今年も、終わろうとしてます。


何をするでなくただ生きるだけの一日は、長いようで、早い、


一年はあっという間に過ぎていきます。



旦那と私は、年の離れた夫婦。


年齢が九つ違う。


男女の平均年齢から推定すれば、


この先、旦那が順調?に死んでいった後、


残った私が順調に死ぬまで約十五年一人暮らしをしなければならないことになる。


などと、もうどうでもいいことなのだが、歳を重ねる事に心の準備を兼ねて、自分に言い聞かせている。



今年の秋口、季節の変わり目が祟ったのでしょうか、


始まりました。


「私が先に死んだらどうなる」


「不健康度合は私の方が悪いから、もしかして先に死ぬな」


「残された男やもめのその先は悲惨、長生きはできないな」


お約束のいつものネガティブ妄想が始まり、ど壷にはまってしまった。



ひろゆき(西村博之)がユーチューブで、「何でもやたら不安がるやつは、暇な人」と言っていたが、その通りだと思う。


たまには、高齢者が好んでする運動のひとつ、散歩の一つでもすればよいのだろうが、とになく外に出たくない。


する事もないが、したい事もない。


そう言う人を暇人というのですか。


生来、家にいるのが一番好きなのだから、仕方がない。


それも、ひとりで。


ただ、身体がじっとしていると、その分脳みそだけは活動がさかんになる。


どこかのお菓子のコマーシャルのような、辞められない止まらない状態になる。


そして、自分で書いたブラックシナリオに涙涙で身が震えあがるような妄想劇場が始まると、


それはとどまることを知らず、それがまるで生き甲斐のようにグルグル回り始めて止まらない。



本来、予想や予感は、なんの根拠がない。


当たらない、と思った方が間違いないとは分かってはいる。


競馬の予想屋が当たるなら予想屋をやめて自分が馬券を買えばもうかるにきまっている。


株屋(証券マン)がコレはおすすめというなら、どうか君がやって、成功してサラリーマンなんか、さっさとお辞めになればいい。





私は、


虚弱体質の私は


自分の体調が悪くなると、いや悪くなるような予感がした段階で(頭が痛くなりそうとか、風邪をひきそうとか)


なぜか、老体にムチ打ち、怠けぐせはどこいった、俄然頑張るスイッチが入って、洗い物や片付けをはじめ、掃除機を隅々までかけたりして、もしものための準備万端にかかる。


台風がくる前の事前準備。


大げさな言い方だが、


いつ倒れてもいい用意をしてから、それから「はい」と布団にバタン寝込むという、構図を頭の中に描いている。


また、それは家事一つ、何も出来ない亭主を持った女房の心得でもある。


だが、気持が勝ってが、最悪の状態は回避


風邪ひとつひくこともなく


もちろん、寝込んだ事など一度もなく365日家事をこなしている。




この度、著しく心が萎え弱気になった時、


私は、私になにかあったときのことを想定して、


我家の財産目録の在処を明らかにするとともに、その引き継ぎを旦那に申し出た。


だが、自分が先に死ぬことに決まっていると確信している、あなたまかせの旦那は、興味も感心もなく聞く耳を持たない。




ただ、これだけは前々から気にかかっていたことがある。


「洗濯機」の使い方を旦那に伝授せねば。


アナログのど真ん中に生きて、なお頑としてデジタル生活を受け入れない旦那は、


今の時代のスマホやネット等、SNSには全く興味も恩恵も認めようとしない。



デジタル家電の今時の洗濯機は使えない。


使ったことがない。


今はパンツを手洗いして済むような時代ではない。



掃除機の紙パックの交換も教えた。


掃除機も、一度もさわったことがないからだ。



それでも、もしもの時は、


洗濯も掃除もままならず、塵埃、垢まみれでも


コンビニと、スーパーがあればなんとか生きていける。


餓死はすまい。



だが、これくらいは、やらせてみようと。


切る、炒める、で済む代表料理「カレー」を私の目の前で監修の元、旦那に野菜のカットからはじまり、いちからカレールーを入れるところまで作らせた。


カレーの箱に書いてある通りの事をすればいいのでしょうが、

カレーは食べる人としか認識していないものが作ると恐ろしいことが起きることを目の前にした。


こんなことでも、やったことがない男はいっぱいいるだろう。



今年の春、私が、肩をから腕を痛めた時


大きくてりっばなカボチャを頂いた、が、これを切るのは拷問に近いものがある。


「カボチャの煮つけ」だよと言い聞かせ


旦那にカボチャをカットしてもらった。


目を離したのが悪かった。


いや、誰だって人生でカボチャの煮つけぐらい何度も食べたことあるでしょうに。


ああ、それなのに信じられない。


出来上がった、カボチャはまな板のうえで小さなサイコロになっていた。


感性のなさもさながら、男の料理の経験がないということはこうゆうことなのだと思い知らされた。


(しょうがない、レンジでチンして、カボチャコロッケをつくりましたとさ)




世の中には、男だから女だからは関係ない職業は溢れている。


まして、プロの料理人は圧倒的に男が多いのだ。


トレーラーや大型車を動かす女性も珍しくない。


腕相撲をしたら男にはかなわないかもしれないが


力や体力で、車を動かしているわけではないのたから。


要は、頭、頭脳と経験です。


昔、姑によく言われたことがある。


「男も躾けないとだめだよ」


最低限の家事の手伝いくらいさせろと、言う事だった。


私は、頭の古い型の女なのかもしれない。


やはり、台所の後で亭主にウロウロされるのは気に入らない。


黙って、座って待ってろ!



私の理想は、


出来たら自分で墓穴を掘って、


人生の最期のとき、


その時が来たら、その穴にパタン、で完結したい。


さすがに、自分で穴を埋めることは出来ないので誰かにお願いをなければならない。


私の理想の死に方です。


狂ってますか。


今年も、妄想三昧で終わりそうです。