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morrowesprit

sijimanite


五時間目の授業はなんだかぎこちない、クラスの中に違和感が漂っている。
一連の状況を思い出してか、どこからか女子がすすり泣く声までする。先生もこの異様な空気を感じてはいるが、
淡々と授業は進んでゆく。
今日はチョークが黒板を叩く音がやけに大きく聞こえた。
午後の日差しがじわりと汗を誘う、きりおも病室で、彼女は家で同じ日差しを感じてるのだろうか。
クラスのみんなを見渡した、この中のどれ位が今を今と意識して生きてるのだろうか。

今日はすぐ寝よう、しゅりのお金の事は明日考えよう、そう思いながら自転車を家に向かわせた、丁度あのお寺を通り過ぎた時だった。
「待ってよ!なゆた!」
急ブレーキして声のする方を見る、彼女だ。私服だった、わざわざ下校時間までここで待っててくれたのだろう。
「あ、待っててくれたの?休んでるのに大丈夫なの?」
「優しいじゃん、なゆた、なんか変だよ」
僕の変化に敏感に察知する彼女に感心する、少し前に比べると明らかに僕の中は荒れ果て、狂った。
しかしなぜか彼女だけには今までと同じように接することができる、こんな崩壊状態の心でも優しい言葉が出る自分に驚いた。
彼女を見ると目に生気が感じられない、いつもは漆器のように艶やかに輝く黒髪も、今日はぼさぼさになっていた。
「いや別に、まあいいじゃん、向こう行って座ろうよ」
もうすぐ桜で埋め尽くされる階段に二人並んで座った。
「はい、コーラ」
「買っててくれたんだ、サンキュー」
彼女は薄く微笑む。
「ていうかさ、なんで僕の名前知ってるの?」
「あぁ、だってあの女の人がそう呼んでたから」
「あそっか、んーじゃあ君はなんて名前なの?」
「やっと聞いてくれた」
彼女の表情はみるみる明るくなり始めた、だが瞳の奥は暗い。
「なんだよ、聞いて欲しかったの?」
「別にそんなんじゃないけど」
「じゃあ何だよ?」
「知り合ってどれくらい経ってると思う?今初めて聞いたんだよ?」
怒ってるのだろうか、少し言い過ぎたと反省する。
「そうそう、君も聞いてこなかったじゃん」
私はそれもそうだったと少しだけ反省する。
「かなた、だよ」
「へー、で名字は?」
「名字なんていいよ、外国はファーストネームでは呼び合わないのに」
「極端だな、じゃあいいよ」
「なゆたって名前さ、なんか意味があるの?」
「うん、漢字で那由多、未知数とか無限とかそんな感じだよ」
「そうか、わたしは叶起、未知数みたいな意味みたい、そしてその向こう側みたいな"彼方"って意味も込められてるみたい、なんか似てるね」
「確かに、でも願わくば子供にそんな期待はやめて頂きたいもんだな」
冷たい風は日差しと重なり合い僕達に春を匂わせる。
とても心地よくて暫し無言の時間を共有した。寺に続く道の入り口にある鳥居を眺める、空の雲は形を変え始めていた。
「ねぇなゆた」
「何?」
「自殺しない?」
「 いいよ、自殺するか」
「一緒だから心中だね」
「そうだな、でも、まあ自殺にしよう、そのほうがどちらにも依存がない」
「どうやって死ぬの?」
「今すぐには決めれないさ、でも場所は決めたよ」
「へー早いね」
探るような目でかなたは僕を覗き込む。
「海にしよう」
「海!まじで?!行きたい!」
そう、親父さんと見た海だった。
「決定だな」
この時何かに解放されたような不思議な感覚を覚える、そして彼女との距離が一瞬で縮まった気がした。

空は動く、勝手に?いや、選んで動く?
風はまずどこから来るのか、縮まらない太陽と月の追っかけっこ、排気ガスを撒き散らす車、子をあやす親、地面を這うミミズ。
なんだ、そうだったのか、僕が消えても何も変わらない、また必ず太陽は昇るのだ。
青すぎる空、どうして空は青色なのだろう。それは多分、希望なんてないって青ざめてるからだとわかった。
全てを見渡せる空がそう言ってるのなら諦めがついた。
かなたを見ると空を眺め微笑んでいた、何かに解放されたような安堵の微笑みを浮かべていた、でも目の奥の奥には黒い絶望が見えた。
そうだ、どっかで見たことあるかなたの目、思い出した、鏡で見た自分の目そのものだった。     
四つのがらんどうの目は、遥か彼方、
未来永劫の那由多をじっと見つめていた。

