大阪での4年間。


それはそれは「?」の多い4年間でした。大阪弁という方言そのものが「誇張」だとか「作り話」だとかとの親和性の高さを秘めているのは間違いないだろうと分析しております。


真実を伝える<笑いをとる


これが大阪人の価値観(少し大袈裟だけど)だという確信を持って、大阪での学生生活を終えて、郷里に戻りました。


僕は、真面目であり正直であることしか取り柄がない18歳でした。大学に入った時は「真面目すぎんねん」「おもんないねん」という評価をいただいていたと記憶しています。工場からポッと出た真っ白いスケッチブックに、大阪はガンガン色付けをしてくれました。


地元では「面白いやつ」という評判をほしいままにしていた僕でした。中学の卒業前に「ちょうちんブルマの盛衰」についてスピーチをして学年の生徒、教師から「も、もうやめてくれ…笑い死ぬ」と言わしめた僕だったのですが、アウェイ大阪では、まったく役に立ちませんでした。恐ろしや大阪。。。


大阪から郷里に戻ってきた先輩が大阪弁を使っていたら、僕たちは話していたものでした。


「あの人は魂を売ったんじゃ。もう諦めるしかない。」


「たった1年でああなるとは恐ろしい敵じゃて、大阪弁は。」


「お前は大阪に行っても、魂だけは売るなよ。」


僕は大学に入学してたったの3ヶ月でホームシックを患い、郷里にフェリーで帰ってきました。


「もう行かへん。大阪がなんやねん。」


「大阪は僕の居る所やないねん。」


そう話す僕に友人たちはこう言い放ちました。


「マー坊、お前もか!!」

「は?なんやねん?」

「自分で気づいてないんか…」

「何がや?」

「お前はたったの3ヶ月で悪魔に魂を売ったんや」

「だからなんのこと?」

「中途半端な大阪弁喋っとるぞ」

「…」

こんな会話があったかなかったか…ま、近い感じで責められました。影響受けすぎや、と。恥を知れ、とも。


大阪弁は、患者側からすると「恐るべき速さで」ウツるんです、はい。だって、周りの人はその語彙とリズムとイントネーションで話しているし、テレビのローカル番組でも大阪弁だし、大好きな吉本新喜劇、松竹新喜劇でも、大阪弁で繰り出されるパンチに両頬を撃たれて、笑わされてるし。


まず第一、標準語で話していたら、会話に入りにくい。イメージとしては、2人で両端から縄跳び回してるリズムが大阪弁なんだから、標準語のリズム感では入れなくて、ずっと回転している縄の外で突っ立ってる感じです。両端で縄を回している2人は嫌味な笑顔を浮かべているし(これは膨らんだ被害者意識かも)。


それに、朝一発目の挨拶から「おはよお」という独特なイントネーションで始まるし。そこからトレーニングが始まっているのです。地獄の特訓が…


しかも、どうでもいい時間に交わされる会話の中身が「ほんまか?」という内容で、脳がプルルンと揺さぶられるのです。


「今朝、電車通学してる時、尼崎から乗ってきたヤクザっぽいカップルが電車の座席でおっ始めよんねん。」


「昨日、動物園前の改札上がった所で、後ろからタックルされて前のめりにこかされてん。俺、ロン毛やろ。女と間違いよって「なんや男か!?」って逃げよった。」


「新幹線なんか、金払って乗るもんちゃう。入場券で入って、ビュッフェで時間潰して、切符の確認の時間は車掌とわざとすれ違って東京に着くねん。」

「でも改札、どないするねん。」

「そこは陸上やってた経験を生かすんや」

「どうやって?」

「改札をハードルのように飛び越えて、駅員が追いかけてきたら振り切ればええ。」

「すごいなぁ」

「そやからそこは『んなアホな』やろ。」

「え?ほな作り話なんか?」

「アホ言え。すべてホンマの話ですぅ」


大阪こそ、マジック・リアリズムの街です。現実と創作が入り混じって、そのうち記憶そのものも書き換えられる。あったことがなかったことに、起こりもしなかったことが事実に。


イスパニア語科の誠くんというチャキチャキの大阪人が、朝鮮語科の玄くんという巨漢を指差してこう言いました。


「こいつカンニングだけでこの大学に合格しよってん。」

「んなアホな」

「嘘とちゃうよ。ほんまの話」と玄くん。

「どないしたらそんなん…」

「わし、視力5.0やねん。さらに背も高いやろ。周りの人のマークシート見て統計的にどれが正解か読み取んねん」

「…」

「高校の担任に『お前が外大なんか通るわけない。合格したら、逆立ちして学校一周したるわ』て言われたから高校に報告に行ったら、すでに逃亡しとったわ」

「へ、へぇ…」

僕の必死の努力は何だったのか。こんな話あるわけない。いつもの作り話だ、きっと。


「飛行機落ちたな…」(玄くんが呟いた)

「え?」

「テレビにテロップ出てるやん」

「テレビなんかどこにも…」

僕はキョロキョロとテレビを探した。どこにも見当たらない。

「そやから、あそこ」

僕は50メートル近く向こうの壁の上の方に設置された14型くらいの小さいテレビを見つけた。

「2回目のテロップ出てんで。お前、見てきたらええやん」


僕は素早くテレビの方に走っていった。すると確かにテロップに飛行機が墜落したニュースが流れていた。玄くんと誠くんを振り返ってみたが、2人はA定食に夢中でこっちを見ていなかった。


視力5.0…本当だったのか?でもちょっと待てよ、あの時僕は「マサイ族かよ」とツッコむべきだったのか…僕はトボトボと玄くんと誠くんの席に戻っていっぱい90円の少し冷めた素うどんを食べた。味はしなかった。それよりも頭の中には「マサイ族かよ」というフレーズがグルグル回っていた。