この日は、小学校の運動会が行われた。

次男が渡してくれていたプログラムを確認すると、今年は1・4・6年生が10時半からの第2部となっていた。

この2部制は、観客が一度に集まらない仕組みとしてコロナ禍以降に導入されたものだが、コロナが5類に移行した後も続いており、一種の効率化として学校側にも保護者側にもメリットが大きかったのだと思う。

 

今回、次男は紅組である。

クラスの中でも紅白に分けることや、そもそも紅白に分かれて競うことにどれほどの意味があるのかはよく分からないのだが、次男曰く、自分は4年連続で紅組であり、しかもここ4年間はすべて白組が勝っているとのことだった。

そういえば、そうちゃんも紅組になることが多かったような気がする。

そして、第1部が終わった時点での得点は、白組が紅組を30~40点ほどリードしており、このままだと今年も白組が勝ちそうだなと思いながら、第2部が始まった。

 

準備体操の後に行われた応援合戦では、最高学年である6年生が凛々しい姿を見せていた。

その中には、そうちゃんと仲が良く、自宅に遊びに来ることもあった子が紅組の応援団として参加していて、その姿を見ながら、元気であれば彼も応援団に挑戦していただろうか、などと考えた。

 

小学校高学年という時期は、私自身の記憶としてもしっかり残っていて、友達との関係も深まり、とても充実した楽しい時代であったから、その時期を経験させてあげられなかったこと、さらに学校が大好きだった彼ならば、この3年間に何を感じ、何を学び、どのように成長していったのだろうかということまで考え、また様々な思いが浮かんでは、それを心の中で鎮めることになった。

 

その後に行われた4年生の綱引きでは、次男は1回戦と決勝戦に登場し、2回とも勝利した。

いずれも次男の向かいにいた体格の良い子の力がかなり大きかったような気もしつつ、本人が喜んでいる姿を見ると、こちらも嬉しくなる。

続く80m走でも次男は3位に入った。

次男はそうちゃんと比べるとそれほど運動が得意なほうではなさそうで、これまでは4位が最高だったのだが、今回はついに3位となり、3位までにもらえるシールを帽子に貼ってもらって満足そうにしていた。

 

4年生の競技はこれで終わったが、すぐ後には今年の運動会最後の演目として6年生のダンスが予定されており、そうちゃんも何事もなければ参加していた舞台であるため、私たちもそのまま見ていくことにした。

 

すると、ダンスの2曲目で流れてきたのは、昨年のクリスマスイベントでそうちゃんと一緒に聴いた思い出の曲である、嵐の「カイト」だった。

我々にとってはあまりにも出来過ぎた選曲で、どこかで先生にこの曲のことを話したことがあっただろうかとも考えたが、そうちゃんが何か計らってくれたようにも思え、涙が出た。

 

ダンスを見ていると、小学校1~2年生の頃、そうちゃんが通っていたプールの前後に、その近くの公園で一緒に遊んでいた子なども見つけた。

 

長い闘病の間、動画で応援メッセージを送ってくれた子どもたちの顔も、私たちにとっては馴染みがあり、その子たちが6年生になり、こうして成長していく姿を見ることができたのは良かったと思う一方で、やはり、その中に一緒にいられなかったことに寂しさを感じた。

 

運動会が終わり、しばらくして自宅に帰ってきた次男から、紅組が1点差で勝ったとの報告を受けた。

劇的な逆転勝利だろう。

確かに第2部は紅組のほうが優勢に見えていたが、綱引きで2回勝ち、80m走でも3位になった次男の一つ一つの活躍も、この1点差の勝利につながったように実感され、4年連続紅組でようやく勝てたことも含めて大いに褒め、一緒に喜んだ。

 

その後、6年生のダンスで「カイト」が選ばれた経緯について6年生の先生に尋ねる機会があったが、やはり全くの偶然だったことが分かった。

 

本来であればそうちゃんも参加していた6年生のダンスで、彼と聴いた思い出の曲が偶然流れたこと、一緒に遊び、過ごしてくれた子どもたちの成長した姿を見ることができたこと、そして次男も綱引きと80m走で頑張り、最後には紅組が1点差で逆転勝利したことなど、いろいろなことが重なった、記憶に残る運動会となった。

 

以前の記事「なぜ人によって苦難の重さが違うのか」の中で、私は苦難の個人差について考えるにあたり、シルバーバーチの霊訓が語る「魂は転生前に自らの人生の大まかなコースを選び取る」という考え方を取り上げた。

そこで鍵となったのが、「大我(だいが)」という概念だった。

 

シルバーバーチによれば、魂は地上に生まれてくる際、潜在的大我の発達に必要な資質を身につけるために、自らに適した人生を選ぶという。

では、その「大我」とはいったい何であり、今、私が「自分」だと思っている存在とどのような関係にあるのか。

そして、今世を生きながら、その大我の視点に少しでも近づいて生きることはできるのだろうか。

 

シルバーバーチは、私たちが普段「自分」だと思っている意識について、次のように語っている。

 

「自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどのものでしかありません。」(『シルバーバーチの霊訓(一)』第一章)

