morrowesprit -3ページ目

morrowesprit

sijimanite


「パンだけで足りるの?」
「うん、大丈夫だよ、なゆたはたくさん食べるんだね」
僕の顔を見上げ、少し嬉しそうな表情を見せた、その嬉しそうな部分は、普段の表情と比べほんの微かな変化でしかなく、普通に見たら気がつかない程度だった。
僕は食堂の中心に背を向け、同じ様に窓を向いてかなたの隣に座った、かなたは窓の外を見ているのか、窓に写る自分を見ているのかわからなかった。
「初めてだね、なゆたが学校であたしに話しかけてくるなんて」
先程微かに嬉しそうな表情を浮かべたのは、僕が声を掛けたからだったと
このとき気付く。
「あー、そうだっけな」
まわりの声や物どうしがぶつかる音が、ノイズとして耳に入ってくる。
窓に写る背後の様子をまるで映画鑑賞のように眺めながら、口に食べ物を運んだ、死ぬことを決めてから日常が遠く離れた別物に見えて、まるで地に足が着いていない感覚でいた、かなたも同じ気持ちだろうか。
かなたはゆっくりと顔を僕に向ける、
僕も顔だけ動かし彼女を見る、数秒程見つめ合ったのち、かなたはそのまま後ろまで振り返り食堂全体を覗く、僕も合わせて後ろを覗いた。
「なんかさ、変な感覚だよね、ここが今までいた場所とは思えないわ、あたしだけかな」
かなたの顔を見る。お互い隣り合う方から後ろを向いた為、顔がすぐそばにあり少し驚く、こんなに近くでかなたの顔を見るのは初めてだった。
しみひとつないつるりとした絹漉し豆腐のような肌をしていた。そのまま胸ポケットまで視線を落とすと、以前着けていた見たこともない変なキャラクターのストラップをまだ付けていた、
しかも色が変わっていた。かなたが見ている方向に目線を戻し、目を細める。
「何に見える?」
「え?」
「人に見えるかい?」
「ここの生徒達のこと?そりゃあ、見えるけど」
「僕は人には見えない、みんな人の形をした獣だ、ここは学校なんかじゃない」
「じゃあここはどこなの?」
「ZOOだよ」
かなたは少し間を置いて二回頷いた。暫く僕達はZOOを眺めていた。
「みんな人に化けてるって言うの?それとも、なゆただけそう見えるのかな」
「僕だけかもしれない、だって君は見えないんだろう?」
「そうね、でもなゆたの言ってること、わかるよ、なんとなく」
「ここは社会の縮図だ、社会にでて僕達が大人になっても居心地はここと変わらない、獣と共存なんてできないじゃないか」
かなたは思う、なゆたは学校の居心地が悪んだ、そして私は学校の外での居心地が悪い。社会の縮図、ここも外の社会も同じ、確かに間違っていないと思った。
「そうだ、これ買ったんだ、はい、一個あげるよ」
ロケット鉛筆だった、とっくに消滅したもんだと思っていた。
「ロケット鉛筆じゃん」
「でしょ、懐かしくなて買っちゃた、
こっちが私ね」
「ちょっと待って、なんで僕がピンクで君が青なんだよ?」
「いいじゃん、あげるんだから文句なしだよ!」
「ちぇ」
しぶしぶピンクを受け取った。
芯がちびれば抜いて上から押し込む、
するとまた鋭い芯が出てくる。
この構造がなんともいえない魅力を持っており、子供の心を離さない。
暫く手に取って弄んでいた。
「残酷な文具だね、当時は気がつかなかったけど」
「残酷?どこが?」
「先がちびて丸くなれば抜いてまた鋭い芯を出す。使うだけ使って戦力を失った兵士を見捨て、新しい兵士を最前線へおくる、どう?これは冷酷極まりない戦闘マシンさ」
かなたはお腹を抱え白い歯を見せた。
何がそこまで可笑しいか理解できないが、いつまでも笑っているので少し虫の居所が悪くなる。
「なにがそんなに可笑しいんだよ」
ようやく長い笑いがおさまり、テーブルに頬を置いてこっちを見る。驚いたことに涙まで流していた。するとまた笑い出す。
「なんだよ、いつまで笑ってるんだよ」
「だって、可笑しいよ、残酷?そしてなんなのマシンって?もう無理」
顔を隠しテーブルを叩いて笑う。
彼女の食べたパンには笑い茸でも入ってたんだと諦める。
「じゃあ聞くけど、ちびた芯はもう使い物にならないじゃないか」
「そんなことないよ、ちびたら字を書く意外で使えばいいじゃない」
「何に使うんだよ?」
「パンダ」
「パンダ?!」
「黒の部分塗りつぶせるじゃん」
返す言葉が浮かばず、窓の外を眺めていた。
いつの間にか左手でロケット鉛筆でペン回ししていた。
「なゆたさ、なんでいつもそんなに難しいの?もっと楽にできないの?」
「楽か」
少し考えてはみたが難しい問題だった、何も考えずに過ごせというのだろうか。次第に何を考えているのかわからなくなり行き詰まる。
「じゃあさ、鉛筆は?」
「鉛筆は最後まで同じ芯で主と一緒に時間を刻むんだ、これこそ文具の極みだ」
「あ、あ、主、、」
かなたは足をばたつかせ、声を押し殺すように悶えている。蹴られてはたまらないと思い、少し彼女から椅子を離す。
今日のかなたは無邪気でとても愛くるしく見える。
彼女の口から『死のう』なんて言葉が出てきたのが夢にも思えてくる。
ようやく落ち着いて頬をテーブルに貼り付けたまま僕を眼で捉え、はにかむ。
最果てを見つけ出した彼女の顔は美しかった。

