてしまいましたが本題ですね・・・m(__)m
おしくも当日、子どもの幸福度ランキングが発表されまして、日本は精神的な幸福度が低いとの結果に。
コロナによる自粛の影響か?
‟精神的な幸福”とは何か。を胸に秘め、コロナの前と今で何が変わったかという
アイスブレイクから、スタートしました。
そもそも「メンタルが低い」と自虐的に思い込んでいるのではないか。
付き合いにわずらわしさがあるのではないか。
という意見に、友人との付き合いにわずらわしい部分と、欲する部分の境界線があることに気づきました。
友人が限定されたことで、本音で伝えやすくなった。という「せまい付き合い方」にフォーカスを当てた方。
かたや、雑談自体も気晴らしになるのに、それすらはばかれるという「広い付き合い方」にフォーカスを当てた方。
また、同じ相手でも、距離を取りたい時と、ぐっと近づきたいときがある、という意見もありました。
心の発散と求め方は人ひとり、タイミング一つにおいても千差万別であり、それぞれの捉え方があるという事実。
その中で、「付き合いや目標に対して、以前の私は頑張りすぎていた」とい気づかれた意見も。
いづれにしても、「いい振り返りの期間であった」ことは紛れもない答えで、みなさん頷きながら傾聴していました。
では、「精神的な幸福度とは何か。」
みなさんの対話の節々にそれをよぎるものがいくつかありました。
「オンライン」と「オフライン」の違い
「孤独感」
「伝える力」
「共感の場」
「人と会って、でないとできないもの。
それは何か」
オンラインは、本人が出してくるシグナルを読み取りにくい。
言葉をうまく使えない子は辛いのではないか。
分かってもらえないことは孤独になるのではないか。
家族って大切だと改めて思う。
五感で味わうことを求めている。
感染症に対しても、社会的共感していく部分はあると思う。
AIやVRについても話は進み、
また、大人が未来ある子どもたちを育てるにあたって学ぶべきことについても対話は深まります。
これらすべてについては、結論は出せませんでした。
しかし、少なからず人間らしさを失いたくないし、子どもたちを、人として根っこたる部分をもった子にしていきたい思いは共通していました。
我々は何を出来るのか。
模索は続きますが、改めて、対話する楽しさを知り、また、対話によって課題を見つける喜びを得て、今回のオンライン哲学カフェは終了としました。
子どもの言葉を紡がなくっちゃな~。。。(*´ω`*)
そう思った もこでした。