人生で、
キュウリや玉ねぎをスライスする時使う、「スライサー」で、
自分の指を間違ってスライスしてしまったことって、ありますよね。
たいていは、親指。
先日やってしまった。
玉ねぎの薄切り、程々のところでやめておけば良いものを、
けちって最後までいったろかと頑張ってしまった。
アッと何かを感じた時、錯覚であって欲しいと願ったが、
やや、間をおいて
指先から、安物の絵の具のような、薄ぼんやりした血が滲み出てきた。
年寄りだと思ってナメとるんか!
普通は、鮮血ドバーでしょうに。
意味のわからない文句を言いながら、キズ絆をさがした。
それが、どこにあるものかみつからない。
指先はティシュで丸めてしっかり握り締めておいているので、手が使えない。
ああ、そこそこ、
アゴをしゃくりなから、旦那にキズ絆の箱を捜させる。
指の先端の痛みは、また格別なものがありますな。
普段からせわしない行動派の私は、家の中で、弁慶の泣き所と称する、向こう脛はよくぶっつけます。
でも、その痛みは「おー」、とか、「ひぃー」とか一瞬唸り声はあげても、その場限りで済む。
だが、何かの拍子に、足の小指なんか椅子等の家具の角にぶっつけようものなら、
息の止まるような、あの独特な人生から嫌がらせのような、得も言われない痛烈な痛みに襲われますね。
先端は要注意。
絆創膏で、ぐるぐる巻きにされた親指は、何日経ってもジンジンしている。
馬鹿と鋏は使い用、と言いますが人生なんでも、加減が必用。
歯止めをかけることが大切。
「良い加減」とは、悪い意味での、でたらめで、ふしだらなことを言うのではなく、
よく言ういい塩梅にとか、その場の状態を的確に判断することでありますね。
先日、またいつものような変なしつこい勧誘電話がありまして、
これには、問答無用の
「いいかげんにして!」
ガチャンを、やってやりました。
私は、…考えました。
電話に出ると、まず「はい、〇〇です」自分の家の姓を名乗らないことに。
本当に用事があればあちらも自分から名乗ります。
すると、危ない相手は黙って、こちらの名乗るのを待っているのです。
どうせ、なんちゃら名簿が出回って、どこの家に電話しているのは分っているはず。
こちらが、名乗らないと相手の電話とこちらの電話の間に何秒かの無言シーンの時間が流れる、
負けてなるかと無言を続けると相手は根負けして電話をきってしまうことがあります。
でも、こんな暇つぶしもやっていられないと、考えたのが
電話を取ったら、いの一番
「権田原です」と名乗ることにした。
すると、それでもかまわず相手は「〇〇さんでは?」と、くるから、
「いいえ、権田原です」
相手もさすがに、「失礼しました」と電話を切る。
先日もまた、もう理解に苦しむ電話が舞い込んて来た。
こちらが名乗らなくてもお構いなし、開口一番、
男性の声で
「お宅に耕うん機ありますか」
と、来た。
今まであまた電話での、着物や、いらない靴、骨董、etcありませんか、の何が目的なのか良く分からない電話は数々ありましたが、
今回は、「耕うん機あるか」ときた。
NO1のブツです。
耕うん機なんて、趣味で持ってる人いるか!
あまりの、変り種に
「ありません!」
と、返答してしまった。
すると、すかさず相手は
「お宅は農家ではないですか」
と、来た。
なんか、呆れてしまい
「耕うん機は無いけど、稲刈り機ならあるよ」
言ったろかー、と。
こんな、とぼけた話に返答する呆け婆さんを狙っているのか、
私は、毅然と、
そして、相手を諭すように、
「ねえ、もう、やめようよ(こんなことするのの意味をこめて)」
静かに、電話を切る。