「ところで先生は今回の騒動について、なぜおかしいと思うようになったんですか?」

 

「最初から変な違和感があったんですよ。そう感じる点はいくつもあるんで、挙げるとキリがないんですけどね」

 

「具体的にはどんな事ですか?」

 

「例えば騒動の当初から言われている『新しい生活様式』って言葉、何か違和感ありません?まるで元には戻らないようなニュアンスじゃないですか?」

 

「言われてみれば、たしかに」

 

「マスク・ディスタンス・オンラインなどの施策は感染対策のためと言われていますが、だとしたら終息するまでの『一時的な生活様式』でいいはずなんですよね。それが最初から『新しい生活様式』なんて言われると、すごく違和感があるんですよ。何なら、終息するかどうかに関わらず元には戻さないような意図すら感じるんですよね」

 

「私、車検のため代車を借りてるんですが、その代車はあくまで『一時的な車』であって『新しい車』とは言わない。感染対策のことも、『新しい生活様式』って言い方だと『じゃあ今までの生活様式はどうなるの!?』ってなりますね。しかも実際このままずっと続いていきそうな雰囲気も感じています...」

 

「違和感って意味で言うと、有名芸能人が亡くなった時の報道も異常でした。僕には、あれは故人を悼むというより、人の死を利用して国民の感情を煽っているように感じました」

 

「私もあの時は少し異様だなと思ったんです。人の死は悲しいし残念だけど、それによって世の中の空気感が特定の方向に誘導されているように思えて、言葉にできない気持ち悪さがありました」

 

「今回の騒動でメディアが一貫して行なっているのは、情報を伝えるというよりも感情を煽るということです。特に不安や恐怖の感情を煽るというのはマーケティングでも宗教の洗脳でも使われる手法ですが、そうすることで思考や行動などを特定の方向に誘導していきやすいんですよね」

 

「最初は情報を得るためにと思ってテレビをしょっちゅう見てたんですが、テレビを見れば見るほど心が不安定になるし、でもそのうち何だかおかしいと思うようになってきて、今はほとんど見なくなりました」

 

「それでいいと思います。心が恐怖や不安で支配されると思考停止に陥ってしまいますし、本当に必要な情報はテレビを見なくても案外入ってきたりするんですよね」

 

「はい、つくづくそれを感じています。そして心の平和を保つって大事だなと思います」

 

 

 

日本の病床数って世界一なのに、なぜ医療崩壊?

 

「他にもおかしい点や矛盾が山ほどありますが、現実の問題で言うと、ずっと言われてる医療逼迫の話も元を辿ると制度の問題で、これもやはり色々と裏があるようです」

 

「指定感染症ってやつですよね?5類にすれば解決するってやつ。ていうか、日本の病床数って世界一だという話も聞きました!なのになぜ医療崩壊とかになるんだろう?って調べたら、新コ口は特別枠の病気のため指定した病院でしか診療できないからだとか」

 

「そうです、よくご存知で。だから一部の病院だけがメチャメチャ忙しいみたいで、知人の看護師もそう言ってました。ちなみに指定感染症のこととは別に、四種病原体に分類されているのは知ってます?」

 

「いえ、なんですかそれは?」

 

「指定感染症はいわば行動制限に関する分類で、それとは別に病原性の強弱に関する分類があって、新コ口は最下位の四種病原体ってやつになってるんですよ。で、厚労省のホームページによると、四種病原体というのは『我が国の衛生水準では通常は死亡に至ることは考えられない病原体』とのことです」

 

 

「そんなのあるんですか??ていうか、新コ口って一番下の設定なんですね」

 

「そうなんです。良ければ実際のデータでも確認してみましょうか?医療の世界では『病原体の危険性を判断するために見るべきは感染者数ではなく死亡率』と言われているようなので、こんなグラフを作ってみました」

 

 

「こうやって見ると、メディアが煽ってるイメージとは全然違いますね...!」

 

