セミナーの中にはこんな授業がある。

板を割る授業だ。

板は7センチくらいのぶ厚さで幅20センチの奇麗な板だ。どうみても、のこぎりできらなければ切れないような板だ。これを自分の素手で、空手の要領で割るという授業だ。

なんでそもそも板を割るのか?



その板には自分の克服したいことや悩みをマジックで書く。そしてスタッフの人がドラゴンボールの「カメハメハ!」のようなポーズをしながら板を持っていてくれるそこへ、真正面から片手の手のひらで押すように突っ込んで行けという。

手入れされたフレンチネイルが折れそうで怖い。


私はそのときどうしても解決したい自分自身つらいつらい悩みがあった。頭ではわかっているのに、どうしても克服できない。そのことをついに板に書いた。人に見られるのはとっても嫌だったが、300人もいるのだ。みんなそれぞれ悩みはある。恥ずかしくたっていいわ。

太い油性のマジックで書かれた私の悩みは、数分後には自分の手でぶち割るのだ。

握力さえほとんどない私が、どうやってこの板をわることができよう。

ところがおもしろいことに、簡単に割れたのだ。

別に板に細工がされている訳ではなく、ちゃんとコツをつかめば割れるのだ。

なんだか不思議でたまらないが、このセミナーはそういうものだと思い、悩みをかいた板が割れたことに素直に喜んだ。

自分で割らなきゃいけないのだ。人に割ってもらっては意味がない。
自分の悩みは、自分で克服しなくてはいけないんだ。
でもちゃんと自分で割れることができるんだ。

こんなことを以前聞いたことがある。

どんなにつらい試練がこようとも、自分がちゃんと乗り越えられる試練しかその人の人生にはやってこないようになってるのだ。

それを思い出した私は、なんだか前がぱっと明るくなった気がした。