金沢大学等のチームが現代日本人に3重構造のゲノム遺伝子が引き継がれているとのニュースが9月21日にあった。

縄文人に渡来弥生人にもうひとつ東ユーラシア基層集団だと。

 

このブログでは日本人は9種のミックスとの説をとっている。

その中の2大人種のウェイトが高く、特に、渡来弥生系に傾斜し、今なお東北方面に向かって伸張中としています。

(もうひとつは、縄文系)

 

ちょっと興味があったので金沢大学人間社会研究域付属国際文化資源学研究センターの発表ニュースを見てみた。

 

 

もっとも面白いと思ったのがこのグラフ

古墳時代以降において「東アジア祖先」の遺伝子が増えているというもの。

 

今、聖徳太子展が開催されていますが、異説ではありますが、私は、日本の歴史は聖徳太子が書き換えて創作したと思っています。ただ、考古学的なことを神話に置き換えたりして夢を持たせたのは確かかなと。

 

まだ、確定的な発見にはなっていませんが、およそ7300年位前、縄文人が天変地異にて壊滅状態となったらしいという話。

一旦、途切れた縄文人は、違う血筋で再開を徐々に果たすという。当然、ゲノムは変わる。前と後で。

 

このブログでも取り上げたことがあったのですが、鬼界火山噴火の事実。

鬼界カルデラが動く時(神戸大学サイトより)(2019/1)

そして、それよりも前の2000万年前頃の日本列島形成前の図、
この時以降のイメージのポンチ絵を描いてみました。
先日書いたブログ、翡翠産地は造山運動で生まれた、糸魚川静岡構造線も(2021/9)を見てください。フォッサマグナのある当たりの2万年前予想図です。ほぼ本州は出来上がっていたかもしれません。
まだフィリピン海プレートはぶつかってきていない。北米プレートとユーラシアプレートで生態系は全く違う。
金沢大学の去年の発表記事:
 
何が言いたいかというと、日本列島形成前と後と7000年前の大噴火の後でゲノムは違うのだろうなあと。
つまり、2万年以前、2万年前から7000年頃まで、7000年以降(1000年位の回復期間とすると6000年前)
 
日本が生まれたとされているのはおよそ1万年前で6000年以降に国生みが始まっていると聖徳太子はおっしゃってる?
まあ、聖徳太子の国造りの功績は別にして、日本の歴史上、そろそろ全滅した縄文人とそのあと大きく広がった縄文人の違いが知りたい。
火山灰で覆われた西日本は寒冷化でほとんど人も動物も生きられない環境になったと。
そんな証明はまだされていない。
 
金沢大学発表の説は、復活した方の縄文人(古墳人)ではなかろうかと・・・・・・