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morrowesprit

sijimanite



空が明るくなってきた。
暗闇と光の交代だ、部屋の電気はいつも点けていないのですぐにわかった。
自室の洋間の窓から外の様子を見る、
今まで気がつかなかったが、夜明けとはとても静かで冷たさを感じた。
吹奏楽の演奏の出だしのようにじわっと始まるこの感覚。目を閉じた。
また暗闇に支配された。
そう、今日は終わりではなく始まりなんだ。
一瞬逆の考えが頭を過ぎったがその言葉は次第に消えていった。『準備しなきゃな』そう思い携帯電話を充電器から外した。
今日も夜は明けるんだと思った。

海辺の風は少し冷たい。着いた頃には夕方だった。僕とかなたとは別に、相棒も連れて来たので余計な時間がかかった、相棒とはミリタリー用のゴムボートである。
全長二メートル、幅七十センチ、座る部分は木の板をはめ込むようになっている。オールはアルミ製、空気を膨らませるのに二時間程かかった。
彼女はまるで手伝う気もなく、景色を堪能しながらウォークマンを聴いていた。
ようやくボートが完成した時は達成感でいっぱいになった。さすがミリタリー用だけあってかなり丈夫なしっかりした造りだ、専門ショップで買っただけある。
勇ましく張った分厚いゴム製の船首部分を撫でる。倒れるように砂浜に尻餅をつき、海を眺めた。
呆れる程の夕焼けが歓迎してくれている。今までこんなに美しい夕日がどこかであっただろうか。
右を見るとかなたも同じ夕日を見ていた、どうしようもないくらい美しい夕暮れ。まるでこの世界の最後の夕日みたいに、赤く大きく全てを超越していた。
もう直ぐ夜の帳が落ちる。いや、命の帳が落ちる。
どこまでも続く砂浜は赤く、オレンジ色を受け止めていた。
「かなた出来たよ、君さ、一度も手伝ってくれなかったね、僕もう疲れたよ」
「もー、男でしょ?こんくらい何だよ、まだこれから漕ぐんだからしっかりしてよ」
漕ぐという言葉を溜め息と混ぜて吐く。
僕は防寒着を脱ぎ捨て、長袖シャツ一枚で砂浜に寝転んだ。汗でずぶ濡れの身体に砂が張り付く、波の音が耳をくすぐる。潮の香りが爽やかでたまらない。少し伸びをして空を眺めた。
かなたが『なぜ僕はいつも前髪で顔を隠してるのか』と聞いてきた。『僕は顔をあまり人に見られたくない、世の中に僕という存在を誰かに残したくない』と言った。かなたは少し驚いた顔をして『作戦失敗だね、私は見ちゃった』などと言った。

太陽が地平線に消えてゆく。
真上は最高の夜空だった、親父さんが言っていた事は本当だった。
星が僕達を見下ろしていた、横を見ると彼女も寝ころんでいる。気持ちよくてそのまま目を閉じた。閉じたはずなのに夜空は瞼の裏に尚も瞬いていた、
がむしゃらなまでに、これでもかと言わんばかりに僕を照らしていた。

どの位寝たのだろう、慌てて起き上がり、すぐ横を向くと彼女は先程と同じ場所にいた。
「起きた?」
「うん、身体中が筋肉痛だ、いてて」
「これ見て、ジャン!」
酎ハイだった、いつもなら呆れるが今日はまぁいいかと思う。
「いいね、乾杯しよう」
炭酸が喉に染みる、お酒はほとんど飲んだことないが、最後の祝杯となると妙に美味しく感じる。ふと閃き、鞄の中を探りロス人ノートを取り出す。
「なぁかなた、ここに記そう、二人でさ」
「あ、それまだあったんだ何だっけ?」
「僕達のロス人ノートだよ」
「僕達、まぁいいか、いいね、書こう書こう」
「これが最後になるんだ、だからさ、
二人で合作ってのはどう?」
「何それ!かっこいいじゃん」
「まず君が書く、そしてそれを参考にしながら僕が編集する。これでいい?」
「えー、なゆたが書いて私が編集したい」
「何でだよ、君に詩の才能があるのか?」
「酷いじゃん、何だよ、じゃあこうしよう」
かなたは僕にぴったり寄り添う、膝を少し寝かせて僕と彼女の膝の間にノートを挟んで開いた。
「合作でしょ、一緒に考えようよ」
「なるほど、それもそうだな」
「煙草って単語は絶対入れたいね、なゆたは?」
「まぁいろいろ書き出そう、それからだよ」
「うん」
彼女は笑う、これから全てを終わらせるのに。

