学校の内情を振り返りながら「教師は割に合う仕事なのか」に思いを巡らせてみようと思います。


こういう設定をしてみました。大学4年生Aくん。


「教員免許を取得しました。公立学校の採用試験の倍率も下がってるし、一般企業への就職も売り手市場で内定ももらっています。どちらを選ぶのが賢明なのか悩んでいます。」


内定を出してくれた企業が、どんな会社でどんな分野で社会に貢献しているのかは、千差万別なのでそちらにコメントはしかねるところです。しかし教師になるということが、どういうことかはお話しできます。項目別に、箇条書きにしてみます。


① 教科指導を通して、生徒の学力を高める。

② 生徒集団(クラスなど)のマネジメントを通じて生徒の人間力を強化する。

③ 生徒会・専門委員会活動を通じて、生徒による自主的学校運営のシミュレーション経験を積ませる。

④ 部活動を通じて、競技・芸術活動、チームビルディングなどを生徒に経験させ人間力を高める。


押しつけがましく響くと思います。学校は「与える」立場「教える」立場で、システムを構築し、教育内容を決定し、「よーいスタート」でスケジュールを動かします。


実質的にPDCAサイクルのうち、PDはこうして動き始めます。学期や年度の終わりにCは形式上行われますが、Aにまで結びつくことはなかなかありません。学年団がセクトを形成して、次の学年に申し送ることも出来難いのです。申し送っても「教師集団の特性や生徒の状況も違う」のだから、活用できるかどうか疑問だと考えられます。


「新しいことをやって成果が出なかったらどうしよう」という恐怖は拭い難く「従来通り」が一番安全なのです。


「校則を無くそう」という提案がなされたとして、それを真剣に議論しようとしたら、勤務時間終了後、部活動で汗を流している先生を無理やり参加させるか、不在を容認するしかない状況で、会議はなかなか前に進まない。


これは暴論ですが、部活動の顧問に体育科の教師が必ず担当しており、またそうした教師は生徒指導で学校を支えているケースが多いのです。「校則をなくすこと」は「学校の中の秩序の崩壊」につながることを意味するので反対の可能性が高いと思われます。あくまで僕が複数の現場で見てきた現実の姿です。


校長は、民間の会社で言うと社長です。社長が交代する時に、社員は新しいビジョンを求めます。もちろん、会社の歴史やこれまでの社長が築いてきた財産を尊重しながら、自分なりのビジョンやミッションを発表して新しい風を吹かせることが期待されます。しかし、これまで胸を踊らされるような「風」を吹かせてくれた校長は数少なかったというのが現実です。


話があちこち飛ぶ悪い癖ですが、ここで、教師をすることのしんどい点(?)を挙げます。


① 多様な生徒の対応に追われる。金八先生やヤンクミのような理想は打ち砕かれます。教師の本当の喜びは理想が打ち砕かれた後にしかありません。


② 保護者対応はどれほど誠実にやっていても、1つのミスで裏返ることがあります。中には本当にモンスターペアレンツと呼べる人がいます。個で対応することを避けないと仲間を守れない。(工藤校長のチーム担任制は有効だと思います)


③ 残業手当は、給特法にて4%が上乗せされるだけです。民間企業でこんなことをすれば、社長は逮捕されます。教師は定額働かせ放題です。残業込みで時給を計算すれば、悲しい数字が出てきます。僕が経験した私学は公立に倣っているケースが多いように思われます。タイムカードを導入する学校もありますが、教師側が善意で誤魔化していることも少なくないのではないでしょうか。厳格に守ろうとする学校では、持ち帰って予習やテスト作りをしています。


劇的に業務を減らす取り組みをしなければ、公教育は崩壊します。業務の制限→税金から残業手当の支給を実施することで、民間企業との待遇の差を埋めないと「教師は魅力的な仕事にはなり難い」のではないでしょうか。


厳しい現実が目の前に横たわっているとしても、教師という仕事に就くことに魅力を感じるかどうか、その答えがYESならば、教師は割に合う仕事です!