先日、義母の服を選ぶことにまつわる事を少し書きました。
23年と言う月日は流れてしまえばあっと言う間に過ぎてしまったようですが、振りかえって見れば思い出したくないほど濃厚な記憶ばかりで、
これが、人生ゲームと言う仮説であって、もう一度はじめからスタートする事になったら多分できないかもしれません。
多分できない。

一度経験した記憶があるうえでなら、
ある程度ノウハウがあるので、できないこともないけど、、、、、。
あれですよ、、、韓国男子の"2度目入隊は絶対嫌だ❗"みたいな感じかな。
昨日、義母の住む家に行って来ました。
歩いてそんなに遠くないスープのさめない距離なんで、、、
いいような悪いような感じです。
義母から電話が来て、「トマト🍅がたくさん取れから、取りに来い~」との事でしたので、夕方涼しい時間帯に味付けした生の豚肉をもって出かけました。
義母は、マダン(前庭)で釜に火をくべながらトウモロコシ🌽を茹でていました。
義母は長居させないようにすぐさま用事を済まそうとしてくれのですが、私は、火をくべた釜から煙がモクモクと出ている場所に二人でならんで最近の町内の噂ばなしや、近所の人同士の喧嘩などの話をしたりしました。
義母の息子である夫にたいする心配事や、配慮なども話し合いました。
そして前もってチェックしておいた服の何点かをみてもらいました。私が選らんだ服ではなく
義母が選んだ服は予想外でしたけど
本人が気に入ることが一番なので良かったわです。
ここまで来れば仲の良い嫁姑となるわけです......
見た目はね。
私は、義母と別れて家にかえって来てから
服の購入をしばらく考えていました。
すごい高額な訳でもなく、すんなり買える服なはずなのに、、、、
購入ボタンを押せない自分が、、、
葛藤するのは何故か?
女が恨んだら、5月、6月でも霜が降りる(意訳です 翻訳訂正しました。
)
여자가 한을 품으면 오뉴월에도 서리가 내린다
と言う韓国の言葉があります。
意味としては、恨みを持った女は恐ろしい。ですが、、、。
この言葉のように、一度、凍りついた心を溶かすまで、砕くまでには時間がかかるようですね。
かといい、私の信念としては、一生憎む記憶をも持ち、恨み続けるのは嫌なんで🎵
恨みに生きて真っ暗闇に生きるより
自分の心の闇は自分で決着をつけると言う人なんで。
これも行く末、私も人生の終わりを迎えるわけです。60、70、にもなって、姑にたいする恨みごとに縛られたくないですから。
だから心の闇に光
を当てられるのは、義母でも誰でもない私しかいないとおもうからです。