 

「ピンの先ほど」という表現には驚かされる。

私たちは、一生をかけて知識を増やし、さまざまな経験を積み、記憶を重ねながら、「自分」という存在を形づくっていると思っているが、シルバーバーチの世界観では、それさえも本当の自分のほんの僅かな一部にすぎないらしい。

氷山の比喩も以前に取り上げたように思う。

 

シルバーバーチは別の箇所でも、地上で表現される「パーソナリティ」と、本当の自我である「インディビジュアリティ」を区別している。地上で現れている人物像は、本当の自我のごく小さな部分にすぎないという。

このインディビジュアリティを、日本語で理解する際の一つの表現が「大我」なのだろう。

 

「大我」を理解するには、「小我」と対比して考えるとわかりやすいかもしれない。

「小我」の概念は、今の身体、感情、欲望、社会的立場、記憶、経験などを通して認識している個人的な自己であり、それに対して「大我」は、それらを包含しながらも、今の私の意識をはるかに超えて存在するより大きな自己とされる。

 

なお、スピリチュアルの世界では「ハイアーセルフ」という言葉もよく使われる。

私も当初は、大我とほぼ同じ意味なのかと思っていた。

ただ、一般にハイアーセルフは「現在の自分より高い視点を持ち、自分を導く高次の自己」といった意味で用いられることが多いようで、シルバーバーチのいうインディビジュアリティや大我とは、完全に同じ概念として扱わない方がよさそうだ。

 

さて、シルバーバーチは、地上へ生まれてくる際の人生選択について、こう語っている。

 

「地上へ誕生してくる時、魂そのものは地上でどのような人生を辿るかをあらかじめ承知しております。潜在的大我の発達にとって必要な資質を身につけるうえでそのコースがいちばん効果的であることを得心して、その大我の自由意志によって選択するのです。」((一)第六章)

 

ここで大切なのは、人生で起こる出来事の一つひとつを、あらかじめ細部まで選択しているという意味ではないことだ。

同じ箇所でシルバーバーチは、「私が〝魂は知っている〟と言う時、それは細かい出来事の一つひとつまで知り尽くしているという意味ではありません。どういうコースを辿るかを理解しているということです。」とも説明している。

つまり、より大きな自分が、魂の発達のために必要となる人生の大きな方向性や条件を選び、その中で今世の私たちが自由意志を使いながら生きている、そう捉えるのがよいと思う。

 

以前の記事で考えた「なぜ人によって苦難の重さが違うのか」という問いも、この考え方とつながるのかもしれない。

それぞれの魂が必要としている経験や、開発しようとしている資質が異なるのであれば、人生の条件や直面する課題が一人ひとり異なっていてもおかしくはない。

 

さらにシルバーバーチは、霊的進化についてこう述べている。

 

「霊的進化はひとえにインディビジュアリティの限りない開発です。個性を失っていくのではありません。反対に増していくのです。」((九)第十三章)

 

その後には、神性が発現するにつれて潜在的資質が発達し、知識が増え、性格が強化され、完全へ向けた進化が無限に続いていく、と説明されている。

 

つまり霊的進化とは、自分という存在を消して神の中へ溶けてしまうことではない。

むしろ、本当の自分をますます発見し、その可能性を開いていくことらしい。

そう考えると、大我の発達とは、個としての可能性を永遠に開花させていく過程と言える。

 

また、大我やインディビジュアリティを考えていくと、「類魂(グループソウル)」という概念にも行き着く。

シルバーバーチは、地上で表現されるパーソナリティを、大きなインディビジュアリティの一側面として説明し、さらに霊的な親族関係をもつ魂の集団として「グループソウル」を語っている。

このあたりは非常に複雑で、私自身も完全に理解できているとは思わない。それでも大まかに図式化するなら、

 

「今世の私」

↓

「より大きな自我(大我・インディビジュアリティ)」

↓

「類魂(グループソウル)」

↓

「大霊(神)」

 

という、何層にも広がる構造としてイメージすることができるのかもしれない。

しかしながら、今回私が本当に考えたかったのは、ここから先である。

 

大我という概念を知識として理解したとしても、大切なのは、そこから何を得てどう生きるかだろう。

もし、今の私よりはるかに大きな自分が、魂の成長を目的として、この地上人生の大きなコースを選んできたのだとしたら。

そして、その人生の中に苦難までも含まれているのだとしたら。

この人生で経験することをできる限り無駄にせず、大我が意図したであろう魂の成長に役立てたいと思う。

 

そうちゃんとも天国で再会した時に、

「大変な人生を生き切ったね」

「苦しくて悔しかったけれど、意味があったね」

と、今回の舞台を振り返って一緒に喜ぶことができるように。

 

これまでシルバーバーチの霊訓を読んできて、繰り返し出てくる言葉の一つに「神性」がある。

人間の内部には神性が潜在しており、それを地上で少しずつ発揮していくことが霊的成長につながると説かれている。

 