「ちなみに死亡率と同様に『致死率』も重要な指標とされるので調べてみたところ、世代によって差があるのですが全体では約1.4%、最近の推移では0.1%ほどになってきてインフルと同程度という見方もあるようです。また、10代以下は重症者も死亡者もゼロで、どちらにしても子どもや若者世代にとっては脅威とは言えないでしょうね」

 

「こういうデータを見ると、新コ口は風邪だと言う人がいるのも分かる気がします」

 

「実際に厚労省も風邪の一種と公式に認めていますからね。もちろん罹った人は苦しいでしょうし、情報の捉え方も人それぞれかもしれませんが、一つの病気をこれほど特別視して取り上げ続けるのはやっぱり気持ち悪いなと感じます。そもそも病原性の分類は最下位なのに行動制限の分類は最上位というのはすごく矛盾してますし」

 

「だから、『5類にしてどこの病院でも診れるようにすれば解決する』ってあちこちで言われてるんですね!」

 

「でも、それをさせたくない人たちがいるんでしょうね」

 

「それって、わざと騒動を引っ張ってるってことですか?あ、簡単に解決するとワクチンを売ることができなくなるからとか...??」

 

「真相はわかりませんが、色んな利権や政治的な思惑がありそうですね」

 

 

 

今回のワクチンがmRNAワクチンって事は知ってます?

 

「あ、最近知ったんですが、今回のワクチンってまだ治験中なんですよね?」

 

「そうみたいですね。ちなみに今回のがmRNAワクチンって事は知ってます?正確にはファイザーとモデルナがメッセンジャーRNAワクチン、アストラゼネカはウイルスベクターDNAワクチンとの事ですが」

 

「何かで見たことあります。今までのものと違って、遺伝子に作用するものだとか」

 

「どうやらそんな感じみたいですね。僕も詳しく説明できるわけじゃありませんが、今までのワクチン(生ワクチン、不活化ワクチン)はウイルスを何かしら加工して注入するものなのに対し、今回のワクチンはウイルスを使用せず、代わりに設計図を注入する仕組みなんですね。何の設計図かというと、体の細胞内でウイルスの一部分であるスパイクタンパクを生成するための設計図なんです。mRNAの研究自体は何年も前から行なわれていて、体内に入った設計図(mRNA)はすぐに分解されるので理論上は安全だとされていますが、実用されるのは初めてで未知数な部分も多いため、警鐘を鳴らしている専門家も結構多くいます」

 

「治験中なのに接種が行なわれるって、そんな事あるんですか?」

 

「普通はありえないみたいです。調べてみたところ、今回のワクチンは『正式に認可はされていないけど緊急のため特例承認』という形になっているんですね。ただ、個人的には、今の感染状況や回復状況で未認可のワクチンをゴリ推しするのがとても不自然に感じています」

 

「そこ、私もすごく違和感を感じています。まるでワクチンしか病気を防ぐ手段がないような雰囲気が作られていってるのが気持ち悪いし、そもそも人には免疫というものが備わっているのにその概念はどこにいったのか、と」

 

 

 

人間社会の全てをデジタル・オンライン化?

 

「そういえば、最初に言った『新しい生活様式』の件。気になったんで色々と調べてみると、内閣府のホームページにこんな政策が公表されてることを知りました。ご存知ですか?」

 

 

 

 

「なんですかコレ!?どこかの映画みたいな、エラくぶっ飛んだ内容ですが。しかも『新しい生活様式』って言葉も使われてますね」

 

「色んな計画や目標が細かく記載されていますが、ザックリ捉えると『人間社会の全てをオンライン化・デジタル化していく計画』という風に僕は認識しています。ちなみにこの政策が公式発表されたのは2020年1月で、草案スタートは2018年からとなっています」

 

「そうなんですか?ということは今回の騒動の前からあるってことですね?ていうか、まるでコレのために新しい生活様式を推し進めてるようにも思えるんですけど」

 

「僕もそんな風に感じています。そして実際この中に書かれている事が少しずつですが現実になっていってますね」

 

