味噌ラーメンとビールの思い出
前回は高校時代にパチンコで稼いだ小銭で、ウィスキーバーに通った話。今回はその続きと、今、還暦を過ぎて思ったこと。
その悪友である幼馴染はずっと剣道をやっていた。大学進学は剣道のセレクションで、かなり早い時期に決まっていた。
僕はと言えば、一応進学校に通っていたが、そんなバー通いや麻雀、ディスコ、当時のお決まりはだいたい、高校生で一通り、謳歌とは言えないが、時代遅れのデカダンを気取っていた。
その晩は、珍しく机に向かい、受験勉強をしていた。世界史で、山川の教科書にある事項を手製の巻物に書き写す。地域、国、戦争や政治、文化などをまとめていく。なんと非効率な勉強だろう。その巻物は、結局完成はしなかった。
そろそろ缶コーヒーでも買って、一服しようと、外へ出ようかと思っていたら、彼が来た。僕の家の勝手口は鍵をかけることがほとんどなかった。誰でも勝手口からそのまま階段を上り、僕の部屋に入って来られる。社会人になって家を出るまで、いったい何人の悪友たちがこの階段を上り降りしただろう。数は少ないが女の子も・・。
友人はパチンコで儲けたので、ラーメンでも食べに行こうと言う。時間は11時位だった。すぐの大通りに、当時、チェーン店で名が知れ渡り始めた「どさん子」があった。そもそもチェーン店がほとんどない時代。
渋い男性が一人で店をやっていた。四角張った顔は黒く、上はTシャツ、下はダボッとした白い調理用のズボンに、長靴のいでたち。シェフハットでもない、ごくごく普通の白い料理用の帽子を被っていた。全体に清潔感がある。店も油でキタキタはしていない。
店に入ると、まずは瓶ビールを注文する。ビアタンとビールが置かれ、互いに注ぎあう。お通しはなかったと思う。まずは、乾杯して、おもむろに煙草をポケットから取り出して、火をつける。僕は小学6年で初めてタバコをいたずらして、中学2年生頃にはいっぱしのスモーカーになっていた。彼も、剣道をしているのにタバコを吸った。注文したのはもちろん味噌ラーメン。餃子は注文しなかった。
L字のカウンターだけの店で、彼がラーメンを作る厨房での動きが最初から最後まで見ることができる。
まず、麺を大きな釡に投入。ドンブリに湯を入れて温める。中華鍋に油を少々、肉を少しだけ入れて鍋を振る。そして野菜を鍋に投入。人参、ニラ、玉ねぎ、大部分はもやし。キャベツは入っていなかったと思う。中華五徳に鍋が当たる。その音が本当に気持ち良い。その音が少しでも高ければ耳障りだし、低ければ出来上がった料理がべちょべちちょしている気がする。鍋を振るリズムも食欲をそそる。今でも大好きだ。調味料を何種類かを、粉末はお玉背につけて、液体はほんのひと掬い。一瞬、鍋から火がぼっと上がる。スープを寸胴から鍋に適量いれる。
鍋はそのままにしておいて、ドンブリの湯を捨てて、タッパーからデッシャーで味噌をすくい、ドンブリに落とす。デッシャーはご存知だろうか、アイスクリーム屋がアイスクリームを掬うあの道具である。寸胴からお玉でスープを少しだけドンブリに入れて、味噌マドラーでかき回し、味噌を溶かす。当時からこれらの道具の名称は一般的だったのかな。僕はこの文を書くのに調べて初めて知った。
鍋を持ちあげて、お玉で野菜と肉を抑えて、鍋の中のスープをドンブリに注ぐ。鍋に残ったスープは寸胴に戻す。その作業をしていると、麺が茹であがる。経験による絶妙のタイミング。平ザルで一人前ずつ、調整もなしに、湯切りをしてどんぶりに麺を入れる。僕は今でもあの深い、ラーメン用のザルタイプのよりもこの平らな、ただ竹やステンレスの長めの柄がついているだけのが好きだ。ザルタイプのは麺を一人前ずつ入れて、狭いスペースで麺を箸で湯がき、最後にかなり腕を振って湯切りをする、いわゆる湯切りスタイル。これが馴染めない。湯の中での麺の泳ぎ方が足りないような気がする。何よりも平ザルは何回か麺を茹でると、鍋の湯を全部捨てて新しい湯にする。一方のザルは寸胴にひっかけて使うが、湯を交換しているのを見ることは少ない。麺についていた粉やなにやで湯がどろどろになっていたりするのを見かけたりすると、美味しさが半減する。
そして、鍋に火をいれて、一振り。ドンブリに野菜と肉を盛る。葱とメンマを載せて出来上がり。みそーラーメンはこれでなければならない。
札幌味噌ラーメンは炒めた野菜と肉と油をドンブリの上部に載せることで、厳しい寒さでもラーメンを冷めにくくし、温かく食べられるためだと聞いたことがある。
まずは、レンゲでスープを一口飲む。そして、野菜をむしゃむしゃと、それから野菜を食べた後の穴に見える麺を頂く。ここまでは、何もつけ足さない。ここで、胡椒を一振り。これは必須。あとはその日の気分で、卓上の調味料を入れる。すりおろしニンニクやラー油など、僕はほとんど入れることがなかった。醤油ラーメンの時に酢を入れるくらい。
二人とも無言で食べる。ビールを飲む。寒い日のみそーラーメンは至極うまく、暖まる。
満足した二人は、食後のタバコに火をつける。食後の一服は本当にうまいと思った。
そうしていると、背中のガラスの引き戸が開けられた。火のついたタバコを手にして振り返った。僕の父と母だった。店だったのか、少し驚いた顔をしたが、何も言われなかった。父は苦笑い、母は目を丸くして「アラッ、勉強していたんじゃないの?」。
気まずい空気が流れる。両親はご馳走してはくれなかった。友人が勘定をして二人は店を出る。そんな思い出。