下校時間になり階段を降りていると美術の崎山先生に呼ばれた。四十代とは思えない幼い顔立ちをした小柄でシルエットの細い可愛い先生だ。男子生徒の中でもイケてる先生と評判である。
僕は美術や音楽だけ十段階の成績で八以下を貰ったことはない、独特な描写を気に入られて親しくしてくる、トイレの屋根裏のトラップのときも助けてくれたし、他の生徒が修学旅行中もよく話をした。
先生は僕の人嫌いな性格を知っている、ある程度の期間を空けてこうしてコンタクトをとってくるのだ。
先生とは部屋で談話しながら僕にいつも紅茶をご馳走してくれる、崎山先生は少し変わった性格だが嫌いじゃない、でも恐らく僕に気がある節がある、明らかに僕と話す時だけ顔が乙女になるからだ。
先生の部屋は、絵の具や油の匂いでいっぱいだ。奥の窓際に何か作成中の油絵が見えた、天馬に乗った男と羽根の折れた女の天使、真っ暗な夜空から更に暗い闇へ向かっている感じの絵をしていた。
どことなく僕に顔が似ている気がしてならない。
先生は僕がその絵に釘付けになっているのに気が付き、慌てて黒い布で隠す。
「なゆ君、紅茶でいいかな?」
「うん」
「相変わらず美味しいね、先生の紅茶が一番だ」
「ふふ、なゆ君相変わらずかっこいいね、うれしい」
「なぁ先生、生きるって大変なんだね」
「まぁ、いいセンスよ、感性が豊かな証拠だわ」
「周りの奴らが鬱陶しいよ、僕をクソ扱いする奴らが。僕は精一杯生きてるのに邪魔するんだ、ただ生きていたいだけなのに」
「あら可笑しい」
今日は可笑しいとか言われてばっかだと思った。
「何が可笑しいの?」
「だってさなゆ君、何も障害なく生きる程難しい事はないもの、そしてそんな暇な人生なんか先生だったら死んじゃいたいわ」
一瞬ドキッとした、先生は続けた。
「それに何?周りの事なんて気にしないの、なゆ君の性格先生は好きだけどな、いい?日本のある会社の広告で人間の子と人間の妻を持つ犬の父親って設定があるの、そしてその会社の社長はある国の人なの、何か意図があるのかは解らないけど、その国では犬は馬鹿にする対象の動物なの、そうね、日本で例えると豚かしら、豚の父親だなんてなんだか嫌よね。なゆ君、でもそこなのよ、『日本人を馬鹿にしてる』
って思えば負けなのよ、相手の国民性だし只のカルチャーショックじゃない、図中にはまるなんて愚かな事よ、
『国の違いは面白いな』で済ませることができればどんなに楽かしら。なゆ君、あなたはそのままで良いのよ、くだらない戯れ言なんて聞かないの、いい?」
「すげーな先生、大人だ」
「嬉しいな、先生誉められちゃった!」
「じゃあ先生、僕帰るよ、ありがとう」
「え?」
「え?何?」
「いや、ありがとうなんて、初めてなゆ君から聞いたから」
「あ、そうだっけ、恥ずかしいや、
じゃあまたね、先生」
僕は準備室の扉を開けて出ようとする。
「嘘、つかないでね」
「嘘?」
「またねって、嘘つかないでね。必ずまた先生とここで話そう、この扉はなゆ君のためにいつも開けてるから
ね」
「あぁ」
そのまま先生の部屋を出た。
『先生ごめん、僕嘘ついちゃった、もう、二度と先生の紅茶飲めないや』心の中で呟いた。

