朝目が覚め、自分の認識が立ち上がる瞬間の心模様はいかがでしょうか。
私もいつも自らの心をセッティングしてから1日をスタートしています。
日本は、この2~3年で『鬱』が大爆発し、人間を一番虐める病気になるであろうと囁かれています。
明るく元気で社交的だった人でさえ、『鬱』になり人が嫌いになってしまう時代です。
また、経験や理論、情報知識も増え続け、どの情報をどう整理整頓すればいいのかも分からなくなっています。
GoogleのCEOであったエリック・シュミット氏も、人類の目覚めから2003年迄の情報を、人間はわずか1日で生み出していると話しています。
知っている世界が増えると、当然が増え、他との相対比較も激しくなり、結果として自分に厳しく他人にも厳しくなり、友達も減っていくのです。
孤独で寂しく、何をやっても完璧に満たされ続ける状態は維持できず、未来は予測も出来ないし、これまでの成功モデルも真似したくないし、そもそも過去の経験が役立たない時代になってしまいました。経験や知識なんかは、産業廃棄物だと言われているのです。
A.Iに狂ったような巨額の投資がなされる中、科学技術が発達すればするほど、危険で単純な仕事から、医者や弁護士のリーダーやアメリカの国防総省ペンタゴンの戦略策定を行うような高度な仕事迄、あらゆる仕事を奪っていくのもまたA.Iであり、新しい仕事や職業を生み出すことなしにしては、雇用問題の解決も難しくなっていきます。
所得も激減し、消費がなくなれば、マーケットは破壊され、資本主義の基本システムさえも壊れていくのです。
アベノミクスで政策を実行しましたが、単にお金だけを印刷し配ったところで、物商品が売れないことに加え、使ったとしても持続可能な成長ができる政策、消費中心の成長戦略にはなっていない暗中模索の現状なのです。
私たちは、どこに照準を合わせ、何をどう考えて生きればよいのでしょうか。
もはや、国や政策だけに身を委ねる危うい依存に満ちた生き方を卒業し、一人一人誰もが賢く考えなければ生き残ることが難しい時代なのです。
私たちは、何を知り、何をやり、何を希望するべきなのか?
人間とは何なのか?
生きるとは何なのか?
誰もがその問いに対して明確な答えを持たなければ生きることができない時代なのです。
自分がその問いに対する答えを持っていないことに絶望しなければならない時代なのです。
そして同時に、その答えが日本で生まれていることに希望を持たなければならない時代なのです。
人間そのもののポテンシャルを復興していく道こそ、私はA.Iを超え、人間にしか歩むことのできない真の教育の道だと思うのです。