「無限なる愛がある以上、そこに慈悲が無いはずはないでしょう。なぜなら慈悲心、思いやり、寛容心、公正、慈善、愛、こうしたものはすべて神の属性だからです。」((一)まえがき)

 

「嫉妬心、口論、諍い、殺人、戦争、混乱、羨望、貪欲、恨み、こうしたものを地上より一掃することは可能です。そして、それに代わって思いやりの心、親切、優しさ、友愛、協力の精神によって生活の全てを律することができます。」((一)第一章)

 

「その霊的成長は思いやりの心、寛容の精神、同情心、愛、無私の行為、そして仕事を立派に仕上げる事を通して得られます。言いかえれば内部の神性が日常生活において発揮されて初めて成長するのです。

邪な心、憎しみ、悪意、復讐心、利己心といったものを抱いているようでは、自分自身がその犠牲となり、歪んだ、ひねくれた性格という形となって代償を支払わされます。」((四)第一章)

 

「最高の指針となるのは人のために役立つこと、思いやり、謙虚さ、寛容心、協調性といった形で表現される愛です。」((十一)第三章)

 

これらの語られていることを考えていくと、人生で本当に問われているのは、「何を達成したか」「どんな肩書きを得たか」「どれだけ所有したか」ではないように思えてくる。

むしろ、なぜそれをしたのか、どういう思いで行ったのかという「動機」が、とても重要ということだ。

 

シルバーバーチは、こうも述べている。

 

「動機が純粋であれば、どんなことをしても決して被害をこうむることはないということ。もう一つは、人のためという熱意に燃える者には必ずそのチャンスが与えられるということ。この二つです。」((一)第三章)

 

「動機が大事」ということには以前から気づいていたつもりだった。

けれども、大我という視点から改めて考えてみると、その意味が少し違って見えてくる。

日々の行動、言葉、選択、判断の中に、できる限り神性に属する動機を置く。

それが、大我の方向へ自分を少しずつ合わせていくということなのかもしれない。

もちろん、完全にできるはずはないのだが、「今の自分は何を動機としてこれをしようとしているのか」と、一度立ち止まって考える習慣をつけていくことはできるかもしれない。

大我の視点を想像するということは、こうして一段高いところから自分自身の動機を見つめることのように思う。

 

そして、もう一つ、シルバーバーチが繰り返し説いていることが「人の役に立つこと」である。

ここでいう奉仕は、必ずしも大きな社会貢献を意味しない。

誰か一人を励ますことでもよい。苦難の中にいる人に寄り添うことでもよい。

自分にできる範囲で、誰かのためになることをする。

シルバーバーチは、非常に端的にこう述べている。

 

「人のために尽くすことに勝る宗教はありません。病める人を治し、悲しむ人を慰め、悩める人を導き、人生に疲れ道を見失える人を手引きしてあげること、これは何にも勝る大切な仕事です。」((一)第六章)

 

私は、この言葉には大我の視点がかなり表れているように感じる。

小我の視点では、どうしても「自分にとって得か損か」「自分がどう評価されるか」「自分が傷つかないか」ということが中心になりやすい。

けれども大我が、今の自分よりはるかに広い存在なのだとすれば、他者のために何かをするという行為は、小我の境界を越える行為でもある。

だからこそ、奉仕が霊的成長と結びつくのかもしれない。

 

ただし、「他人のために生きる」ということと「自分を犠牲にする」ということは、同じではない。

自分自身もまた、守られ、大切にされるべき存在である。

だから私なりには、「自分か他人か」という二者択一ではなく、できる限り自他の双方に対してためになる選択をすることと考えた方が理解しやすいと思う。

 

一方で、現実には、その選択が簡単ではない場合もある。

自分が正しいと思うことが、より力を持つ者や組織の論理と衝突することもあるだろう。

ある一人を守ることが、別の誰かの利益と対立することもある。

何もしない方が自分は楽でも、それでは納得できない場面もある。

そういう時こそ、「私はなぜこれをするのか」を繰り返し自分に問うべきなのだろうと思う。

 

もし人生に起こるさまざまな出来事が、単なる無意味な偶然ではなく、魂に何かを問いかける機会でもあるのだとしたら、困難に直面した時の見方も少し変わってくる。

「なぜこんなことが起きたのか」だけではなく、「この状況の中で、自分はどうありたいのか」という問いが生まれる。

出来事そのものを選ぶことはできなくても、その出来事にどう対応し、どう受け止めるかについては、今の自分に選択の余地がある。

その選択の積み重ねこそが、大我の潜在的な資質を今世に表現していく過程なのかもしれない。

 

愛、思いやり、寛容、善意、奉仕といった言葉は、あまりに正しく聞こえるがゆえに、大人になるほど綺麗ごとのように感じてしまうこともある。しかし、大我という視点から考えてみると、むしろそうした当たり前に見えるものを、現実の難しい場面でどこまで選べるかが問われているのかもしれない。

反対に、目の前の損得や怒り、恨みだけに支配されて生きてしまえば、大我がこの人生に託したものを十分に生かせないまま終わってしまうのかもしれない。

そのことを肝に銘じていこうと思う。

 