それからというもの毎日死ぬ手段を模索した。
死ぬとは決めたが痛いのは嫌である。
かなたも同じことを言っていた。死を決めたときから全てどうでもよくなっていった。
的屋のバイトを途中で投げ出した日、
すぐしゅりから電話が鳴った。親の口座から幾らか引き出して用意していたお金をしゅりに手渡した。
残金も必ず返済すると誓い、適当に書いた計画書を手渡し、支払いを先送りしてもらった。
親父さんからも電話がなるが怒られなかった、今はもう店番をしているらしかった、『娘が迷惑かけたな、すまん』と言っていた、僕は何も言うことができなかった。
行方不明になった母親はすぐに保護されたが、すぐに家に戻るのは難しいと医者に言われた。僕は学校を休んで様子をうかがいに行った、まだ深い眠りから覚めていない早朝に母親のもとへ。
病室を覗くと半袖姿の母親が椅子に座り窓を開けて外を見ていた。身体にわけのわからない傷や怪我の跡がいくつもあった、僕は下唇を噛み締め震えながら母親の肩を軽く撫でる、酷く痩せていた。僕は何も言わずそのまま静かに病室を去った。
廊下で誰かに後ろから思いっきり体当たりされる、僕は衝撃で飛ばされ、床に倒れこんだ、後ろを見ると変わり果てた妹の香織が立っていた、髪は乱れ目の下には隅を作っていた。
『バカ!バカ!バカ!』香織はそのまま床に崩れる、僕は起こそうとするが香織は爪を立て僕を突き放す、それでも香織を抱きしめた、爪が食い込む僕の腕から血が滴る、次第に香織の力が緩み、僕の背中に腕を回してしがみついた。香織は言う、僕を探して母さんは毎日夜道を歩き周った、毎日お兄ちゃんのご飯も用意していた、外に出る元気が無くなってからはお兄ちゃんの部屋で寝ていた、私の顔なんてお母さんはちっとも見てくれなかったと。
僕は黙って聞いた、『もうどこにも行かないで』背の低い香織は僕のシャツをぎゅっと掴み下から覗く、キラキラと輝く香織の瞳を直視できなかった。
『ごめん』とだけ言ってその場を去る、香織は泣かずに僕の背中を見ていた、廊下の突き当たりを曲がった瞬間、香織は泣き叫んだ、僕は全速力で走って病院を出た。

毎日冷たい風が吹く学校も、それ以前の僕への風当たりが思い出せなくなり当たり前になっていた。だけどみんなといるのに一人ぼっちなのが滑稽に思えた。
時々思う事がある、いったい何時からこうなったんだろうと。でももう死ぬんだ、全てを受け入れたとき、なんだか気が楽になっていた。
螺旋階段を降りて食券機に向かう。
僕より先に五人程並んで順番を待っていたので列の最後に着く、先に並んでいた生徒は今さっきまで楽しそうに談話していたが、そのうちの一人が僕の存在に気付くと口を噤み、身体の向きを前方に向ける。それが伝染し辺りが静まり返る。窓の外の雨音だけが遠いテレビの砂嵐の音のように聞こえる。
どの生徒も恐れる厳しい先生であれば、その場にいるでだけで生徒を黙らせることは容易だろう、特に目立たない不良でもない僕なんかに警戒するこいつらが不憫でならない。
食券を買う順番がようやく僕にまわってきたかと思うと、ラーメンが寸前で売り切れてしまう。チッ、と舌打ちをして、カレーと天ぷらうどんの食券を買う。食堂に入ると大勢の生徒が賑やかに食事をしていた、さすがにここまでの人数を黙らせることはできなかった。そのような理由もあり、僕はここで昼食をとっている。
割烹着を着たおばちゃんに食券を差し出し、天ぷらうどんとカレーを受け取る。踵をかえし、食堂を見渡して一番奥のかなたのいる席へ向かう。