人生には様々なターニングポイントがある。


イメージとしてよく語られるのは、一本道を歩いているとその先で道が二股、三股に別れていて、歩いていたものが思案しなのか直感的になのか、そこで選択をして踏み出すというものだ。


僕にもおそらくはいくつかのターニングポイントがあった。


小6の校長面接で、僕は大阪外国語大学に行くと生野校長先生に伝えた。先生はあまりにも具体的な夢に少し驚いていたが「頑張りなさい!」と励ましてくださった。


でも実はこの選択には動機があった。小3の時に転校してきた女の子に一目惚れしてしまった僕は、彼女が英語塾に通っていることを突き止め(偶然耳にして)「母さん、僕、英語塾に行きたい」と言うと少し困った顔をして「いいよ」と言ってくれた。母はいつもそうだった。


しかし生活費もままならないことを知っていた僕は塾を諦めて「負けねえぞ」魂に火を灯し、600円くらいの「小学上級生の英語学習」という本を手に入れてマスターした。例えば、This bridge is longer than that one.という例文は今も覚えている。


最初の方にあったThis is a pen. なんて会話で使うことはないって言うけど、ヘレン・ケラーさんとサリバン先生は、この指示代名詞とbe動詞の活用形、不定冠詞と名詞での会話をしていたんじゃないかな。感動的な場面でさ。


この恋は失恋に終わったんだけど、僕の選択の動機になっている。失恋のパワーは舐めたらいかんな。


スペイン語を専攻して、当時は就職先なんて山ほどあった。某大手銀行に行った先輩から「ご飯に行こう」と誘われて、同級生のスペイン語科の男子2人を誘って出かけた。あまり接点がなかった雲の上の存在の先輩で、僕はやや不思議な感じがしていたがご飯食べられるから、と張り切った。


後日、その先輩から電話があって「うちに来い」とのお誘いだった。「文句ないだろ」といった感じだったが、「僕、郷里に戻って英語の教師になろうと思います」と爽やかに伝えたら「お前は何もわかってない。試験もまだ受けてないんだろ。合格しないかもしれないじゃないか。生涯年収だって全然違うぞ。後悔させたくないんだ」と強く説得してくださった。しかし説得されればされるほど、僕は意固地になっていった。最後はかなり怒って電話を切られた。


教師になる気なんてサラサラなかったのに教育実習に行ったら「授業がわかりやすい」と生徒から褒めてもらって調子に乗り、研究授業の時に「あいつにを指名するな」と言われていたヤンキーくんに、確信を持ってあてたら、正解だった。見に来ていた先生方は驚いていたが、僕は「さすがです。いつも通りだ」と言った。


担当クラスでは、テスト前に「その科目が得意な人が、不得意な人のためにプリントを作る」という提案がされていたが、賛成反対に分かれて、激論が交わされていた。担任は教育実習生の僕に任せて、教室にも来ていなかった。僕は「このままにはしておけない」と勝手に思って口出しをしたら、クラスのボス的な女子から反論をくらった。いつのまにか実習生vsボスになって、「めんどくさい」と言ってたボスを言い負かした。(もちろんこんなこと教育活動ではありません。)


実習の最終日、みんながお別れ会をしてくれた。生徒たちから花束をもらい、ありがたい励ましの言葉をいただいた。その寄せ書きに、件のボスから「めちゃくちゃ嫌いだったけど、熱い人だなぁと思いました。先生ならいい先生になります。頑張ってください。本当に楽しかったよ」とメッセージが書かれていて、僕なんかより随分大人だなぁと感激した。僕は思った以上にチョロかったみたいです。


高校生が持ち合わせている熱量が、僕に決断をさせた。「よし、教師になろう」僕は、霧の中、はっきりと一歩を踏み出した。今にして思えば「してやられた、それも思い込みで…」ということだ。振り返ってみてもチョロかったんです、はい。


教師になる人が減っている。前にも書いたが、文科省・各県教育委員会があまりにも現場を理解せずに財務省に気を遣いながら尻込みしている。そんな腹の括り方で、改革などできるはずもない。


たくさんの犠牲者が出ていて、そんな戦場を選択する人などいるはずもない。リスクしかない。メリットはない。


損得勘定を持ち合わせない、生徒たちと共に楽しみ苦しみを分かち合いたい人なんてどれくらいいるだろうか?


僕の息子が教師になろうかなと言った時に「積極的には勧めない」と逃げた僕だ。


人生のターニングポイントで、僕たちは何を物差しに決断をしていくのか?


すべては価値観。何に価値を置くか、それが全てなのだと思う。教師をしていた人に「後悔していますか」と尋ねたら「後悔している」と答える人は少ない。たくさんの大切なものをいただいた、とおっしゃる先輩が多い。損得勘定ができないのか、不得意なのか、そこに価値を見出していないのか…


僕ですか?僕はこれっぽっちも後悔していません。後悔しています、と答えたらため息をつき続けて最期の時を迎えることになるでしょう。そんなに精神的にタフではないですもの(笑)