実行委員の高橋むね君(http://www.emtmusica.com/)は、一足先にNYを日本に向けて発っていきました。わたしは今日までNYでの室内楽コンサートのリハーサルがあったので、明日の朝出発です。
飛行機が遅れなければ、リハーサルの初めに間に合いそうです。
では、今からパッキングします。
皆さん、よろしくお願いします!


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今日はベルリンでのコンサートと打ち上げから帰って久々に爆笑 原田幸一郎シリーズを書く。
原田先生は僕が高校三年生だった時一度大病にかかって、字のごとく「死の淵」をさまよったことがある。
これは後日談だが、本人曰く、集中治療室で実際に三途の川を見たらしい。。
三途の川って・・本当に見えるものなのか。!?
ま、とにかくその位先生は悪かった。だからもちろん生徒は皆レッスンなんかなく、先生の回復を心配しながら待っていた。
僕は当時、ベートーヴェンの7番のソナタを練習していた。ところがベートーヴェンのソナタを初めて勉強していたときで、自分一人で仕上げる自信も力も全くなかった。
でも本番があり、その日はどんどん近づいてくる。
本番を次の週に迎え、心配で、どうしようか悩んでいた。
その時 僕の携帯に一本の電話がなった。
それはなんと原田先生からだった。
先生は峠は越したもののまだまだ病院に入院していて、でもどうも寝てばかりでやることがなかったらしい。
しかし僕はびっくりして
"先生大丈夫ですか?いま病院ですか?"
と聞くと、先生は
"そうだよ"
と、暇で暇で、どうも看護婦の目を盗んで病室から携帯で電話してきたのだった。
先生の「ほぼ回復している」との様子を聞いて安心した僕に、先生が
"調子はどう?困っていることはない?"
というので、
"僕は来週本番があるので困ってます、誰かちょっとその前に見てくれる人を紹介してください"
と言った。
先生はしばらく考えたあと、、
"メモするものある?電話番号教えるね。この人なら大丈夫だ"
と言い。
"ぷらす。。010 で そのあとゼロを抜いて。。"
となにかの電話番号を教えてくれた。
とりあえずそんな先生自身も大変な状況の中生徒の心配をしてくれた先生に礼を言った後
"それで、しかしこれは誰の番号なんですか?"
というと。先生は
"君が普段から好きだって言ってる。。ほら。。
彼なら素晴らしい!ズッカーマンだよ!"
となんと世界の大スターのピンカス・ズッカーマンの電話番号を教えてくれたのだった、、
電話で、ぷらす。。と聞いたときは嫌な予感はしたもののw
これにはさすがに絶句した!!素晴らしいのは誰でも知ってるし、僕も大ファンだったけれどwwあんなスターにいきなり電話していいのか、、というかまず電話で最初になんて言えばいいのか・・彼はイスラエル?ん?ユダヤ人か。。あ、ということは少なくとも英語で電話しなきゃいけないのか!!来週の本番までに一度見てくれるかな。。いやまずいったい彼は世界中のどこにいるんだ。。。とかさまざまな事が頭をよぎりショックに近い気持ちを隠しながら
"ええと。。レッスン受けれるんですか?彼・・は・・どこに・・?"
といったら先生は
"うん、多分ニューヨークにいるよ、聞いてみな"
とおっしゃった、、、、w
僕はその時いろんな意味で改めて凄い先生に自分が就いてしまった事を思い知ったのであった。
(ちなみにそのベートーヴェンのソナタの7番を弾くリサイタルが今度2月14日にある、その内容は次の投稿へ)
新倉さんのブログのリンク: http://ameblo.jp/hitomi-kobeya/
みなさんこんにちは。
この度は、原田先生と原田門下生の素晴らしい皆様と同じ舞台に立たせて頂けますこと、大変光栄に思っております! 原田先生には、実は桐朋学園の音楽教室に通う中学生の頃からお世話になっており、高校、大学を通してほとんどの弦楽オーケストラのレパートリーを原田先生の指揮のもとで経験を積んで参りました。いまスイスに出てからも様々な方がたと関わりながら勉強しておりますが、原田先生から学んだ様々なことがあるからこそ自信を持って自分の道を歩むことが出来ているように思います。
学生時代には原田先生の門下生であり現在日本センチュリーのアシスタントコンサートミストレスの松浦奈々ちゃんと弦楽四重奏を組み東京クワルテットに憧れクァルテット奏者を目指した時期があり、散々原田先生はじめ東京Qの先生方からレッスンを受け、沢山の素晴らしいクァルテットのプロジェクトに参加させて頂きました。 しかし、自分の持っている才能を一番活かせられることはなにかと悩み、4人が同じ方向を向いて進んでいく厳しさを痛感し、また同世代のウェールズ弦楽四重奏団が登場し彼らの努力を間近で見るようになってからは自分の甘さを知りました。そんなときに原田先生からポロっと頂いた言葉にも後押しされ、下手でもソリストを目指そうと心に決めて留学したのでした。
自分のことばかり書いてしまいましたが、原田先生の魅力を。 私が下手でもソリストにと思うきっかけになった原田先生の言葉は、特に私に向けられたものではなく、原田先生の本音というか本心がポロっと出たものでした。原田先生は、生徒想いでありながらも、何より音楽を一番に愛し、生徒がいかに音楽だけを見つめて努力をしているかを大切にして下さるかたです。 世界にKoichiro Harada名前が知れ渡っているにも関わらず、ご自分の権力、キャリアを若い人に見せつけず押しつけず。そしてご自分のテイストと合わないことがあっても、良いものは良いと原田先生が寛大に認め受け入れることができるのは、ご自身の音楽人生を全うされているからだと思います。
'○○さんは○○くんと別れちゃったらしいんだよ'等とゴシップにまで精通していらっしゃる(笑)チャーミングな原田先生、そして原田門下生の皆様、日本と世界の音楽界で益々のご活躍を!!