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本記事は、シルバーバーチの霊訓をもとにした個人の考察です。特定の思想や宗教を推奨・勧誘することを目的としたものではありません。

 

※引用は近藤千雄訳『シルバーバーチの霊訓』シリーズによります。巻・章については本文中に記載しました。版によってページ番号等が異なる可能性がありますので、引用に際してはお手元の書籍でもご確認ください。

 

医療事故で子どもを亡くした親にとって、そのカルテは子どもの最期までの様子を知ることのできる大切な記録のひとつだと思う。どこまで見たいと思うかは、人それぞれだろう。

入院期間が長くなれば記録は膨大になる。家族にとっては意味を見出しにくい投薬指示や事務的な記録もたくさんある。

それでも、その中に僅かながら、交わした会話や、その日の様子を見た看護師さんの言葉が残されていることがある。そういう記録には、日記のようなところもある。

だから私は、そうちゃんと過ごした日々について残っているものなら、できることなら全部手元に置いておいても良いと思う。

 

数か月前、病院から、死亡時に行われたAiの記録を開示できると案内をいただき、あらためてカルテ開示を申し立てた。

死亡時のAiだけでなく、以前の開示以降に撮影されたCT画像や、2025年12月半ばから亡くなるまでの診療経過記録なども申請した。

病院からすれば、最終的な死亡原因についても何か疑っているのではないかと思われたかもしれない。

死亡後にカンファレンスが行われているのであれば、その記録を見てみたいという気持ちもあったが、その申立てについては、それ以上に、そうちゃんの記録をひとつでも多く手元に残しておきたいという思いが大きかった。本当は、誕生日の頃なども欲しかったのだが、ほかにも開示をお願いしたい資料があり、事務局の方々の作業も増えると思って、今回はそこまでは求めなかった。

そうちゃんが最も長くお世話になったHCUでの最後の時期の記録を、今回初めて手にした。

長い間お世話になっていたのに、看護師さんのお名前の漢字を初めて知った方もいた。

看護記録を読んでいると、同じ形式の記録でも、言葉の選び方や本人の様子の捉え方に、それぞれの看護師さんの個性が感じられる。

そうちゃんを長く見守ってくださったHCUの皆様に、あらためて感謝する思いになった。

 

この日、開示された資料のうち、画像データだけはまだきちんと見ていなかったことを思い出した。

死亡時に撮影された画像が入っていることを考えると、なかなか気持ちの整理がつかず、CD-Rを開くところまでたどり着けずにいたものだが、勇気を出して確認してみることにした。

 

死亡時AiはCTの膨大な連続画像で、医学の知識のない私が見ても、ほとんど分からなかった。

結局、手術から二年以上が経過した死亡時の画像より、もっと以前に撮影されたCTのほうが重要なのではないか。

CD-Rには、2024年4月、同年6月、2025年5月、そして2026年1月の画像が入っていた。

順番に見比べていく中、そこで気づいた。

そうちゃんのおでこの骨の欠損部分が、少しずつ変わっている。

 

2024年4月。

この頃は、副鼻腔炎による膿がおでこの中央から少し左側に抜け、骨と皮膚を突き破り、髄液漏まで起きていた時期だった。

画像上で私なりにおおよその大きさを測ってみると、大きな穴が縦2cm×横1.9cm。

その少し右側にも、縦0.9cm、横1.3cmほどの穴があるように見えた。

二つの間に残っている骨は、僅か3mm程度しかない。

当時この画像を見て、このまま二つの穴がつながって、おでこの中央から骨がなくなってしまうのではないか。そんな恐怖を感じたことを覚えている。

 

ところが、2024年6月の画像では、右側の小さい方の穴が明らかに小さくなっているように見えた。画面上で概算すると、縦0.5cm、横1.2cmほどだった。

この頃、病状説明の際に病院のPC画面でCTを見せてもらい、「少し小さくなったのかな」と感じた記憶があったが、今回、時期の違う画像を並べてみると、その変化がはっきり分かった。

 

さらに2025年5月。

右側の穴は、中央にかなり凹みが残っているものの、画像上ではほぼ塞がっているように見える。左側の大きな穴も、約1.6cm×1.2cm程度まで小さくなっていた。

 

そして2026年1月。

残っている穴は、約1.2cm×1cmほどに見えた。

 

もちろん、これは私がCD-R上の画像を見比べ、おおよそで計測したものにすぎないが、おでこの骨の欠損部分は、時間とともに確実に小さくなっていることが見て取れた。

そうちゃんは、いろいろな病状が少しずつ悪くなっていく中で、それでも長い間頑張り続けていた。その中で、おでこの骨だけは最後までずっと少しずつ良い方向へ向かっていた。

そのことが嬉しくて、そうちゃん自身の頑張りに、あらためて感謝した。

そして、そうちゃんのために祈り、ヒーリングを続けてくださった方々のことも思い出し、改めてありがたく感じた。

 

その画像を見つけたとき、最近感じていたもう一つのことを思い出した。

以前、3年半ぶりに帰省した記事で、姉にタロット占いをしてもらったことを少し書いた。

実は、あの話には続きがある。

「そうちゃんは、ちゃんと向こうへ行けているのかな」

そんなことも占ってもらった。

 

