昨日も紹介した『生存する意識』には、衝撃的な症例が登場する。

「第十三章 死からの生還」で語られるフアン氏の症例である。

 

19歳のある日、フアン氏は寝ていたベッドから落ち、自分の吐瀉物の上に突っ伏しているところを目覚めた母親が発見した。すぐに地元の病院の救急処置室に搬送され、CTスキャンで状態が調べられると、脳の広範囲に、正常な組織と損傷を受けた組織の明確な境界がない脳損傷が見られ、脳が酸欠状態になったことが認められた。

 

「彼は入院時、グラスゴー・コーマ・スケールで15点満点のうち3点だった。死なない限り、3点を下回ることはない。

二か月後も、フアンは外部からのどんな刺激にもまったく反応がないままで、植物状態であると宣告された。」

 

その頃、彼は著者のチームに連れてこられ、fMRIスキャンを、時間を空けて2度受けるが反応はなかった。

そのような状態にあったにもかかわらず、その7ヶ月後、フアン氏は自分で電話で話し、歯を磨き、食べ、歩いていた。

 

それを知り驚愕した著者は、フアン氏が植物状態であった時のこと、スキャンを受けた時のことを覚えていたのか等、様々な疑問についても本人に直接確認していくことになる。それらの話も大変興味深いものだが、ここでは割愛する。(彼は最初に著者の病院にやってきたときの様子を、誰が電極を取り付けたかも含め、ほんの些細なことにいたるまで全て覚えていた。)

 

問題はどうやって彼がそんな状態まで回復できたのか、だ。

 

母親のマルガリータがフアンの回復のために行ったことについて話しているので引用する。

 

「「氷をフアンの足に当てたり、コーヒーの粉を持ってきて匂いを嗅がせてみたりしたんですよ。フアンが回復センターに行かせてもらえるように、訴えつづけました。高圧酸素治療を120回も私が自分で手配したんですから」

(中略)

「病院は、何をしたらいいかわかっていませんでした。薬をどんどん増やされて、三か月で七サイクルも抗生物質を投与されました。フアンの免疫系はだんだん機能しなくなって、高熱が四日も五日も続いたものです。酸素治療のおかげで、フアンの免疫系は強くなりました。[私は、]脳損傷にかかわったことがあって栄養補助食品にとても詳しい栄養士さん[を雇いました]。こういうことを自分たちでやったんです。フアンに起こったことは奇跡などではなく、努力を積み重ねた結果です」とマルガリータは語った。」

 

やはり、座して待っていても奇跡は起こらないのだと思う。

 

フアン氏の例では、高圧酸素治療と栄養が鍵と思われた。栄養は経管では限界があり、現状すぐに胃瘻を考える気にはならなかったので、高圧酸素治療を検討していった。

 

そもそも高圧酸素治療(高気圧酸素治療)とは、専用の機械に入り、100%の酸素で2気圧(水深10mと同じくらいの圧力)まで加圧し体の中に生じた酸素不足の状態を改善する治療法である。高気圧下で酸素を吸うため、圧力に比例して体内の血液に酸素が溶け込み(これを「溶解型酸素」という)、溶解型酸素は高い圧力をかけることで直接血液中に酸素が溶けるので、赤血球の数に関係なく、血液中の酸素量を増やすことができる。溶解型酸素は結合型酸素よりも小さいので、末梢血管や毛細血管など細い血管まで酸素を運ぶことができ、あらゆる低酸素状態の改善を図れるというものだ。

重症の低酸素脳症は適応疾患に位置づけられている。

 

高気圧酸素治療装置には第1種装置と第2種装置があり、第1種装置は酸素カプセルのような形状で患者1名をタンクに収容して純酸素で加圧・直接吸入するタイプ、第2種装置は患者数名とスタッフを同時に大型タンクに収容し、空気で加圧を行い、マスクを介して患者のみ純酸素を吸入するタイプとなる。

 

第1種装置は小型であり、人工呼吸器等を持ち込むことができないため、そうちゃんの場合は第2種装置しか使えない。

 

インターネットで調べていると、過去の資料で入院している病院も第2種装置があるとの情報が得られた。そういえば、エレベーターにも高圧酸素室なる表示があった気もする。

数日後に主治医に聞いてみると、過去には備えていたが、更新のための費用が大きいため現在は廃止してしまったとのことだった。

 

そうすると、退院してまで実施するかどうかということになる。

幸い、それほど遠くないところに第2種の高圧酸素治療装置のある病院は見つかったが、自発呼吸のない現状で転院するのは先方の受入体制もあるし、妻が納得できる説得をできるかも問題だ。

 

更に高圧酸素療法について調べていくが、フアン氏のような著明な回復効果を見せた事例は見当たらず、むしろ、効果があるのは急性期までで、亜急性期以降では効果がほぼないような症例が見られただけだった。

 

実際問題、フアン氏は120回も高圧酸素治療を行ったとされるが、重度の低酸素脳症では10回しか適応とされていない。これは保険適用が10回までということかもしれないが、その回数を超えて治療を受けるのは自費でもできるのだろうか(この点については未確認)。

 

また、様々な課題を抱えるそうちゃんがその治療を行ってむしろ危険を生じるリスクがないかも調べたところ、耳抜きができない状態で、中耳炎、蓄膿症、副鼻腔炎の場合は危険があり行えないことがあるとの情報も見られたため、当面見送る判断となった。

 

※改めて本を読んで、栄養のほうも気になったので今後調べたいと思います