1-1 エネルギー
1 基本的事項
生体が外界から摂取するエネルギーは、生命機能の維持や身体活動に利用され、その多くは最 終的に熱として身体から放出される。このため、エネルギー摂取量、消費量及び身体への蓄積量はこれと等しい熱量として表示される。国際単位系におけるエネルギーの単位はジュール(J)であるが、栄養学ではカロリー(cal)が用いられることが多い。1 J は非常に小さい単位であるた め、kJ(又は MJ)、kcal を用いることが実際的であり、ここでは後者を用いる。kcal から kJ への換算は FAO(国際連合食糧農業機関)/WHO(世界保健機関)合同特別専門委員会報告 1)に 従い、1 kcal=4.184 kJ とした。
エネルギー摂取量は、食品に含まれる脂質、たんぱく質、炭水化物のそれぞれについて、エネルギー換算係数(各成分 1 g 当たりの利用エネルギー量)を用いて算定したものの和である。一方、エネルギー消費量は、基礎代謝、食後の熱産生、身体活動の 3 つに分類される。身体活動は、更に、運動(体力向上を目的に意図的に行うもの)、日常の生活活動、自発的活動(姿勢の保持や筋トーヌスの維持など)の 3 つに分けられる。エネルギー出納バランスは、エネルギー摂取量-エネルギー消費量として定義される(図 1)。成人においては、その結果が体重の変化と体格(body mass index:BMI)であり、エネルギー摂取量がエネルギー消費量を上回る状態(正のエネルギー出納バランス)が続けば体重は増加し、逆に、エネルギー消費量がエネルギー摂取量を上回る状態(負のエネルギー出納バランス)では
体重が減少する。したがって、短期的なエネルギー出納のアンバランスは体重の変化で評価可能である。一方、エネルギー出納のアンバランスは、長期的にはエネルギー摂取量、エネルギー消費量、体重が互いに連動して変化することで調整される。例えば、長期にわたってエネルギー制限を続けると、体重減少に伴いエネルギー消費量やエネルギー摂取量が変化し、体重減少は一定量で頭打ちとなり、エネルギー出納バランスがゼロになる新たな状態に移行する(図 1)。多くの人では、長期間にわたって体重・体組成は比較的一定でエネルギー出納バランスがほぼゼロに保たれた状態にある。肥満者や低体重の者でも、体重、体組成に変化がなければエネルギー摂取量とエネルギー消費量は等しい。したがって、健康の保持・増進、生活習慣病予防の観点からは、エネルギー摂取量が必要量を過不足なく充足するだけでは不十分であり、望ましい BMI を維持するエネルギー摂取量(=エネルギー消費量)であることが重要である。そのため、エネルギーの摂取量及び消費量のバランスの維持を示す指標として BMI を採用する。
図 1 エネルギー出納バランスの基本概念
体重とエネルギー出納の関係は、水槽に水が貯まったモデルで理解される。エネルギー摂取量とエネルギー消費量が等しいとき、体重の変化はなく、体格(BMI)は一定に保たれる。エネルギー摂取量がエネルギー消費量を上回ると体重は増加し、肥満につながる。エネルギー消費量がエネルギー摂取量を上回ると体重が減少し、やせにつながる。しかし、長期的には、体重変化によりエネルギー消費量やエネルギー摂取量が変化し、エネルギー出納はゼロとなり、体重が安定する。肥満者もやせの者も体重に変化がなければ、エネルギー摂取量とエネルギー消費量は等しい。
2 エネルギー摂取量・エネルギー消費量・エネルギー必要量の推定の関係
エネルギー必要量を推定するためには、体重が一定の条件下で、その摂取量を推定する方法とその消費量を測定する方法の 2 つに大別される。前者には各種の食事アセスメント法があり、後者には、二重標識水法と基礎代謝量並びに身体活動レベル(physical activity level:PAL)の測