「アバター修学旅行や遠隔卒業式が行なわれたってニュース記事を何度か見ました!記事の内容は『これからは家にいながら買い物から旅行まで何でもできる時代です』的な、どちらかと言えば美談として書かれていましたが」

 

「リモートワークに始まり、音楽の配信ライヴ、病院のオンライン面会など、リアルに対面するのではなく画面越しでコミュニケーションをするというのが今回の騒動をきっかけに確実に増えましたね。こういったものを便利と捉える人もいますし、実際にそういう面もあるのだとは思います。ただ、家の中で生活の全てが成り立ち、人と触れ合うことなく生きる事が可能だとして、それって人間としてはどうなのかな?と僕は思っています」

 

「子ども達は学校で声を出したり触れ合ったりしてはいけないと言われてるようで、これは本当におかしいなと思います。給食も壁に向かって黙って食べるようになってるらしく、もうこんなの虐待だよって私は思うんですけど、そう感じない大人もいるようで...」

 

「色んな人の話を聞いてると、学校では相当おかしな事になってるようですね。子どもが一日中マスクをつけさせられている、しかもこんなに長期間に渡ってこの状況が続いてるというのは常軌を逸してると思いますし、子どもの健康や発育への影響も心配になります」

 

「私もそう思います。エビデンスだなんだって言う人もいるけど、そもそも人間の感覚として明らかにおかしいじゃないか、と」

 

 

 

 

最後は生き方の話になる

 

「今回の騒動を突き詰めると、最後は生き方とか自然の捉え方とかの話になるなぁと思っています。個人的には、病気になりたいとは思わないし死ぬのも嫌だけど、一つのリスクだけを過剰に恐れて毎日を過ごしたり、そのリスクから逃れるために口を塞いで表情を覆い隠し、人との触れ合いを断絶して生きるのは幸せな生き方と言えるんだろうか?と疑問に思ったりします。なんというか、死なないように生きるほど、活き活きとした生き方とは真逆になるんじゃないかな〜って。また、頭でどうだこうだと考えるのも大事とは思いますが、五感で感じる感覚はそれ以上に大切だなと改めて思っています」

 

「私も、毎日不安の中で過ごすのがバカらしくなってきて騒動のおかしさに気づいた部分があります。あと、いくら病気の予防だからといっても不自然なものを体に入れるのはすごく抵抗があります。そんなことをするくらいなら、普段から食事や生活習慣などに気を配って免疫力を落とさない方が大切なんじゃないかと思うんですけど」

 

「本当そうですね。そういう視点で考えると、『新しい生活様式』というものは心身にとって健全で健康的な生活とは言えない、むしろ真逆のものじゃないか?とも思えます」

 

「最近、『命を守る為』という名目で自由や人権が制限されていってるように感じられて、しかもそれがおかしいと言えない風潮を感じて、私はそれがすごく怖いなあと思ってるんです」

 

「僕も正直言って、ウイルスを封じ込めると言いながら実際に封じられているのは自由や人権だと感じています。しかも多くの人は自らそれらを手放していってるようにも思えます。今回の騒動が戦争に例えられたりもしますけど、同調圧力なんかもまさにそうですよね。同調圧力って、多くの人が心の奥では『おかしい・間違っている』と何かしら矛盾を感じてる状態から発生します。皆が本心から良いと思っていたり矛盾なく納得しているのなら、自然に同調するので圧力なんて発生しませんから。なので、そういう事をいくら正当化したり我慢を続けたりしてもイイ結果にはならないはずなんですよね」

 

「おかしい事をおかしいと言えない風潮とか、戦時中ってこんな雰囲気だったんだろうか?って想像しちゃいます」

 

「話すとキリがないですが、まあ何にしても今回の騒動はホントに違和感と矛盾だらけですね」

 

「それにしても、まさか先生とこんな話ができるなんて思ってませんでした。他ではあまり話せる機会もなくて、でもずっとモヤモヤを感じたりもしていたんで、今日お話できてスッキリしました」

