今日(5月27日)は「百人一首の日」だそうです。

1235(文暦2)年5月27日に、鎌倉時代前期の公卿で歌人の藤原定家が「小倉百人一首」を完成させたといわれます。
(「文暦」は「ぶんりゃく」などと読みます)。

藤原定家の日記「明月記(めいげつき)」に、文暦2年5月27日に和歌百首を障子に貼り付けたという記述が見られることから、百人一首が完成した日とされています。

百人一首には、飛鳥時代から鎌倉時代にかけての和歌が、その名のとおり、100人の歌が1首ずつ、合計100首載っています。

最も多いのは恋の歌で43首。

季節に関する歌も多く、秋の歌を中心に33首あります。

今の時季、夏の歌は4首収められています。

高校生の頃、試験の課題だったこともあって、必死になって100首を暗記したものでした。
当時好きだったのは・・・、
忍ぶれど色に出でにけり我が恋は
      ものや思ふと人の問ふまで (平兼盛)
(忍びこらえていたけれど、とうとうその素振りに出てしまった。何か物思いをしているのですかと人が尋ねる程に)
・・・なんて、よく意味も分からずに、ませたガキでした。
(今でもわからないかな?)
そういえば、この歌は歌合せになっていて・・、

恋すてふわが名はまだき 立ちにけり 

      人知れずこそ思ひそめしか (壬生忠見)

(恋をしているという私のうわさが、広まってしまった。誰にも知られないよう に、心の中で思っていたのに)

・・・なんて、2首が「忍ぶ恋」でセットになっている。

落語にも、百人一首を話題にしたものがいくつかあります。
中でも、「千早振る」と「崇徳院」が有名です。
庶民も、歌留多で遊んでいたんですから、昔から教養の強力なコンテンツだったんですね。
しかし、昔の貴族と言うのは・・、まぁ、こんなことばかり考えていたんですかねぇ・・・。