【だくだく】
「槍で突いたら血が出たつもり」とかけて
「牛丼屋で特別に注文する」と解く
その心は「だくだく・・・」
あるドジな泥棒、どこに押し入っても失敗ばかりしている上、吉原の女に入れ上げて、このところ財布の中身がすっからかん。
「せめて十円ばっかりの物を盗んで、今夜は女に大きい顔をしてえもんだ」
というので、仕事場を物色しながら、浅草馬道のあたりを通りかかると、明かりがぼんやりついていて、戸が半分開きかかった家がある。
しめたッとばかり、そろりと忍び込んでみると、家中に豪華な家具がずらり。
桐の火鉢、鉄砲、鳶の道具一式、真鍮の薬罐……。道具屋かしらん。
それにしちゃァ、妙なようすだと思って、抜き足で近づいてよくよく見てみると
「なんでえ、こりゃあ。みんな絵に描いたやつだ。こいつァ芝居の道具師の家だな」
なるほど、芝居の書き割りに使う絵以外、この家には本物の家具などまったくない。きれいさっぱりがんどう。
「ははーん、この家に住んでる奴ァ、商売にゃあちげえねえだろうが、家財道具一切質に入れやがって、決まりが悪いもんだから、見栄を張ってこんなものを置いてやがるんだな」
と合点すると、泥棒、がっかりするよりばかばかしくなったが、しかたない。
盗むものがなにもなければ、せめて盗んだ気にでもなって帰ってやるかと、もともと嫌いではないので、急に芝居っ気が起こってきた。
「ええっと、まず箪笥の引き出しをズーッと開けると着物が一枚あったつもり。その下に博多の紺献上の、十円はする帯があったつもり。ちょいと端を見ると銀側の男物と女物の時計が二つあったつもり」
だんだん熱が入ってきて、こっちの引き出しをちょいと開けるとダイヤ入りの金の指輪があったつもり。
向こうに掛かっている六角時計を取って盗んだつもり。
こっちを見ると応挙先生の掛け軸があるから、みんな取っちまったつもり。
しまいには自分でこしらえだした。
「みんな風呂敷に入れたつもり、そうっと表に出たつもり」
ちょうど目を覚ましたのがこの家の主人。
どこのどいつだと目をこすって見ると、泥棒が熱演中。そこが芝居者。
おもしろいから俺もやってやろうというので
「長押に掛けたる槍をりゅうとしごいて泥棒の脇腹をプツーリ突いたつもり」
とやると、泥棒が「うーん、無念。わき腹から血がだくだく出たつもり」
・・・実にばかばかしい。