こんにちは!
うれしいことに、他の方からもご感想を頂きました😆

載せていきますね❤

参加してくださったお母さま
藤平先生(帝京大学宇都宮キャンパス・地域活性化研究センター研究員)


☆----------以下、参加してくださったお母さまより----------☆
 
今回はお子さんからの発信テーマ、『お手伝い』と『仕事』でした。
 
『対話で出てきたお話数々』と『私の子ども当時/お手伝い?・仕事?』と並行して重ね合わせて考えてみました。
 
私が中学2.3年生だった二年間、体育授業をおこなうための事前準備をしていました。
マット運動の授業前は、倉庫からマット出し体育館に敷き、マットみみをマットの中にいれます。(マットを運ぶのが重かったです。つらかったな~)
バレーボールの授業前は、ポールを立てネットを張り、ボールを出していました。(ネットがたるまないようするのが大変でした。)
それが終わると先生のお部屋に入り『準備ができました』とご報告、先生のコーヒーカップを温めてコーヒーを入れ、先生にお出しします。
そして最後に校内に咲いている季節の花々を摘み、花瓶生けてお部屋に飾ります。(これって手伝い?仕事?)
 
『手伝い』?だったのかな?『仕事』だったのかな?わからないです。
 
『先生の仕事のお手伝い?』なのか、
『クラスメートのためのお手伝い?』なのか、
『体育係としての仕事?』なのか、
『自分の仕事?』なのか、何だろう?わからないです。
 
また、少しゆっくり考えてみたいと思います。
 
先ほど職場に出勤して娘からの母の日にもらったカーネーションを花瓶に生けました。
お二人の同僚から『カーネーションきれいだね、ありがとう』の言葉をいただきました。『うれしかった』です。
それから、今夜は家族に温めたコーヒーカップで丁寧にコーヒーを入れようかなと思っています。
 
利発でかわいくて素直で元気なお子さんたちとの哲学カフェ、楽しい時間でした。
ありがとうございました。
お世話になりました。


☆----------以下、藤平先生より----------

第1回の哲学カフェは、大学職員としてコーディネートし、
次の科学哲学カフェは、サイエンスらいおんカフェとしてファシリーテートさせていただきましたが、
立場が変わり、今回初めて「普通の参加者」として参加させていただきました。

参加者の小学生から「家事・手伝い」というテーマが提示され、いつものように心地良い「知的安心空間」の中で、大人も子どもも丁寧に言葉を紡ごうとしている姿に、自分も時間を忘れて、対話を続けられました。

以前、「子どもは生活の中で楽園に居る時間がかなりある」という話題が出ましたが、実はこの知的安心空間も楽園の一つなのかな?とも思えました。

一方で、のめり込んでいくと頭の中がモヤモヤする時間帯もあり、それも哲学対話の正常な反応であるということも分かってきましたが、子どもとの対話を通じて、もしかしたら、「大人になるに従って、楽園に少しずつモヤがかかってくるけど、
でも完全に楽園の姿を消さずに、時々その姿を想像し続けられることが、大人の幸せの一つの形なのかも知れない。」
などという妄想にも至りました。

話は変わりますが、
対話の中で、実際に発言されたり、身振り手振りで伝えたことというのは、実は対話全体のほんの一部でしかないと思っています。

実際、発言に手を挙げたけど発言に至らなかった人も居れば、
手を挙げなくても、それぞれ参加者の心の中では様々な考えの変化が、それこそ地下のマグマ活動のように、見えない所でずーっと起こったりしているはずです。

できればそんな「見えない考え」も聞いてみたいし、自分で表出したい考えもあります。

でも、現実的にはなかなか難しいですね。
それを少しでも可視化出来たら、対話やコミュニケーションの新たな可能性を見いだせるかもしれない!?
というのが、私の研究テーマの一つです。
江口先生とも引き続き連携しながら、もしかしたら哲学カフェにもご協力いただく場面が出てくるかもしれません。
これからのカフェにも期待しています。

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