裏門を飛び越え塀の側にしゃがみ込む。
まだ安心できない、すぐ目の前にある山の中の墓地へ急ぐ。
途中草むらに寝かせて隠しておいた自転車を起こす、焦ってしまい茅の葉で手の甲を切る。
六戸ほどの墓地の、奥の石の側でようやく安堵のため息とともに、腰を下ろした。
やった、完璧にやってのけた、犯人達の驚く表情が浮かぶ、だがすぐに自分は犯人に仕立て上げられているという現実が頭を満たす、だが、なかなかの傑作に満足だ、成功の祝いにコーラを開けた、空に向かって乾杯して煙草に火をつけた。
ふと足元を見ると数本煙草の吸い殻がある、あまり見たことのない銘柄だ。
しかし、犯人はあれを見てどう思うだろうか、恐らく直ぐにでもまたアートを披露するはずだ、自分のアートを人が真似するなんて納得いかないだろう。
「ざまあみろ」
小声で呟いた、しかし何だろう、この感覚は、子供の頃感じたこの感覚、うまく言い表せないが、なんだか懐かしい新鮮な血液が体中を駆け抜けている。
時刻は八時半、小高い墓地から下の様子をうかがう。校門までの長い坂を、
生徒が上るいつもの光景を眺める、人の群れが途切れる頃合いを見定め、タイミングよく上り坂へ合流するためだ。無事怪しまれることなく自然にいつもの感じで登校できた。
下駄箱に着いた時点で、生徒がお祭り状態なのがわかった、訳わからず泣く者、それを慰める女子の群れ、携帯電話で写真を撮る者、やたらと騒ぐ男共、全くの無関心なんてのもいた。にやける口を押さえ、僕は教室へ向かった。
程なくして、またも緊急全体集会の知らせの校内放送が流れる。
今回は前回より重苦しい内容だった、
警察に協力を要請せざるえない、との事だった、保護者からの要望でもあるそうだ。
そんな事よりも僕にはもっと重大な変化が訪れた、まるで僕が犯人であるかのように睨めつける奴らが、一年生や三年生にも飛び火していた、恐らく部活かなんかで広まったのだろう。
しかしよくもこう露骨に見れるものだ。意識しないまま『クソッ』と言葉が漏れた、講堂から教室までは下ばかり向いて歩く。今まで強気で頑張ってきたが、ここまでくると、とても寂しくて辛い。床ばかり見ていても視線は感じた。 ズボンのポケットの中で強く拳を握る、みんな消えればいいと心で願った。
犯人は僕の作品をどう感じたのだろう、この数日中で必ず犯人はアートを飾るはず。どう出てくるか楽しみだ。
アングリ作戦から三日目、予想は的中した。しかもかなりの大作だ、大胆にも僕のクラスの前の廊下で披露した。
偶然なのか、それともアングリ作戦は僕の仕業だとバレているのだろうか、
しかし随分賑やかだ、まだ誰も先生に通報していないのだろう。
木を削って作ったこけしのようなものに、顔らしきペイントがなされている。それぞれ表情が違っていて、それら三十センチ程のこけしが十五体ほど円陣を組み、その中心でくまのぬいぐるみ五体が、唐揚げ棒のように串刺しになっている。それらに今までのように赤ペンキやグリスがぶちまけられている。勿論、香水のような香りが辺りに広がっていた。
程なくして先生が大勢やってきて、僕らは四方に散らされた。
てっきり一時間目の授業は自習だろうと思っていたが、杉村はいつものようにチャイムが鳴るとともに、教室へ入ってくる。授業はやるようである。
なにか違和感を感じる、突然小テストを始める言い出し、静まり返った教室では鉛筆が走る音だけ響く。杉村は教室の中をぐるぐる歩き回る、やけに僕の側を行ったり来たりするし、僕の斜め後ろに立ち、じっと見られてる気配さえする、不意に僕の机の横へしゃがんで、僕に話しかけてきた。
「徹夜したのか?随分眠そうだな?」
何を言ってるのかわからない、何も答えないでいた。
「いつやった?今朝か?昨晩か?」
ここでようやく理解できた、今朝のアートの犯人だと疑っているのだ、確かに間違いなく僕の仕業だが。
僕の苦虫を噛んだような表情を察してか、先生は立ち上がり、またぐるぐる歩き始めた。小さく舌打ちをして、テストを裏返しそのまま目を瞑った。
そうだ、アングリ作戦でわかった事、
それは一人でも実行できるということだ。そう、女子でもアートを披露することは可能だということだ。
しかし、この六組前の廊下に作品を披露するなら、いったいどこに荷物を隠すのだろう、消火栓は近いが、せいぜいこけししか入らない。教室の掃除ロッカーはリスクがありすぎる、他が思い当たらない。
そうこう考えてる内にチャイムが鳴る。後ろから周ってきた答案用紙を前に送る、杉村と目を合わすのも忘れ、
すぐにトイレへ向かった。小便を済ませ、手洗い場のシンクに両手を着いた。
わからない。
トイレも隠せるような場所が見当たらない、女子便所は、また違う作りなのだろうか。行って確かめるわけにもいかず、思い悩み、鏡に写る自分を見る。酷く疲れた顔をした自分がそこにいた。そして鏡に写る背景を見て気がつく。天井に四角の扉、天井裏に続く扉があった。ここだ、間違いない。
しかし椅子でもないと手が届かない、