出たカードは「ソードの2」。

姉が使っているカードでは、目隠しをした鳥が二本の剣を持っている絵柄になっている。

絵柄が鳥を使ったカードのため鳥そのものに意味があるわけではないが、姉の読み方では、そのカードは均衡を意味し、「まだ向こうへ行っていない」と解釈できるという。

 

もちろんタロットなので、1回やってみた、たまたま出た1枚の意味を全て正しいとみることも私にはできないのだが、その結果が頭から離れない。

そうちゃんが亡くなって、もう半年近くになる。(この日記の日付で)

ミディアムシップのデモンストレーションでも、今のところ、そうちゃんは出てきてくれたことはない。

 

私は、そうちゃんはきっと高貴な魂だし、亡くなるまでに長い時間があったのだから、祖父母やご先祖様に導かれて、早くにちゃんと天国に行ったのだろうと思っていた。

そう思うことで安心していたところもある。

 

でも、もしまだこちらを気にして自宅などを彷徨っているのだとしたら。

彼なりに、やり残したと思っていることがあるのだろうか。

私たち両親が、なかなか立ち直れずにいることを心配しているのだろうか。

二人とも、以前より気持ちが大きく落ち込むことが増えたのは確かだった。

あるいは、自分が残してしまった大きな課題の行方が、気になっているのかもしれない。


最近、耳鳴りがしたり、ここには詳しく書けないような不思議な感覚を覚えたりすることがある。

以前にも書いたことがあったが、これまで全く気づいていなかったことに突然気づくことがある。

「あの時のこれは、こういうことだったんだよ」

そうちゃんにそう教えられたように感じる瞬間がある。

何かを見つけるために必要なボタンを、そうちゃんがそっと押してくれて正解に導いてくれている。

私には、そんなふうに感じられることがある。


今回、しばらく見ることができなかったCD-Rを開いて、2年弱の期間のCT画像を並べて、おでこの骨の変化に気づいたことも、その一つなのかもしれない。

 

もちろん、早く安心して天国へ行ってほしい。

それが一番の願いだ。

でも、そうちゃんとは、生きている頃からずっと、「一緒に頑張ろう」と言って励まし合ってきた。

だから時々、こう話しかけてみる。

 

好奇心旺盛で、やさしい君だから。

まだ気になることがあるのなら、気の済むまで見ていってもいいよ。

 

この日は、以前ヒーリングの講座を受講させていただいた先生が、月に2回オンラインで開催しているトランス練習会とサンデーサービスに参加した。

 

そうちゃんが亡くなってから、一時はヒーリングを続ける目的を見失いそうになった。

毎週ほかの曜日に行われているヒーリングサービスについては、今の自分がヒーラーとして参加するのは遠慮したほうがよいように思い、参加しなくなった。

それでも、「一家に一人はヒーラーがいたほうがよい」という話には今も共感していて、霊的な世界とのつながりと自分が感じている感覚を維持し、できればもう少し深めたいという興味も残っている。

そのため、この月2回の機会だけは貴重なものとして、できる限り参加したいと思っている。

 

スピリチュアルヒーリングについては、このブログでも概要を書いたことがある。しかし、実際の講座や練習会でどのようなことをしているのかは、結局ほとんど書いてこなかった。

どれほど興味のある方がいるかは分からないが、今回は参考までに書いてみようと思う。

 

そうちゃんに約2年間、日々寄り添いながらヒーリングを続けてきた経験もあり、スピリチュアルヒーリングそのものは、今ではそれほど困難なく行えるようになったと自分では思っている。

もちろん、これはあくまで私自身の感覚である。科学的な根拠は全くなく、実際にどれほどの効果があるのかは分からない。

 

自分が行っていることをあえて言葉にするならば、まずグレートスピリットや霊界に向けて感謝を捧げる。呼吸を深くし、思考の位置を意識的に頭上へ動かすようなイメージを持ち、何かとつながる感覚を待つ。

その感覚が得られたら、誰に、どのくらいの時間、ヒーリングを送るのかという意図を上げて開始する。

練習会では、ハリー・エドワーズ霊に支援を求めるよう教えられている。ただ、私は少し欲張って、ほかの数名の霊にも支援をお願いする意図を上げている。

 

今回の練習会で行う「トランス」は、通常のヒーリングよりさらに深い状態に入り、より効果的なヒーリングを行おうとするものだ。

その過程では、スピリットガイド(ドクター)に、自分のオーラの中へ入ることを許可する。そして、自分自身の意識をできるだけ小さくし、深いところへ沈めていくようにイメージする。

より直接的に霊界の癒しのエネルギーを取り入れることで、ヒーリングの効果を高めるということなのだと思う。

ちなみに、深く入っている時に大きな音がすると、ものすごく驚く。

 

私個人の感覚で説明すると、通常のスピリチュアルヒーリングは繊細で軽い印象があるのに対し、トランスヒーリングでは、もっと重く、力強い波動のようなものを感じることがある。