 

「僕もこういう事を話せる人は限られてるんで、色々と話せたり同じように感じてる人がいると知れて良かったです。今回の騒動について、実際の真相がどういうものなのかは僕らには確かめようもないかもしれませんが、日々流れる数字や情報に惑わされず、自分の感覚を大切にしていきたいなと思います」

 

「私も、違和感を覚えた時はたとえ世間の常識や社会の風潮と違ってもそれを無視せず、自分が感じたものを大事にして物事を捉えていこうと思います」

 

 

マスクの弊害について

マスクを常時着用することやそれを強要されることは心身へ様々なダメージを与えることになり、また、その状態が続くことで『身体の健康への影響』『心の健康への影響』『成長・発育への影響』が強く懸念されています。

 

特に小さなお子さんほどその影響が懸念されていて、一部は既に実害として現れています。

 

マスク常時着用による心身への弊害について、主に以下のようなものが挙げられます。

 

 

●酸欠や口呼吸になることで引き起こされる諸症状(頭痛、倦怠感、集中力の低下、思考力の低下、肌荒れ、喉の乾燥、咳、口内環境の悪化(口臭、口内炎、歯周病など)、熱中症、 免疫力の低下やそれに伴うアレルギー性疾患の増加、睡眠時無呼吸症候群、など)

 

●表情を感じ取れないことや表情を作れないことによるコミュニケーションの阻害、またはその精神的ストレス

 

●苦しいもの・嫌なものを押し付けられる精神的ストレス、自己受容の阻害

 

上記の弊害が慢性化することによる感覚機能の鈍化、 気力・体力・免疫力の衰え、思考力や表現力の低下、脳の発達や感受性の生育への影響、神経細胞への影響

など

 

 

そもそも苦しいと感じることを続けていたら心身に良くないのは、データやエビデンスなどなくても人間として生き物として当たり前の感覚ですね。

 

別記事でもアナウンスしておりますが、当スクールでは上記のような理由から生徒さんに対してマスクの着用をお願いすることはなく、講師も健康である限りマスクを着用いたしません。

 

 

 

マスクは感染を防いでる??それとも広げてる??

世間でマスクが推奨される理由は「感染防止のため」とされていますが、東京都のデータで感染者・療養者におこなったマスクについてのアンケートがあり、簡単にまとめると以下のようになります。

 

 

 

 

 

感染者・療養者を対象としたこちらのデータを見る限り、マスクに感染防止の効果があるとはとても言いがたく、捉え方によってはマスクのせいで感染している場合もあるのではないか?とすら思えます

 

「健康な人、症状のない人がマスクをする意味はない」という話は実際に多くの医師や専門家も言っていますし、自分の肌感覚でもそのように感じます。

 

 

最初に挙げたようにマスクの常時着用は様々な弊害もある上に、感染防止の効果も確認できない、むしろマスクのせいで感染しているとしたら、一体何のためのマスクなのでしょうか?

 

 

 

そもそも新型コ口ナって本当に危険なのでしょうか?

マスコミでは新型コ口ナにまつわる不安や恐怖を煽る報道が連日されていますが、果たして本当にそれほど危険なのでしょうか?

 

 

自分の肌感覚ではそんな実感がなかったり、データやグラフの見せ方が恣意的だったり、状況をよく観察していると不自然なところや矛盾している部分がいっぱいあります。

 

今の状況に違和感や疑問を感じている人も多いのではないでしょうか?

