昨日なんてポカポカと陽気なお天気で、こんな日に家でじっとなんてしていられない、と少しお出かけ。
黄砂?花粉?なんだろ?
山の稜線がぼやけて、空も街も霞んで見える。
車も汚れが酷くて、帰ったら洗車だな!と考えながら高速を走らせた。
美味しいお寿司が食べたくて、人気のお店へ。
地元でも充分美味しいお寿司は食べられるが、所が変われば聞きなれない魚や、食べ方の違いなんかがあって、たまにこうして出かけては楽しんでいる。
回転レーンにお寿司はなく、お茶用のカップが流れていたのでそれを取り、粉茶を匙に2杯。
お醤油とガリを入れる小皿がなくて、レーンで回ってくるのかとしばらく待つも、目の前を通り過ぎるのは湯呑み茶碗のみ。
ま、いっか!と諦めていたら、隣の方が湯呑みの下にあるのが小皿だと教えてくれた。
湯呑み受けだと思い気づかなかった。
以前は回転寿司にはあまり好んで行かなかったが、あまり食べられないので最近は専ら回転寿司派。
充分美味しいし、何より手軽で良い。
今回は、鱈の白子と雌蟹をメインに、他に雲丹と海老と烏賊あたりを。
お?今日は調子が良いぞ?と牡蠣フライまで頼んでしまい、途中苦しくなって箸が止まる。
何でもほどほどが良い、解っているのに折角来たんだから、と食い意地が勝つ。
ささっと食べて、ぶらぶらショッピング、今日こそはスカートが欲しい、とウロウロしていて見つけたスカートを、ぱぱっと試着してさっさとお会計。
とっても気に入ったわけではないが、普段あまり履かないタイプのものだったので衝動買いみたいなもの。
人や物に執着がないので、気に要らなくなったら多分姪っ子行き。
その時自分が気持ち良ければ、それ以上のものはないと思っている。
要は、自分を愛する心。
これまですったもんだの人生を歩んで来て、人の事ばかりに気を病んで、自分を大切にして来なかった。
こうして静かに穏やかに過ごせている今、自分を愛さなくてどうする。
たまにこれまでを振り返り、あんな事やこんな事を思い出しながら、我ながら良く頑張って来たな、とふと思う時がある。
でもそれも全ては過去の出来事、そしてそれがあったから今がある、全ては今のための通過点、そう思いそれまでの苦しみを慰めている。
そして、願わくばまだもう少しこの穏やかな日々が続きますように、と神仏に、朝陽に、夕陽に、月に願う。
久しぶりにシフォンケーキを焼いて、聖護院はこちらではあまり手に入らないので普通にスーパーにある蕪で千枚漬けを仕込んだ。
柚子は、知人の家の庭にある木から取って来て、皮を薄く剥くと爽やかなフレッシュな香りがキッチンに立ち込め、もうそれだけで美味しいを保証されたようなものだ。
今日は、今からシフォンケーキをデコレーション。
こんな時間が何より愛おしい。
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ

