MoSTコミュニケーションズの小島です。
今回は「抽象的であること」について書いてみたいと思います。
良く政治家の発言を称して「言語明瞭・意味不明」などと言うことがあります。
今の安全保障についての法案審議においてもかなりその傾向が見られる様な気がします。
但し、政治家の場合は必ずしも審議内容についての専門家である訳ではないので、基本的には総論で議論をしていくのだと思います。そうした場合、抽象的な表現に終始するのもやむを得ない部分もあるのかも知れません。
ビジネスの世界では先ず総論で合意を取り、各論に落とすという流れを用いることが多いと思いますが、ITの世界では専門家と言われる方々の総論を無視した各論で流れが出来てしまう事も少なからずあります。
その原因になる事は大抵の場合、お客様側の要求事項が抽象的なのです。
どの様にも取れる要求事項を書かれる(言われる)と受け手側が自分達の都合の良い捉え方をしてしまい、その方針に従ってどんどん深堀していってしまうのです。
そこまで来てしまうとお客様は、「では、宜しくお願いします。」と言わざるを得ないという事になります。
何しろ自分達で考えつかなかったところまで相手が考えて来てくれたのですから。。。
で・・・めでたしめでたし。
・・・という筋書にはならないのが現実です。
確かに抽象的な要望を具体化するのが受注側の役割であったとしても、抽象的な表現の裏をどれだけ読んだのか?自分達に都合良く解釈していないか?などを繰り返し検証・検討する必要があります。
以前のブログで「ラブレター」と題して思い入れの強い提案を書いてみようかと言っておりましたが、少しCool downして見直ししようかと思っている今日この頃です。
・・・と、ここで終わるのが通常の書き方ですが、追加で少し。
とは言え、抽象的にしか表現出来ないのと、意図的に抽象的に表現したのでは大きく違うのですが、往々にして見破れず、悔しい思いをする事もまた多いです。
「誕生日のプランは楽しいのがいぃな!」コレですよ!!かなりズルいやり方。笑)