 

 

医療の世界では、「病原体の危険性を判断するために見るべきは感染者数ではなく死亡率」と言われるようです。

 

以下に、新型コ口ナの死亡率のデータを掲載しておきます。

 

 

 

 

これらのデータをどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、ご存知ない方は良ければ各自のご判断のために参照していただければと思います。

 

 

ちなみに、「感染率が高いほど危険性は低い」というのは、感染免疫学やウイルス学では常識とされています。

 

ウイルスが生き残るには宿主との共生が必要なため、感染が拡がるほど弱毒化するのは必然だからです(その代表例は風邪でしょう)。

 

 

 

様々な矛盾や疑問

新型コ口ナと一連の騒動については、実は様々な矛盾や疑問点があります。

 

 

例えば厚労省による新型コ口ナ感染症の扱いについて、行動制限に関する分類は『指定感染症2類』としていながら、病原体の危険度を表す分類は『四種病原体』としています

 

この四種病原体とは、一種〜四種まである分類の一番下のクラスで、厚労省によると「我が国の衛生水準では、通常は死亡に至ることは考えられない病原体」ということです。

 

政治家や厚労省の役人の方々がマスクもせず長時間会食をしていた、なんてニュースが度々流れてその行動を批判されていますが、もし本当に危険なウイルスならその大元の情報を知っているはずの彼らがこんなことをするでしょうか?

 

 

また、マスクやディスタンスをはじめとする『新しい生活様式』という言葉。

 

感染対策のためなら『一時的な生活様式』でもいいのではないでしょうか?

 

新しい生活様式と言われると、なんだかもう元の生活様式には戻さないようなニュアンスを受け、もっと言えばコレ自体が目的のようにも思えます。

 

そういえば内閣府が2020年1月に公式発表したコチラの政策にすでに『新しい生活様式』という言葉が使われていますが、これは偶然でしょうか?(こんなことを言うと都市伝説の話みたいに聞こえるかもしれませんが 笑)

 

 

ここではこれ以上は触れませんが、他にもPCR検査のことなど様々な矛盾点やおかしな部分があり、もしも「言われてみたら変だな」「何だかおかしいと感じる」と疑問に思われたら、その感覚を打ち消さず、良ければ是非ご自身で調べたり考えたりしていただけると幸いです

 

 

 

私たちはなぜ、これほどまでにおびえているのでしょうか

感染免疫学の医学博士である藤田紘一郎さんの著書『感染症と免疫力』の中に、次のような文章があります。

 

もう一度改めて考えてみてください。

私たちはなぜ、これほどまでに新型コ口ナにおびえているのでしょうか。

藤田紘一郎さん『感染症と免疫力』(2021.2.10初版)はじめにより

 

 

この言葉に、自分の言葉で明確に答えられる人がどれだけいるでしょうか?

 

もしかしたら、テレビをはじめとしたメディアの情報に踊らされているということはないでしょうか?

 

 

危険性が低いからといって絶対に安全だと言いたいわけではありませんが、人は新型コ口ナに感染しないことだけを目的として生きているわけでもありません

 

 

僕は、このコ口ナ騒動を突き詰めていくと、生き方の問題になると感じています。

 

 

人として健全で健康な生活を送るためにも、僕自身は、メディアが煽るイメージに踊らされず、外から植え付けられる恐怖や不安に惑わされず、

 

自分の感覚がどう感じているかに注意を向けることと、俯瞰して事実を認識することを大切にしたいと思います。

 

 

ども、こんにちは。高インボムです。

 

先日、レッスンで心理学やメンタルの話になったり、ツイッターでもそんなことを書いたりしたので、こちらのブログにもそういった話を書いてみようかなと思います。

 

 

 

自己肯定は「筋肉」、自己受容は「骨格」

近年、ビジネス書や自己啓発書なんかで「自己肯定感」っていうものが取り上げられることがありますよね。

 

もっと言うと、自己肯定感「だけ」が取り上げられたりしていますが、僕はこれは少し危険なんじゃないかな?と思っています。

 

 

そして、例えばメンタルに関する不調とか病とか、あとは何なら社会の様々な問題も、もしかしたらこれが原因ってことが結構あるんじゃないかな?と思うことがあります。

 

 

僕が好きなアドラー心理学にも通じるんですが、心理学では「自己肯定」と同じように大事な概念で「自己受容」っていうものがあるんですね。

 

