作家の大崎善生さんが亡くなった。闘病をされていたそうだ。

 僕は学生時代から囲碁は父や友人とよく打った。しかし、将棋は覚えたのは囲碁よりも早く、小学生の時だったが、一向に上達しなかった。叔父が将棋が強く、僕の友人と対局しているのを観て、感心したものだった。

 働きだしてからも、NHKの囲碁トーナメントはほぼ観ている。その日は、その前の時間に放送されている将棋トーナメントが決勝だったので、観戦した。

 村山聖と羽生善治戦。本当に偶然に観てしまった。その時、羽生善治については知っていたが、村山聖については全く知らなかった。対局が始まり、何手か進んで、村山の気迫が画面から迫る。ただならぬ形相なのだ。解説は村山が優勢だとしている。村山を応援していた。終盤、秒読みに追われて、逆転されてしまう。これで負けてしまったら彼は死んでしまうと本当に思った。

 局後のインタビュー、はたして受け答えができるのだろうかと心配した。今、ネットでその時のインタビューでは笑顔で答えたとなっているが、僕には記憶がない。ハラハラしていた。

 その後、村山が他界したことは知っていたが、何か感慨をいだくことはなかった。

 何年か経って、海外へのフライトの際に、空港の書店で目に入ったのが「聖の青春」。曖昧な記憶だが、文庫の帯で、あの僕が観たNHK決勝戦を戦った村山のことだなと購入して、飛行機に搭乗した。

 読みだして、しばらくしたら涙が止まらない。不器用な生き方。それを支える不器用な師匠。彼が死ぬ、ラストあたりでは号泣していたと思う。

 そして、作家の大崎さんを知った。デビュー作だった。

 素材が人を惹きつけるもので、著者自身も生前の村山を知っていた。しかし、それだけではない、力のある作品である。確かな構成力、独特の乾いた文体、取材力、時にはユーモアを交えた会話、それらが素材を更に惹きつけるものにしている。

 そして、何よりも、「将棋」というもの、「将棋」という魔物に魅せられてしまった村山や村山を囲む人々に対しての、「愛」という通奏が流れているのをはっきりと感じることのできる作品なのである。それが読者に伝わるのです。みんな、もがいているのです。

 はっきりと断言します。この作品は小説です。

 その後、「将棋の子」、「パイロットフィッシュ」を読んだ。どちらも、素敵な作品です。特に「パイロットフィッシュ」は秀逸。

 ご冥福をお祈りいたします。