新年も明けて、もう何日も過ぎましたが


今年は、何事もなく、心穏やかな日々が、一日でも多く続くことを願っております。


冬の朝、口から出てくる言葉は、


ただ、ただ


「寒い 寒い」


年が明けようが、寒いものはやはり寒いのだ。


心のなかでは、何がめでたい!


初詣でなぞ、とんでもない。


外へは一切出ない。


亀のように、首炬燵で、じっとしている。



私にとってエアコンは、存在そのものが、精神衛生上良くない。


あんな小さなプラスチックの箱からブファ〜ブファ〜出てくる、あの人工的な暖かい風がとにかく性に合わない。


それに、何も考えず、使い方を間違うと


次の月に震えあがる金額の電気代を請求されることになる。


その対価が間尺に合わないからだ。


テレビの天気予報士が、「今日は暖かくしてお過ごしください」


などと、人ごとのように(まあそうなのだが)電力会社の手先のような言い方をするが、


あれは、余計なお世話。


寒けりゃ暖かくして過ごしたいですよそりゃ。


でもね、家中のべつまくなし暖房しまくっていたら、


身体は暖かくなるけど心は寒々泣くことになります。


北国は食費より光熱費が勝るのですから。



久しく冬に帰省することがなかった、娘が数日滞在し


帰った次の月に来た電気料金を見ておったまげたことがある。


エアコンは一日中つけたまま、朝シャンに長風呂で、エコキュートの蓄湯タンクは空になり私は夜風呂に入れなかった。


だが、たまの一人娘の帰省、ケチなことは言うまい。




引退組の親の日々の暮しは地味でひっそり節約一筋の毎日なのだ。


現役の若者たちからしたら、


「そんなのバンバン使えばいいじゃん」


私も、若い頃は消費は大好きな女だった。


してもらうのは当然、いや自分以外の誰かが支払うのだろう感覚。


喫茶店で飲んだコーヒー代は男が払い、(当時は飲食に関しては男が支払うのが当然)


家を維持するために、支払われる水道光熱費や、住民税、固定資産税、まして食費など、全て親がかり、その金の出どころなんて考えたこともなかった。




節約は美徳、でも耐えられるものと耐えられないものもある。


夏のニュースの熱中症で死ぬ人より、凍死のほうが多いとか。




私は、使い捨てカイロが大好きで、冬場はこれなしでは生きてはいけない。


朝、背中風門と呼ばれる肩甲骨の間に一枚、体調によってお腹の臍下丹田に一枚、必ず貼りつけています。


時々取り忘れたものがシャツに張り付いたまま一緒に洗濯されたりして、


あれま〜が、しょっちゅうですが、


冬は、ちょっとだけ、低温火傷しても(物によっては本当になる)使い捨てるカイロ命です。