【転宅】

「夫婦約束した女に逃げられたドジな泥棒」とかけて

「戦時中の厳しい統制」と解く

その心は「転宅(贅沢)は敵だ!」

日本橋浜町の「黒板塀に見越しの松」の妾宅。

50円渡して帰る旦那を、お妾のお菊さんが見送りに出てきた。

これを見聞きしていた泥棒がその隙に座敷に入り込み、残りの料理と酒を飲み食いし始める。

そこへ戻ったお菊さんに泥棒は「この段平物が目に入らねえか」と紋切り口上で、さっきの50円を出せとおどす。

気丈で機転がきくお菊、あわてず騒がず泥棒をおだてて、もとは自分も仲間で、高橋お伝の孫で「はんぺん」という名だなんて泥棒をからかう余裕。
もう旦那には愛想が尽き、こんな暮らしは飽き飽きしたから一緒に逃げて夫婦になろうと持ち出す。

すっかり舞い上がった泥棒、その気になって「今夜は泊ろう」ときた。

困ったお菊さん、「用心のため二階は剣術と空手の先生に貸してある」と切り抜け、あわてた泥棒を「今はお湯に行っているから大丈夫」と引き留め、「今夜は帰って明日また来て頂戴、三味線を弾くからその合図で家に入って」と泥棒を説得する。
おまけに泥棒の紙入れから、「亭主の物は女房の物」、「女房の物は女房の物」なんて丸め込んで80円も巻き上げる。

泥棒はつゆとも疑わず、じゃあ明日と妾宅を出て行く。

翌日、待ちかねた泥棒さん、意気揚々と妾宅にやって来るが、雨戸が閉まっていて三味線の音も聞こえない。

そこらを一回りして来るがやっぱり同じだ。
向いの煙草屋で尋ねると、昨夜、お菊の所へ間抜けな泥棒が入った。

お菊さんは、色仕掛けでせまって泥棒と夫婦約束までさせた。

すっかりのぼせ上がった間抜けな泥棒は平屋なのに二階と言われても気がつかない有様だったという。

泥棒が帰った後、さすがお菊さんも怖くなってお店へ知らせ、今朝早く店の若い者が来て荷物をまとめてご転宅、引っ越して行った。

そして町内の者は間抜けな泥棒が現れるのを今か今かと待っていると。
びっくり仰天、茫然自失の泥棒さん。

「一体、あの女は何者です」「もとは義太夫の師匠だったそうです」
「道理でうまく語り(騙り)やがった」

・・・凄いお姉さんがいたものです。