とてもとても寂しい背中をしていた、
今すぐ消えてしまいそうな、そんな気がしてならない。
でもまた明日会える、そう信じて製作中の絵に再び取りかかる。
こうやってなゆ君を描くようになって何作目だろう、描いても描いてもまだまだ描きたくてしかたがない。
天馬に乗ったなゆた王子が、傷を負った天使の私を迎えに来てくれる。想像するだけで最高に幸せな気分になる。
これが現実に起こらないだろうかといろいろと考える、するとなゆ君に私服の私をまだ見せていないと気が付く、
是非見せたい、スタイルには自信があった、どんな服が好みなのか今度聞こうと思う。
ある事を思い出して部屋の隅へ駆け寄る、ビデオカメラだった、カメラの電源を入れてなゆ君がさっきここへ入って来たときから録画したビデオを再生する。写っていた、あぁ、美しい顔、
この手で抱き締めてやりたい、私が彼と同じ生徒なら命をかけてでも彼を手に入れるだろう。
授業で生徒が課題のデッサンをしている時もいつもなゆ君を見ていた。密かに学期末の授業の中で自分自身を皆にデッサンさせようと企てている、他の生徒が描いた私なんてまるで興味なかった、あのなゆ君が、私をじっと見つめ、その私だけ見つめる目を私は見つめ返す。
想像するだけでもう死んでもいいくらいだ。しかし邪な考えが浮かぶ、他の課題をわざと不合格にして補習授業として私をデッサンさせるという考えで頭が満たされる。
放課後、たった二人きりで見つめ合う。
あぁ、もう胸が苦しくてたまらない。
そしてもう一つ、わざと不合格を告げた時、なゆ君はどんな顔をするのだろう、悔しがる表情か、怒り溢れる表情か、まさか私の目の前で涙を見せるかもしれない。
全く天馬の絵が進まない、気が付くとビデオカメラの液晶に涎が垂れていた、慌てて拭き取る。
「先生、版画の材料用意できました」
慌ててビデオカメラを机にしまう。
「あら、そう、じゃあ今行くわ」
「あと後輩が一人だけ部費を忘れたみたいで、取りに帰らせましょうか?」
「あら、いいのよ、明日にしましょう」
美術部員の生徒が天馬の絵を眺める。
「あらやだ、まだ製作中なのよ!おほほほ」
「凄い綺麗な絵ですね、さすが先生です、でも、この男の方どこかで」
「ほらほら、始めるわよ、皆席につかせて頂戴!」
天馬の絵に布を被せる。
『嘘つかないでね』
沈黙が広がる、机の中から声がした。
「先生、今、なんか聞こえましたよね?」
生徒の顔が青ざめる。
「え、そう?私が喋ったのよ」
先生の顔が朱色に染まる。
「でも、机の辺りから」
「いいから!早く教室に戻って!」
「は、はい」
首を傾げながら生徒は戻る、準備室の扉が閉まりようやく安堵した。
ビデオカメラを机から出す、丁度準備室から出る時になゆ君が振り向いたシーンで停止していた、前髪で隠されはっきりとは確認できないがとても澄んだ瞳をしていた。
なゆ君、私の希望、私のエネルギーの源、お願いだからきっと、きっとまた私を見てね。
「なゆ君、大好きだよ」
ビデオカメラの液晶にキスをして部活の準備に取りかかった。