定値や性、年齢、身長、体重を用いてエネルギー消費量を推定する方法がある。二重標識水法ではエネルギー消費量が直接測定される。後述するように、食事アセスメント法はいずれの方法を用いてもエネルギー摂取量に関しては測定誤差が大きく、そのために、エネルギー摂取量を測定してもそこからエネルギー必要量を推定するのは極めて困難である。そこで、エネルギー必要量の推定には、エネルギー摂取量ではなく、エネルギー消費量から接近する方法が広く用いられている(図 2)。特に、二重標識水法は 2 週間程度の(ある程度習慣的な)総エネルギー消費量を直接に測定でき、その測定精度も高いため、エネルギー必要量を推定するための有用な基本情報が
提供される 2)。これに身体活動レベルを考慮すれば、性・年齢階級・身体活動レベル別にエネルギー必要量が推定できる。しかしながら、後述するように、これらによって推定はできないが無視できない量の個人間差がエネルギー必要量には存在する 3)。そのために、基礎代謝量と身体活 動レベル等を用いる推定式も含めて、二重標識水法で得られたエネルギー消費量に身体活動レベルを考慮して推定されたエネルギー必要量でも、個人レベルのエネルギー必要量を推定するのは困難であると考えられている 4)。なお、エネルギー摂取量の測定とエネルギー消費量の測定は、全く異なる測定方法を用いるため、それぞれ固有の測定誤差を持つ。したがって、測定されたエネルギー摂取量と測定されたエネルギー消費量を比較する意味は乏しい。
それに対して、エネルギー出納の結果は体重の変化や BMI として現れることを考えると、体重の変化や BMI を把握すれば、エネルギー出納の概要を知ることができる。しかしながら、体重の変化も BMI もエネルギー出納の結果を示すものの一つであり、エネルギー必要量を示すものではないことに留意すべきである。

3 体重管理
3-1 体重管理の基本的な考え方
身体活動量が不変であれば、エネルギー摂取量の管理は体格の管理とほぼ同等である。したがって、後述する推定エネルギー必要量でも、何らかの推定式を用いて推定したエネルギー必要量でもなく、また、エネルギー摂取量や供給量を測るのでもなく、体格を測り、その結果に基づい
て変化させるべきエネルギー摂取量や供給量を算出し、エネルギー摂取量や供給量を変化させることが望ましい。そのためには望ましい体格をあらかじめ定めなくてはならない。
成人期以後には大きな身長の変化はないため、体格の管理は主として体重の管理となる。身長の違いも考慮して体重の管理を行えるように、成人では体格指数、主として BMI を用いる。本来は、脂肪か脂肪以外の体組織(主として筋肉)かの別、脂肪は皮下脂肪か内臓脂肪かの別なども
考慮しなくてはならない。そのための一つに腹囲の測定(計測)がある。例えば、糖尿病及び循環器疾患の発症率や循環器疾患及び総死亡率との関連は、BMI よりも腹囲や胸囲・身長比の方が強いという報告がある 5,6)。しかし、研究成果の蓄積の豊富さや、最も基本的な体格指数という観点から、ここでは体重又は BMI に関する記述に留める。糖尿病や循環器疾患の発症予防や重症化
予防は腹囲も考慮して行うことが勧められる。
なお、乳児・小児では、該当する性・年齢階級の日本人の身長・体重の分布曲線(成長曲線)
を用いる。
高い身体活動は肥満の予防や改善の有用な方法の一つであり 7)、不健康な体重増加を予防するには身体活動レベルを 1.7 以上とすることが推奨されている 8)。また、高い身体活動は、体重とは独立して総死亡率の低下に関連することも明らかにされている 9,10)。体重増加に伴う生活習慣病の発症予防及び重症化予防の観点からは、身体活動レベル(低い)は望ましい状態とは言えず、 I
身体活動量を増加させることでエネルギー出納のバランスを図る必要がある。一方、高齢者については、低い身体活動レベルは、摂取できるエネルギー量の減少を招き、栄養素の不足を来たしやすくなる 11,12)。身体活動量の増加により、高いレベルのエネルギー消費量と摂取量の出納バランスを維持することが望ましい。
※Webから