で、僕はこれをカラダに例えて、自己肯定を「筋肉」、そして自己受容を「骨格」、みたいな表現で説明しています。

 

 

何が言いたいかというと、カラダにとっては骨格が全ての土台になるのと同じように、心にとっては自己受容が土台になるんですね。

 

 

例えば、トレーニングをして筋肉量を増やしても骨格がそれを支えきれなければちょっとしたことでケガをする頻度は増えるし、ケガの度合いも大きくなりますよね。

 

心もそれと同じで、自己肯定感だけを上げても自己受容の度合いが低いと何かのきっかけでメンタルがやられる頻度が増えたりもするし、さらには自己肯定と自己受容の差が大きいほどそのダメージも大きくなってしまいます。

 

 

 

まずは受け入れる

自己肯定というのは言ってみれば「ポジティブに持っていく力」とも言えて、それに対して自己受容は「ネガティブを受け入れる器」って感じですね。

 

で、それぞれ男性性や女性性とも関係してきます。

 

 

もし、いわゆるスピリチュアルな話が好きで、性エネルギーの話をご存知の方は、自己肯定を男性性、自己受容を女性性と捉えてもらってもイイかと思います。

 

 

で、「自己肯定はポジティブに持っていく力」って言いましたけど、もっと言うと「ネガティブなものをポジティブに持っていく力」とも言えて、それって言い換えるとネガティブの否定にもなるんですよね。

 

言葉は肯定だけどその中身はある種の否定となって、言葉で説明するとちょっとややこしいのですが、まあとにかくネガティブを無視してポジティブになろうとするのは自分の心や感覚に嘘をつくことでもあるので、そのまま進んでしまうのはメンタルにとって危険なんじゃないかと思います。

 

 

というわけで、無理にポジティブになるよりも、まずはネガティブを受け入れる。

 

ネガティブもポジティブも受け入れる器である自己受容がまずは大事、っていう感じです。

 

 

 

楽しいことに没頭している時間は大切

では、自己受容ってどうしたらできるんだろうか?ってことになり、色んな方法があると思いますが、まずはやっぱり「好きなことをする」ってのがベタですが効果的なんじゃないかなと。

 

「好きなこと」っていうとちょっと範囲が狭くなりそうなんで、「心が楽しいと感じることをやる」ってニュアンスが良いかもしれません。

 

楽しいことをやってイイ気分で過ごす、イイ気分で過ごしてる時間を長くする(=楽しいことに没頭してる)っていうのが良いみたいです。

 

楽しいことに夢中になって没頭している時間というのは、自己受容の形成にとても大事なんだとか。

 

 

あとは、リラックスしてる時間を過ごすというのも良いかもしれません。

 

自己肯定と自己受容の話でいうと、どちらかと言えば自己肯定は緊張なのに対し、自己受容はリラックスになるので、リラックスをして体も心も緩んだ状態でいるっていうのは結構大事かもしれません。

 

 

ちなみに僕、時々一人で山に遊びに行くんですが、自然の中で過ごす時間を持つというのは結構リラックスに繋がるかなぁと思っています。

 

元気がない時なんかも、山に行ってゆっくりしたり遊んだりしてると気持ちもリフレッシュされて、エネルギーもチャージされる感じになったりするので、自然を感じられる場所に行くっていうのは個人的には結構オススメです。

 

 

その他、好きな音楽や落ち着いた音楽を聴くっていうのも良さそうですね。

 

人それぞれ色んな方法があると思いますし、僕も色々と探してみたり試してみたりしようかなと思います。

 

 

 

というわけで、近年「自己肯定感を高めましょう」という話を見聞きすることが多いですが、

「それも大事だけどその前にまずは自己受容が大切ですよ」というお話でした。

 

で、こういう事を色々書いたものの、僕自身もこれら全部を体現できてるわけじゃないのですが(笑)、こういったことを少しずつ学んだりしながら日々の生活や仕事に取り入れていっています。

 

 

では、本日はこの辺で。

 

サラバオヤスミマタアシタ!