【田能久】
ウワバミが
(ご)ごめん許してと
(ひ)ひっかけられた
(や)ヤニ柿渋に
(く)苦しがり
阿波の国、徳島の在、田能村の農民、久兵衛。
芝居が好きで上手なので、村芝居の人気者。
とうとう趣味が高じて「田能久一座」を結成、本業そっちのけであちこちを興行して歩いている。
あるとき、伊予の宇和島から依頼が来たので出かけ、これが大好評。
ところが、ちょうど五日目に、おふくろが急病との知らせが届き、親孝行なたちなので、急いで、愛用のかつらだけを風呂敷に包み、帰り道を急いだ。
途中、法華津峠を越え、鳥坂峠に差しかかると、一天にわかにかき曇り、雨がポツリポツリ。
山から下りてきた木こりに、この峠は化け物が出るという噂だから、夜越しはやめろと忠告されたが、母親の病状が気にかかり、それを聞き流して山越えにかかる。
山中でとっぷり日が暮れ、途方にくれていると、木こり小屋があったので、これ幸いと、そこで夜明かしをすることに決めた。
昼間の疲れでぐっすり寝込んだ田能久、山風の冷気で夜中にふと目を覚ますと、白髪で白髭の老人が枕元に立っている。
気味が悪いので狸寝入りを決めると、老人
「おい、目を開いたままイビキをかくやつがあるか」
実は、この老人は大蛇の化身。
人間の味もすっかり忘れていたから、オレの腹の中へ入れと舌なめずり。
田能久、震えあがり、実は母親が病気でこれこれと泣き落としで命乞いするが、もちろん聞かばこそ。
田能久、そこでとっさの機転で、「狸で人間に化けているだけだ」
と、うそをついた。
大蛇は「ふーん。これが本当の狸寝入りか。阿波の徳島は狸の本場と聞いたが、呑むものがなくなって狸を呑んだとあっちゃ、ウワバミ仲間に顔向けできねえ」と、しばし考え、「本当に狸なら化けてみせろ」と言う。
これには困ったが、ふと風呂敷の中のかつらを思い出し、それを被って女や坊主、果ては石川五右衛門にまでなって見せたので、大蛇は感心して、オレの寝ぐらはすぐそばなので、帰りにぜひ尋ねてきてくれと、すっかり信用してしまった。
近づきになるには、なんでも打ち明けなければと、互いの怖いものの話になる。大蛇の大の苦手は煙草のヤニ。
体につくと、骨まで腐ってしまうという。
田能久は「金が仇の世の中だから、金がいちばん怖い」と口から出まかせ。
夜が明けて、オレに会ったことは決して喋るなと口止めされ、解放された。
麓に下り、これこれこういうわけと話をすると、これはいいことを聞いたと、さっそく木こりたちが峠に上がり、大蛇にヤニをぶっかけると、大蛇は悲鳴をあげて退散した。
帰ると、母親の病気はすっかり治っていたので、安心して一杯やって寝ていると、その夜、ドンドンと戸をたたく者がいる。
出てみると、血だらけで老人の姿になった大蛇。
「よくもしゃべったな。おまえがおれの苦手なものをしゃべったから、おれもおまえのいちばん嫌いなものをやるから覚悟しろ」
抱えていた箱を投げ出し、そのまま消えた。
開けてみると、中には小判で一万両。
・・・なかなか地味な噺で、手の付けづらい噺ですが・・・。