「これでどうかな」
「いいんじゃない、じゃあ読んで、ここから後半は私が読む」
「よし、じゃあいくよ」


生きることを始めました
笑うことを始めました

それらは当たり前からの贈り物だと思っていました
思っていたのです

苦しみを知りました
怒りを知りました

それらは生きたいからの贈り物だと思っていました
思っていたのです

誰ですか 光を殺したのは
誰ですか もしかして僕ですか

返して下さい 贈り物を返して下さい
やっぱり返さないで下さい そんなもの


なゆたはゆっくりと読む、二人で作った最後のメッセージは私の心にゆっくりと入ってくる。
不意にあることに気が付いた、私達の関係って何なんだろうか。
恋人ではない、友達も少し違う、あとでこいつに聞いてみようと思う。
もう直ぐなゆたのパートが終わる、私の番だ。


思い出せますか 冷凍みかんの感動を
音を立てて崩れたあの日
聞こえたでしょう
震えたでしょう

空を海と混ぜちゃいました
斜めに切って隠せば元通り

少しだけ開いた隙間
お願い 覗かないで

瞳に映る煙草の種火
真っ赤なんです 真っ赤なの

明日から聞こえる声は
夕日に焼かれ 消えてゆく

歌いにいきます歌えるとこへ
このままがいいの 狂いたくないの


かなたは大きな声で読む、とても気持ちがこもっていた、途中言葉に詰まったが、僕は気が付かない振りをした。
不意に思いつく、かなたは世の中で一番価値があるものは何と答えるだろう。
「良かったよ、気持ちがこもってたよ」
「なゆたもだよ、これどうするの?」
「ここに置いていくよ。かなた、世の中で金で買えない価値あるものって何かな?」
「うーん、そうだね、それよりさ、私達ってどんな関係?」
「は?今こっちが質問してんだけど」
「まぁいいじゃん、ねぇ何?」
「ロス人だよ」
「あー、そう」
「始祖だぞ、誇りに思えよ」
「しそ?なんで葉っぱなの?」
僕は大きくため息を吐く、隣ではまだ『なんで?なんで?』とかなたが喚く、お酒は弱いみたいだ。
「なゆた、じゃあ同じじゃん、答えはロス人だよ」
つまりシンクロ、同じ境遇を完全に分かり合う事こそ価値ある事というのだろうか。僕の唇の端がつり上がる、彼女は素晴らしい感性だと関心する。
「なるほど、いい考えだね。僕も同じだよ、君が死ぬって言ったとき僕は迷ったかい?」
なゆたは迷わなかった、言うまでは正直不安だった、でもなゆたはきっと断らないと信じていた、信じて良かったと今さらながら思う。
私達はこのために出逢ったのだろうか、生まれた時からずっとここを目指してきたのだろうか。
「感謝してるよ」
僕は彼女に微笑みかける。
「なゆた、行こうか、私漕ぐよ」
「あぁ、行こう」
向かい合って座るボート、オールが小さな悲鳴を上げる。
僕達は今日旅立つ。
どの位進んだだろうか。
会話はなく、ゆっくりとひたすら彼女は漕ぎ続けた。
とても静かで心地よい揺れがほんの少し眠気を誘うが我慢する。
今ここにあるのは夜空と黒い海、そして旅立つ二人。
月も漁船もなく、周りに灯りがないからか、まるで異世界にいる気分だった。
陸がどの方角でどこから来たのか完全に見失った。目が次第に慣れてからは程よい星空の薄明かりで、数メートルまでは見渡せるようになった。
風が穏やかで波が低く、滑らかな水面は鏡のように星を水面に映し出した。
ほんの数秒間風がピタリと止み、地平線が消えて上か下かわからなくなる、
宇宙空間にでもいるかのような錯覚に襲われる。
だがまたゆっくりと風が吹き始め、水面の星がぼやけ、こっちが下だと知る。
かなたも同じ宇宙を見ただろうか。
何もかも全て消し去って、ずっと先までこのままでいてほしい。
などと変な気分にさせられた。そのくらい神秘的だった。

「あー疲れた、なゆた、かわってよ」
「あぁ、少し休もうか」
「うん」
優しい波が船底に当たる。風も少し冷たい。
かなたは地平線を見ていた、辺りは薄暗く、はっきりしないがそう見えた。

「ねぇなゆた、なんだか世界に私達しかいないみたいだね」
「そうだな」
「なゆた」
「ん?なに?」

「もしさ、もし、 もうすぐ全てが消えるとしたらさ、最後に何見たい?」

「この世の終わりってこと?」
「そう」
「そうだな、誰も見ることのできない明日かな」
「それってまだ生きたいって事?」
「違うさ、なぁかなた、永久って何だか知ってるか?」
とっさにケンゴの事を思い浮かべた。
もう二度と逢えない、たとえ生きてても結ばれない歯痒い運命。
「わかんないよ」
「僕が思うにはさ、叶わない事こそ永久なんだと思う」
『ほんとだ』とかなたは思う。
「なゆたは何か叶わない事があったの?」
「あるさ、まぁ今となればどうだっていいけどさ。さっき言ったやつ、夜明けを迎えられないって事だよ」


