【おかめ団子】

親の言う
 (ご)ご縁が嫌で
   (ひ)一人苦しみ
     (や)やっと決心
       (く)首吊ると

・・・家業のために、親が決めた縁談を嫌とは言えず悩み苦しむなんてぇことは、昔は当たり前のようにあったことでしょう。

麻布飯倉片町の名物「おかめ団子」の店。

美人で十八の一人娘のお亀が店に出て愛嬌を振りまくので大繁盛。
今日は木枯らしが吹いて往来に人影もなく、客も来そうもないので早仕舞いする。

そこへいつも団子を一盆だけ買いに来る棒手振りの若い大根屋。

番頭は今日は早仕舞いしたから売れないと、邪険に追い返した。
店先で番頭の大きな声がしたので、主人が何事か聞くと、
「毎日、夕方に一盆だけ買いに来る大根屋でございます。今日はもう店仕舞いして一盆ばかり面倒臭いから、団子の代わりに剣突を食わして追い返してやったんで」との言い草。
主人はすぐに小僧に大根屋を呼びに行かせ、番頭に、「家(うち)は団子を売るのが商売だよ。たった一盆でも、それも毎日買いに来てくださるお客様は大事なお客様、ご常連様だ。それをあろうことに剣突食わせて、追い返すとは商人(あきんど)の風上にもおけない。今度こんな事をしたら暇を出すよ」と厳しく意見する。
主人は小僧が連れて戻って来た大根屋に謝り話を聞くと、長患いで寝ている母親への土産という。

親孝行に感心した主人は自ら一盆包み、もう一盆を皿に乗せ大根屋に食べてもらう。
そばでは番頭たちが今日の売り溜めの勘定をしている。

その多さにびっくりして、「旦那様、その売り溜めは幾日分でごぜえますだ?」

「今日一日の分だよ。今日はこの風で少ないから十四、五貫くらいだろう。普段の日は二十貫以上はあるよ」
「わしら朝暗えうちから大根洗って、一日中かついで売って八百か一貫、同じ商人でもえれえ違いでごぜえますなあ」と、驚きとむなしさで団子の包み持って中目黒まで帰って行った。
いつもより帰りが遅いせがれの顔と、いつもの土産の団子を見て、病身の老母も一安心。

美味そうに団子を食べて寝てしまった。

こんな寒い夜でも煎餅布団で寝ている老母の寝姿を見て自分のふがいなさがつくづく嫌になって来る。
それにつけても目に浮かぶのは今日の団子屋の売り溜めの金。

せめてあの金の半分でもあったらと、寝るに寝つかれず悶々としていたが、ひょっと布団の上に起き上がると、頬冠りして後ろから押されるように団子屋へ。
風で開いてしまった裏木戸から庭へ忍び込んだはいいが、むろん盗みに入るなどは初めてで、どうやって帳場までたどり着いたらいいか分らずウロウロしていると、雨戸が開いて娘のお亀さんが出て来た。
庭の小高い所まで行くと、「お父(とっつ)さん、お母(っか)さん。どうか先立つ不孝を許してくださいまし・・・」と、木の枝に緋鹿の子の扱帯(しごき)を投げ掛けて首をくくろうとする。
びっくり仰天した大根屋、駆け付けて抱き止めて「これ、何するだ!・・・」と、大声を張り上げた。

この声で目を覚ました主人はてっきり泥棒が入ったと思い店の者を起こすが、みな寝ぼけていてらちがあかない。
主人は雪洞(ぼんぼり)で庭の方を見透かして、事態を把握した。

「ああ、泥棒でも何でもない。あたしの勘違いで猫の喧嘩のようだ。もうここはいいから店に戻って寝なさい」と、店の者に気づかれないようにと追い返す。

主人はお亀に聞くと、意に沿わぬ婿を押しつけられたが、嫌と断ることも出来ずに思いあまって首を吊ろうとしたと言う。

それはそれで一件落着だが、主人は娘の首吊りを止めてくれた男に礼を言おうと見ると、昼間の大根屋。なぜこんな時間、こんな所に居るのが分からない。
「旦那様の店の今日の売り溜めの半分でもあれば親子孝行ができる・・・悪いこととは知りながら・・・」と、涙ながらに白状した。
「おい婆さん聞いたか。盗み、泥棒をしてまでも親孝行がしたいという。よく見ると顔立ちも優しいが、心根、気立ても優しい大根屋さんだ。お亀にはよかれと思って進めた縁談だが、お亀の気持ちをよく確かめもしなかったからこんな事になってしまった」
大根屋の親孝行と男っ振りに惚れ込んだ主人は娘の婿にと考える。

お亀も命の恩人、優しそうで自分を大切にしてくれそうな大根屋を嫌と言うはずもなく目出度し、目出度し。
お亀夫婦は大根屋の老母も団子屋に引き取り大切に看病、養生。

主人夫婦には楽隠居させ孝行を尽くし、店もますます繁盛。
「婆さん、こんな孝行息子見たことないな」
「そりゃそうですよ。もとの商売が大根(こうこ)屋ですから」

・・・プチ人情噺ですが、どうも大根屋が泥棒に入るという筋が気になる噺なんです。