朝方、変な夢をみて苦々しい思いで目が覚めた。


私が中心となって、大きな家の不用品の片付けをしていた。


ほとんど捨てる物ばかりのゴミを前に、


私が躍起になって、キーキー黄色い声をはりあげて、現場監督のように、周りにゴミの分別を指示をしているのだ。


朝、目覚めた瞬間一番に思った事は


「今日は、可燃物のゴミの収集日だ!」


今週は、我が家はゴミステーション(ゴミを入れる檻のような小屋)の掃除当番になっていた。


夢にまでみるくらいストレスになるときもあるゴミ当番なのだ。





夫婦で二人三脚で死ぬほど働いた仕事に疲れたのだろうか、後先なとあまり深く考えることなく


「やめっか」


夫婦の意見が一致、年令的に少し早めに仕事をやめることにした。


私は、まだ五十代だった。


今まで住んでいた家と地べたと訣別して


終の棲家と前々から用意していたマンションに隠退して十数年住んだが、


住めば住むほど、世間の言うところの高齢者のマンション暮らしとは、感覚的に私はついていけない。



「なんか違う」


世帯数が300からある高層マンションは、私の理想とする


「静かに、孤高に、誰とも関らずに生きる」


わけにはいかなかった。


思ったら、行動あるのみ。


そこそこ高齢になったら、引っ越し等で生活環境は変えない方が良いと言うが、知ったこっちゃない。


嫌なものは嫌なのだから。



仕事一筋で生きてきた旦那は、自分の突き詰めた人生観で満足した生活で、


お金にも世間の付き合いも、全く興味がない。


マンションを買うときも反対も興味も示さなかった。


私は、我慢と忍耐が一番嫌いな女。


「お父さん、マンション出て、もう一回、小さな家でいいから建てていいかな」


と、恐る恐るお願いしてみたら(いや私の中では断固決行することは決意していた)


あっさり、「良いよ」


家庭の金銭事情も、興味もない、預金口座の残高も暗証番号も、なーんにも知らない無知な


しょうがない!私が今一度奮起せねば、猪突猛進の行動。


どうせ死ぬまでの束の間の時間をやりたいように過ごす場所と、


わざと少々不便な場所とリーズナブルなメーカーの家を選んで家を建て、引っ越した。



猿も熊も、カモシカも、雉も、おい出まする、


昔の、大名も飛脚も旅人も通ったはずの街道沿いに我家が引っ越して来た頃、


周りは草ボウボウの空き地ばかり、夜は街灯もなく真っ暗、


気持ち悪いぐらい、物音一つしない、うら寂しい場所だったが、それは望むところ。


時が経つに連れ


一軒また一軒と家が建ち始め、今も一軒建築中の家があり、そのたび騒音に悩まされている。


こんなはずでは、なかった。


去年、真隣に家が建ち、(私にとっては連日の私の部屋に聞こえてくる、建築中の隣のトントンの音に私の脳みそも、トントンやられたのだろうか)


あげく鬱病ぽくなって、何を思ったか、トチ狂って精神科にまで乗りこんでしまった経緯がある。


私の心の中で、また引っ越しの頭がもたげて来て、いる。


私が一人暮らしで可能なら、今ある家を売り払い、田舎のポツンと一軒家をめざすのたが


今の生活にエラく満足しているすでに後期高齢者になった旦那は承知しないだろう。


ああ、憧れの山の中の一軒家。




通称、「ごみ当番」の任務は一週間。


4ヶ月に一度の頻度で、その結果を記載するノートど一緒に各家々に回って来る。


その時、ゴミステーションの責任者となる。


時々発生する、不届き者が置いていったゴミの後始末や(収集車がやってくる時間や指定されたゴミの分別を守らなけれは容赦なくゴミは捨て置かれるのだ)


小屋の掃除をするのが仕事である。


市から、ゴミの分別区分の冊子が毎年配布される。


暇な年寄は、(私)


歯ブラシひとつ捨てるのも、その薄ペラな冊子のページを舐めるようにめくり、


それでも、納得が行かない時は管轄の「市民生活課」に電話して、確認をするという、うるさ型。


それには理由がある。


それは、一度、私の出したどこから見てもプラスチック製の棒を「プラスチック類」のゴミ袋に入れて出したら、


「不適合のシール」が貼られていた経験かあったからだ。


どこから見てもプラスチックの棒は(ご丁寧にも)折られ、中がアルミかなにかの芯でできていることを指摘されていた。


そうなると、くくりでいうと雑貨品の部類になる。


そんなこと知るか、見た目で判断しただけなのに。


「そこまでするか」


本当に、


敵は(いえ、仕事に忠実な方々)、侮れないと、


私はそれ以来ゴミの分別に燃えた。



だから、自分の出したゴミが間違いなく収集されているか、確認に行くようにしている。


ゴミ袋には、名前を書くようにした。


文句あるなら、ゴミ当番の方はお持ちしてくださいの気持で


皆が書けはゴミ当番もやりやすいのだが…


名前か書かれていないゴミ袋も多々ある。


持ち主不明なものは、ゴミ当番が持ち帰りその始末をしなければならない。



今の複雑化した人間社会をスムーズに円滑に営むには、


法的な縛りも、条例も、地域の決め事も、守ることは当たり前の事。


それでも、ルールを忘れてしまった人、いや分かっちゃいるけどやめられないの確信犯等がいるからもめ事は日常茶飯事。



でもだ、


そんな、いちいちうるさく、仰々しいことをいわれなくても、


昔は「暗黙の了解」というものがあった。


絶対してはいけないこと、これだけはやめておけ、の大人の常識があった。


今や、常識なんて死語。


昔の常識は今の非常識なんて…


もう、大人社会ではない。


やがて大人になって、


社会をささえていかなければならない子供に、


親も、学校も人として生きていく為の最低限の教育が出来ないのだから、その行く先は見えている。


だから、


馬鹿が多すぎる。


残念。