HPV検査、子宮頸癌の住民検診に?
2010年12月16日 星良孝(m3.com編集部)
時期尚早
「HPV検査は20代を対象にした場合の過剰診断をはじめ課題が多く、住民検診に取り入れるには時期尚早」と説明する国立がん研究センターの濱島ちさと氏
「子宮癌検診において、HPV検査の併用が有効という見方があるが、住民検診として普及させるのは時期尚早だろう」。
国立がん研究センターがん予防・検診研究センターの濱島ちさと室長(検診研究部検診評価研究室)はこう話す。
子宮頸癌検診の標準は細胞診
濱島氏の考え方は、従来の細胞診でも十分に子宮頸癌の検診を行うことができるというもの。
子宮頸癌の住民検診で一般的な細胞診は、子宮頸部の細胞をへらやブラシでかき取り、直接スライドガラスに塗布し、顕微鏡観察などに利用する方法。
細胞の異形成が見つかった場合は、専用の内視鏡である「コルポスコピー」によって子宮頸部を拡大して、子宮頸部の前癌状態、子宮頸癌を診断する。
細胞診は、北欧を中心に欧州で1950年代から普及してきた。
主に時系列研究などの観察研究で効果が検証され、観察研究とはいえ複数の国で死亡率の低下効果が一致して認められており、細胞診は対策型検診で実施することが日本を含め「ゴールドスタンダード」だ。
最近は、液状検体を使った細胞診も出てきている。
従来の細胞診に比べ感度が高いことが2000年代から報告されている。
子宮頸部の細胞を保存液の中でばらして、専用装置でスライド作成、そのスライドを顕微鏡で観察する
。従来の細胞診と比べると、不適切な細胞が少なく、観察可能な細胞を十分確保できることから、癌細胞の見逃しが起こりにくいと考えられている。
濱島氏は、「細胞診の感度は高くはないが、定期的に確実に受診することで、病気の進展に合わせて検出精度を高めていくことができる」と話す。
HPV検査は過剰診断を生じる
細胞診が定着する中、HPV検査をどう使っていくべきかは、いまだに定まった結論は出ていない。
子宮頸癌の原因の大半はHPVで、原因の有無を確認することそのものは理に適っている。
HPV検査の主流は、ウイルスのDNAを検出する液相ハイブリダイゼーション法。
HPVには多数の亜型があり、主な検査試薬では、子宮頸癌を起こす確率が中リスクの型、高リスクの型の感染の有無を判定することができる。
HPV検査を単独で使う方法のほか、細胞診と同時に行う方法、細胞診の前あるいは後に行って陽性者を絞り込む方法がある。
HPV検査を導入することで、前癌病変で2段階目のCIN2以上を検出する感度は上がるが特異度が下がる。
前癌病変をより高い確率で拾い上げられる一方で、治療不要な人を検出する可能性も高まる。
余分な追加検査も増える。細胞診と併用すれば検査追加の分だけ経費は増える。
最近、HPV検査の効果を検証する大規模試験の結果が報告された。インド(N Engl J Med. 2009;360:1385-94
.)、イタリア(Lancet Oncol. 2010;11:249-57.
)で、子宮頸癌の罹患率や死亡率が減少させる可能性が指摘された。
この成果について、濱島氏は慎重な見方だ。
「浸潤癌の発生や死亡率を見ているもので貴重なデータと言える。ただし、発展途上国の結果であったり、対象サンプル数が少なかったりする問題がある」と言う。
インドのRCTは1回の検査だけで評価しているほか、細胞診の効果が認められていなかった。
対象となる地域における背景要因の影響も否定できず、先進国の検査体制を検討するには、参考となるかどうか議論の余地が大きいいう。
一方、イタリアの試験について、濱島氏は、「浸潤癌が検出された人数の差は、10万人近くを対象として11人に過ぎない。データを詳しく見ると、25歳から34歳の層では、初回検診の検出率が4.09倍に上り、有意差があった。この場合、2回目の検診で有意差はなく、若年層では初回検診で過剰に診断される問題が示された。詳しくデータを検証すると、イタリアのRCTはHPV検査の有効性を支持するには十分とは言いがたいと分かる」と解説する。
20代への適用にも課題
欧米のガイドラインは、IARC(国際がん研究機関)の方針でもあるが、HPV検査については有用性の可能性を指摘しつつも、住民検診への導入には慎重な立場を取っている。
現在、一部の地域で行っているのはあくまでも研究を目的としたもの。
先進国では、20代の子宮頸がんの増加が問題となっている。
しかし、検診対象の拡大やHPV検査の導入については安易には決められない。
「20代は性交渉が多く、HPVの感染率が高くなる時期。HPV検査を実施すると、20代は必要以上に検出される可能性が高い」と濱島氏は説明する。
HPV検査で陽性例をコルポスコピーの精密検査に送ると、余計な検査を実施することにつながる。
CIN2のケースは自然消退するケースが多く、不要な治療につながる可能性も高い。
20代前半は、子宮頸癌検診を受けるには早すぎる可能性がある。
HPV検査に比較的前向きな米国産婦人科学会でも、子宮頸癌の検診については21歳から行うよう推奨を変更し、20代前半の検診には慎重な立場を取っている。
英国では25歳から推奨する。
IARCでも、HPV検査の実施を30歳以下には推奨していない。
細胞診は、臨床検査技師や専門の産婦人科医に支えられている。
「細胞診の感度は70%から80%にとどまっている。検査技術を高めるための研修を推進する方が、子宮頸癌の検出に効果が出てくる可能性もある」と濱島氏は見る。
不要検査の回避に有望だが
2015年をゴールとした大規模RCTがフィンランドで進行中。ここで浸潤癌や死亡率についてのまとまったデータが出てくる可能性がある(Eur J Cancer. 2008;44:565-71.
)。
しかし、「これまで臨床試験で、HPV検査の感度と特異度の成績が出てきたが、浸潤癌や死亡率を納得いく形で検証したデータが足りない。住民検診に導入するのは時期尚早というのが妥当と見られる」というのが濱島氏の考え方だ。