二人は今、永久のしじまにいる。


「なゆた、そろそろ死のうか」
「そんな暗い表現よそうよ、そうだな、出発にしよう」
「で、どんな方法にしたの?痛くない?」
「うん、まずこれをボートに突き刺す、注射器の針よりずっと太いニードルなんだ。ここを見てごらん?暗いから見えないか。まぁ返しがついてるから一旦刺すと抜けない、そして針から繋がってるこれは気圧調整弁、針を通って出る空気の量を調節出来る、これを三時間でボートの空気が全て抜けるように計算してダイヤルを合わせてある。で、僕らはボートと縄で身体を繋ぐ。最後にこれを飲む」
「何、それ?」
「睡眠薬さ、と言っても仮死状態になるくらい強力だけどね、人より何倍も体が大きい動物用なんだ、医療目的で動物園とかで餌に混ぜて使うみたいだよ」
「凄い、どうやって手に入れたの?!」
「ネットだよ、他にも爆弾なんかも手に入るぞ」
「やめてよ、そうか、じゃあ痛みなく行けるんだね」
「そうだよ、僕らが昏睡状態で意識がない頃、このボートと共に深い海底までGO!ってわけだ、いや別の世界か、
まるでこのボートはノアの箱舟だな、
選ばれた者のみ乗れる神秘の舟だ、かなた、もういつでもOKだよ」
「生きていたくても生きてゆけない、
悪夢だったらいいと何度も願った、でも現実、夢なんかじゃない」
まるで心の奥から絞り出したような今までとは違う声のトーンで彼女は話す。彼女は続けた。
「なんで私達こうなったの?なんで私達なの?」
「どうかな、まだこの世界には僕達
"ロス人"がいるかもしれない、同じ苦しみを耐えてるのかもしれない、何でこうなったか、うーんそうだな」
暫く考えた、この期に及んで何を言うんだろう。
旅立ちを決めた日、かなたから全てを聞いた、僕も全てを話した。
突然泣き出すかなたを暫く放っておいた、泣き止んだ彼女に『どうしたの?』と聞くと顔を上げこんな事を言った。
『この世界に、この時代に、此処に産まれなかったら、こんな終わりが待ってたんじゃなかったのかもしれない。
でもさ、そしたらなゆたに出会ってなかったかもしれない。だからさ、呪えないの、心底この世界を恨んで死にたい、だけどあの日、非常階段でなゆたに出会ってから二人なら何とかなる気がした、でも、もう無理だよ、ただ悲しい、それだけだよ』そう言ってまた下を向いた。
あっそうか、かなたの問いの答えが見つかった。
「息苦しいんだ、豊か過ぎて雑過ぎて明る過ぎて汚らしい。こんな世界に平然と生きてゆける奴らのほうが狂ってる、ここは僕達に適してないんだ、だから行くんだ、此処を捨ててその向こうへ」
「死んだら私達どこに行くの?」
「わかんないよ、そんなのどうだっていいさ」
沈黙が辺りを包む、また風が止んだ。
ここが最果てだと確信した。
僕はかなたに近づいて肩に手をそっと置いて顔を覗き込む。
「かなた、僕達は生きるんだ、わかるかい?ここから離れるだけだ。君は生きたくないんじゃない、そうだろ?」
俯いていたかなたは上目遣いで僕を見る。
「でもさ、そこが今より苦しいとこだったらどうするの?」
「怖いかい?」
「うん 不安だよ」
「かなた、でも一人じゃない」
彼女は真っ直ぐ僕を見て微笑んだ、正しくは微笑んで見えた。
僕は高く左手を挙げた、かなたは少し戸惑ってすぐに目を丸くし、手の平を僕の手の平に思いっきりタッチした。
暗闇のしじまに響くハイタッチ。
色のない褐色の景色、まるで僕達が神様でこれから世界を創造するような気分にさせられた。

「行こうよ、さよならしよう」
「だな、これ耳にはめて」
「なんて曲?」
「HIDEのGOODBYEさ。僕の大好きな歌なんだ、今にピッタリだよ」
「あぁ、いいかも、この感じ好き」

なゆたにもたれ掛かるように肩を寄せて睡眠薬を二人で飲み干した、何の味もしなかった。
睡眠薬の瓶を海に投げ捨て、二人で目を閉じた。

僕は細く頼りないかなたの右手をそっと包んだ。


「な、、ゆた、?」

「、、うん」

「何だか、そろそろ意識がやばいかも、、、なゆた、、向こうではさ、今度はなゆたが私を探してね」


「うん、そこを動くなよ、ずっとだぞ」




「嬉しい、恐くなんかない」






「恐くなんか ないさ」