それが感じられない時に、そもそもトランスに入れていないのかどうかは分からない。ただ、自分の中では、その重さや力強さを、うまくできているかどうかの一つの目安にしている。

正直なところ、最近はその感覚を得られないことのほうが多い。

毎日ヒーリングをしていた頃に比べれば、感覚が鈍くなってしまうのも、ある程度は仕方がないのかもしれない。

 

練習会は1時間ほどで行われる。

最初の20分から30分ほどは、アチューンメントを行い、トランス状態に入って、その状態を維持する。

その後、先生がその日の参加人数などに応じてブレイクアウトルームを作り、ペアやチームに分かれて、お互いにトランスヒーリングをしあって感想をフィードバックし合う。

 

最近は私のような初心者が増えたためか、トランスヒーリングが中心となることが多い。これは私にとってはありがたい。

少し前までは、トランス状態でのスピーキングやアドレス、ライティングなどができる人は、それを行ってよいとの指示が出ることがあった。本人がほとんど覚えていないような状態で霊の言葉を代弁したり、書き取ったりするものらしいが、私には全くできない。

スピーキングをするよう指示された時には、できるだけ直観を優先し、頭に浮かんだ言葉を話すようにしている。

しかし、まともな言葉になるように、自分の思考もかなり働かせてしまっている。

そういう意味では、私が入っているトランス状態は、まだまだ浅いのだろうと思う。

 

この日も、アチューンメントではすぐにつながる感覚が得られた。

この会でのつながりやすさは、一人で行う時とは比べものにならない。

ただつながっているだけではもったいないと思い、途中からセルフヒーリングを始めたのだが、なかなか終了の合図がない。

そのまま良い気持ちで瞑想を続けていたが、さすがに長すぎないかと思って画面を見ると、接続が切れていて、40分経過していた。

慌てて接続し直すと、先生から、一人の病気の方にヒーリングを送りながら、悪いところを感じてみるようにとの指示があった。

 

悪いところを当てる練習は、これまでも時々あった。

他の方はヒーリングのエネルギーがどこに入っていくかで分かると言っていたりするが、私はそこまでの感覚はないので、このような時、二択を繰り返して正解を絞っていく方法を使っている。

便宜的に、これを「蝉丸方式」と呼びたい。

 

私には一つ、昔から気になっている体験がある。

中学生の頃、百人一首大会の時期に、友人たちと「蝉丸ゲーム」と勝手に名付けた遊びをしていた。これは、百人一首の人物札をすべて裏返し、その中から蝉丸の札を引かないようにして最後まで残したら勝ちというゲームである。今で言えば、いわゆる超能力遊びなのかもしれない。

 

このゲームに友人たちと夢中になり、やがて私たちは、蝉丸を引かないようにするために、左右に1枚ずつカードを並べ、それぞれのカードから感じる熱のようなものを、右手と左手で比べ、より怪しさを感じなかったほうを開いて除外していく。

もちろん、カードには見た目で分かる違いなどないのだが(少なくとも自分にはわからなかった)、私だけでなくM君やC君も、何度も残り数枚程度まで絞り込むことができ、そして数回は成功もあった。

 

カード固有のエネルギーのようなものがあるのか、それとも全く別の仕組みなのかは分からない。

ただ、なぜか最後のほうまでよく残るカードがあり、不思議に思っていた記憶がある。

 

この日も、その蝉丸方式で感じてみることにした。

まず、上半身のほうだと感じた。

すると、すぐに「メンタル」という言葉が浮かんだ。

しかし、メンタルかフィジカルかというのでは、あまりにも大ざっぱすぎるし、最初に浮かんだ言葉をそのまま信用することもできなかった。

そこで、改めて身体のどのあたりかを丁寧に感じていくと、胸より上という印象があった。

さらに探ると、やはり精神面に関わるような感じがする。

加えて、首から上、特に頭部にも、少し疲労のようなものがあるように感じられた。

 

ヒーリングが終わると、参加者が順番に、自分の感じたことを話していく。

その後に先生がそれぞれの参加者がヒーリングを行った相手がどこに疾患があるかを伝えるという流れだった。

自分の番が回ってくるまでに、5人ほどが発言しただろうか、皆がおおむね悪いところを言い当てられていた。

 

以前、同じようにヒーリングを送り、最後に感覚を共有した際、先に話した人の言葉に引きずられてしまったことがある。その時は、自分が最初に感じたことをそのまま言ったほうが、むしろ当たっていた。

その反省があったので、この日は自分が感じたままを伝えることにした。

 

胸より上に問題を感じたこと。

特に、メンタル面の問題を強く感じたこと。

頭部にも疲れのようなものを感じたこと。

そう話すと、先生から、「この方は、まさにメンタル疾患の方です」との説明があった。

 

インスピレーションを受け取る力が自分にもあること。あるいは、そもそもインスピレーションと呼べるものが存在すること。それらを、また少し前向きに考えられる体験となった。

しかし同時に、感覚でしか測れず、言葉でも十分に説明できないことへの、もどかしさや疑念は消えない。

 