休憩時間に扉を開けて、誰かに見られると怪しすぎる、どうしようか迷う、
結局チャイムが鳴り、自分の席へ戻った。
教室には担任の先生が待っており、修学旅行の打ち合わせが始まった、まだ行けるとは限らないらしいが、形式的に行く予定で話を進めなければならないらしい。クラスメートも納得いかない顔をしながらも、それぞれ班に別れ、係や自由行動の話し合いを始める。
賑やかなムードの中、始めから行く気のない僕は皆と馴染めないでいた、どうも落ち着かない、今行くしかないのか。確認だけなら五分とかからない、
その間に先生や生徒がトイレに入ってきたらどうするか、でもこんなチャンスはない、先生はあっちの班で話し合いに夢中だ、こっそり教室を抜け出し、トイレへ向かう。
シンクに登り、天井裏を押し開けた、
ほこりが沢山落ちてきて真下にいたら悲惨な目にあっていた。トイレの掃除ロッカーから雑巾絞り器を取り出し、
扉の真下に置く、その上に逆さまにしたバケツを置いてその上に立つ。天井裏に顔の口元くらいまで入り込むことができた。そこはかび臭く、ほこりまみれだった。初めに見た方角は教科書などが投げ捨ててあった、左右も同じだ。そのまま後ろを振り向こうとするが足場が悪い、慎重に向きを変える。
灰色と黒の世界にぼんやりと何かが入ったビニール袋らしき物が見える、
だがそれは少し遠くにあり、手が届きそうで届かない。
さっき教室を出て何分経っただろうか、気持ちが焦る、思いっきり手を伸ばす、足が爪先立ちになる、腰の筋が伸びて今にもつりそうだ、それでも脇の下辺たりまで天井裏にのせて、ビニール袋を掴んだ。
その瞬間、大きな音と共に僕はトイレの床に叩きつけられた、身体をあちこち擦りむいたが、ビニール袋も一緒に引っ張り出した、そのビニール袋は真っ赤に染まっていた、見つけた時点では、暗くて真っ赤とまで気がつかなかった、中を開けると"OUT"と書かれた白い犬のぬいぐるみが入っていた。
「クソッ!」
犯人はここを調べるのを予測していたのか、まんまと罠にはまってしまった。
「クソッタレ!」
バケツと雑巾絞り器と一緒にそれを掃除ロッカーに投げ込む、扉を蹴り上げ、擦りむいた肘をさする、手のひらは真っ赤だ、これはまずいことなった、蛇口を捻り水で洗う、しかし落ちない。これはペンキだ!
「クソッ、クソッ、クソッ!!」
両手で皮膚がめくれるくらい擦るがちっとも取れない、廊下の流しに石鹸がある、それなら落ちるはずだ。肩でトイレのドアを勢いよく押し開けた、
しかしその先には担任の先生が待ち構えていた。
「遅いから心配したぞ、お腹でも痛いのか?」
「あ、はい、まぁ」
ゆっくり両手を後ろにまわす。
「その手、どうした?」
見られていた、言い訳が思いつかない。臓器が全部口から出そうになる。
「血じゃないようだな、なんでそんなに手が汚れる?何があった?」
「いや、そのいろいろと、、」
「赤色の絵の具、まさかお前、、」
頭の中で幾つも呪詛を並べた、犯人に猛烈な殺意が沸いてくる。どうするればいい、なにも言い訳が思いつかない、そのときだった。
「なゆ君こっちへいらっしゃい、水じゃ落ちないって言ってるじゃない、
美術室にあるオイルクリーナー使って落とすのよ」
後ろで声がした。美術の崎山先生だった、担任と何かを話している、やがて担任は僕をひと睨みして教室へ入っていった。
僕は崎山先生の後を追って美術室に入り、先生がようやく話し始めた。
「危なかったわね、たまたまこれ持って通りがかって良かったわ」
油絵の具のパレットと、なんだかよくわからないオブジェを台車で押していた。
「担任の先生には、私がさっきそこの段差で台車をひっくり返してしまって、あなたに片付けを手伝ってもらったと話しておいたの。ちゃんと後で口裏合わせといてね」
「あ、うん」
先生は赤く染まる僕の手を見つめる。
「先生、俺じゃないんだよ」
「そんなの知ってるわ、何か訳があってそうなったのね。なゆ君の絵を見たらわかるの、あんなことする人間じゃないってね。先生疑ってないから大丈夫」
優しい言葉で近づき、本心を吐き出させたいのか、それとも本当に僕の事を美術の授業で書いた数枚の絵だけで、
あんな事するはずないと判断できるのだろうか。
「ほら、手を綺麗にして紅茶でも飲んで授業に戻って、いい?」
僕は小さく頷き、紅茶を口にした。その間も静かに燃える炎は僕の中に灯っていた。
犯人を絶対に許しはしない、殺してやりたい。
爆発的な怒りの先にはこんなにも穏やかになれると知った。なんとなく僕の中に喪失感が残る、それが何かは特定できないが、以前と違う心の変化に気が付く、しかし適当な言葉が浮かばない。最後の一口の紅茶の甘い香りが口に広がった。なんとなく言葉が浮かぶ、それは虚無だった。
教室に戻ると皆の視線がやけに冷たい、ここのところいつもそうだ、クラスメートだけじゃない、学校中が僕を変人のような目で見てくる。みんな僕を疑ってる、もう誰も信じられなくなった、みんな敵に見える、みんな僕を影で罵ってる、僕なんか消えればいいと思ってるはずだ。