あの時、最初に「メンタル」と浮かんだ、あの感じは何だったのだろうか。

自分自身の思考と、外から来たインスピレーションを、どのように見分ければよいのだろう。

次に同じことをしても、今度は全くうまくいかないのではないかとも思う。

中学生の頃の蝉丸ゲームでも、霊界から何らかのインスピレーションが届いていたのだろうか。

 

魂や霊界の存在について、私はこれまでの経験から肯定する方向に天秤を傾けている。

しかし、それは100%の傾きにはならないまま変わらずにいる。

 

練習会を終えた後は、そのまま引き続き行われたサンデーサービスに参加した。

参加者や、ヒーリングを希望するリストに掲載された方々、そして家族に向けて。

皆でヒーリングに奉仕し、この日の会は終了した。

 

本格的なGW初日、私の両親が住む山口に帰省することとなった。

そうちゃんのことがあって以来、遠方への移動はできなくなっていた。また、それ以前も、長期休みに手術が入ることを希望していて、いつ病院から「手術ができます」と連絡が来るかわからなかったため、なかなか旅行の予定を立てられずにいた。

そのため、家族にとっては実に3年半ぶり、長女にとっては初めてとなる泊まりがけの旅行である。

 

久しぶりすぎて、まず新幹線のチケットの取り方から戸惑った。

行きの新幹線を予約する際、最初は特急券のみで予約したのだが、往復割引がなくなっていること、回数券もなくなって金券ショップで格安の乗車券を買うという昔ながらの方法が使えなくなっていることを知り、かなり混乱した。

もはや、乗車券と特急券を分けて買う意味はほとんどないのではないかと思う。

行きは「えきねっと」で予約したが、パスワードを入力してもログインできず、パスワードを変更してもダメだったので何度も繰り返す状況となり、今は「スマートEX」というチケットレスの予約システムもあることを知り、復路はそちらを使って乗車券と特急券を同時に購入した。それをきっかけに、なかなか作れずにいた次男用のSuicaも作ることができた。

 

GW初日ということもあり、予約を取るのも一苦労だった。希望の時間は取れず、行きはお昼近い時間の新幹線を選ぶしかなかった。

 

ただ、結果的には余裕のある時間設定でよかったのかもしれない。子連れ移動では、余裕がそのまま安心につながる。

実際、出発直前から予定どおりにはいかなかった。

 

出発の前に、長女が私の枕に入っていたビーズをリビングにぶちまけてしまい、家族全員で片づけることになった。その時点で少し出発が遅れた。

 

ようやく家を出ると、今日に限って引っ越し業者が大きな荷物をエレベーターに入れている(無人であることに戸惑う。そんなやり方普通してましたっけ)。妻と次男は階段で下りることにした。

 

さらに階段を下りたところで、最後に玄関の扉を閉めた妻が「鍵を閉めたか不安」と言い出し、妻は確認のために戻ることになった。戻ったら戻ったで、またエレベーターが使えず、別のエレベーターから下りてくることとなり、さらに少し遅れた。

 

駅に着くと、パン屋も行列だった。それでも子どもたち用のパンは必要なので並んで買ったが、その分時間がなくなり、大人の弁当は東京駅で買うことにして電車に乗った。

 

カレンダーどおりで5連休となるGW初日だったためか、10時半頃の上り電車は混んでいた。

乗り込む時は何とか入れたので長女をバギーに乗せたまま乗り込んだものの、途中駅でも乗客は増える一方で、押しつぶされるような状態になってしまった。奥に入り込んだ妻は途中で座れたようだが、電車で酔ってしまったほどだった。次男も電車酔いが心配だったが、片足で立つような状態になりながら、よく頑張っていた。

 

そして東京駅で、押し出されるように降りようとしたところで、思わぬ事件が起きた。

長女の右足の靴が、ホームと電車のわずかな隙間から線路に落ちてしまったのである。

本当に、吸い込まれるように消えた。

 

電車が行った後に覗き込むと、靴はすぐに確認できる場所に落ちていた。しかし、GW初日の交通に迷惑をかけるわけにはいかないため、自分で線路に降りて拾うわけにはいかない。すぐ近くにいた駅員さんに声をかけると、駅員さんは了解して、ホームの反対側へ行ってしまった。

 

東京駅での乗り換え時間は35分。余裕を見ていたはずだった。

しかし、駅員さんはなかなか戻ってこない。

しびれを切らしてホームの反対側まで行き、改めてお願いすると、次に電車間隔が空くタイミングで対応するとのことだった。結局、靴の回収だけで15分ほどロスしてしまった。

 

そこから大人用の弁当を買って、新幹線に乗るだけのはずだったが、新幹線口までの通路も大混雑で、ゆっくりしか進めない。

東海道新幹線の改札を通過した時点で、すでに発車4分前になってしまった。

 

弁当は買えなかった。

 

何とかギリギリで新幹線に駆け込むことができたが、GW初日を少し甘く見ていたのかもしれない。それにしても、なぜこんなところで靴を落とすのか。しかも、あのわずかな隙間に入るタイミングで、と思うが仕方がない。

東京駅で買う弁当は毎回の帰省時に概ね決めたものがあり、楽しみにしていた分、ショックは大きかった。

 

新幹線に乗ると、長女がすぐにパンを食べたがり、子どもたち用に買っておいたパンを出して、大人は手元にあったお菓子を食べることになったが、出発して間もなく、ほぼ食べ尽くしてしまった。繁忙期には全席指定になった状況でも、昔のような車内販売は行われていない。こんな時こそ、あってほしいサービスだった。

 

次男は最初に少し寝たこともあり、岡山までは塗り絵をしたり、アニメを見たりして、比較的順調に過ごしていたが、もう大丈夫だと油断をしてSwitchのゲームをしたところ、酔ってしまった。新山口のホームに降りても気持ち悪さはやまず、しばらく休むことになった。

そこからバス停まで移動し、バスに乗った。バスでは、最後の10分ほどでようやく長女が寝た。私も次男も、30分くらいは眠れただろうか。

バス停には私の父が待っていてくれて、そこからはスムーズに実家へ到着した。

到着して甘味をいただき、ようやく落ち着くことができた。

 

先に送っていたお土産を仏壇に供えると、そこにはそうちゃんの戒名が書かれていた。そうちゃんも一緒に祀ってくれていることをありがたく思いつつ、おりんを鳴らして手を合わせた。

 

山口に帰ってきたのは約4年ぶりで、その時はそうちゃんもいた。長女が生まれる少し前のことだ。そうちゃんは次男の出産時に一時預かってもらったこともあって、私の両親も初孫であったそうちゃんとは思い出が多く、残念だろう。

リビングには幼い頃のそうちゃんの写真が拡大印刷されて飾ってあったものだが、気を遣って片付けてくれていた。

 

そんな感じで、ここでもそうちゃんがいなくなったことを様々なものから感じた。これは、帰省先での特別なことではなく、日常生活の中で延々と繰り返されてるお約束のようなものだが、その度に心が傷ついたり、穴が開いてしまうかのようだ。

そうちゃんは魂の存在となって、一緒に旅行して、一緒に帰省したと思っていたはずなのだが…。

 

その後、一足先に到着していた姉と一緒に、祖父の家の敷地内でさくらんぼ狩りをした。

それから、お隣の叔母家族の家にお土産を持っていくと、家に入れてくれて、久しぶりにゆっくり話をすることができた。

 

夕食後。母がそうちゃん用に昔買ってくれたシャンプーハットを、長女用に用意してくれていた。そうちゃんが使っていたものを今度は長女が使う。そうちゃんはもう使う年ではなかったから、それには喪失感はなく、嬉しい気持ちになる。

長女にシャンプーハットを被せると、長い髪が見えなくなるからか、そうちゃんに似すぎていて笑ってしまった。

 

夜になると、長女の足や手に発疹が出てきた。ワームやキンカンを塗って対処しようとしたが、夜中も何度もかゆみを訴えて泣き出し、私も妻もよく眠れなかった。

そういえば、新幹線に乗っている時から、かゆみを訴えることがあった。もしかすると、電車の中で一度靴を脱いでしまい、脱げやすい状態になっていたのも、そのかゆみのせいだったのかもしれない。

隣の部屋を寝室にしていた姉は、長女の泣き声でほとんど眠れなかったという。申し訳ない。

 

翌日は午前中に、長女の塗り薬を買いに最寄りのドラッグストアへ行ったが、雨天だったため、基本的には家の中で過ごした。

風が強く、表に植えてある紅葉の木の枝が折れてしまった。

 

家では、私が小さかった頃のアルバムを見ながら昔話をした。

2階の書斎に小学校の文集があったのでそれも読んでみると、ランドセルを忘れて登校した失敗談をユーモラスに展開させる親友の文集を読んで改めて頭の良さに気付かされたり、自分の文集には、今となっては完全に忘れていたことが書かれていて驚きの発見があった。文章はひどいもので、読書感想文を書かせてコメントやアドバイスをしている次男に対してちょっと言い過ぎていたかなと申し訳なく思ったが、その時にしか書けない素直さがあって、大人になってから読むとそれはそれで価値のあるものだと感じた。

 

それから、姉にタロット占いをしてもらった。姉は少し前からタロット占いができるようになっていて、機会があれば気分転換と好奇心で占ってもらっている。

この日は、一番気になっていることの今後の展望について聞いてみると、

現在の状況として「ペンタクルスの8」

結果として「ソードの7(逆位置)」

助言として「ワンドのナイト」

が出た。

 

姉によるカードの解釈を聞くと、今の状況や自分が感じていることに重なる部分が多く、納得できる内容で、偶然とは思えないようなカードの並びに、不思議なものを感じた。

 

3年半ぶりの家族旅行は、楽しいだけの旅行ではなかった。

移動は大変で、靴は落ちるし、弁当は買えないし、子どもは酔うし、長女は夜中にかゆみで泣いた。

しかし、そうちゃんを喪った家族が歩みを進める一歩になったのではないかと思う。