おはようございます![]()
北海道から戻って、ささやかなお土産を持って、
浅草橋にいる妹宅へおじゃましました。
お宅に入ると真っ先に目に飛び込んで来たのが、
桃!!
なんと、これ、
うちの実家の母が、家庭菜園で育てたもの。
今年になって初めて実を結んだらしく、、
いや~こんな立派なもも、よく育てたな~と、
ひたすら娘は感動していました。。
そして、甥っ子のジンが、ベランダの鉢の中で、
こじんまりと育てているシソの葉!!
こちらもヒラヒラとそれなりに葉をつけており、
妹がパスタのアクセントに添えて出してくれました。
そして私が6日から北海道に行っている間に、
七夕というものがあり、幼稚園に通うジンは、
願いを短冊に書いてささのはに吊るしていました。
ジンは何て書いたんだろう?
3歳の子が、どんな願いを持っているんだろう?
とってもとっても気になりました。
そしてジンのお願いとは!
つばめさんになりたいらしいです。
理由は、、、
『だって、まだジンはお空を飛べないから。 』
だそう。
妹曰く、いずれ空を飛べるようになると思っている
らしいですが。
何はできる、何はできない。
境界線がない子どもの心は、発想も自由ですね。
これが、親の判断基準で、これがいい、これはダメと
どんどん仕切られて、狭くなって、可能性を潰して
いくことに気付かず、すべての子どもは天才なのに、
バカにしていくのは悲しいことです。
最近、富に思うのです。
あ~、親の嗜好や思考、判断基準がそのまんまだ~
って。子どもって、やっぱり母親に一番愛されたいから、
無意識で母親が願っていることまで、読み取って、
それにこたえて喜ばせようとする意識が常にあるのを
感じます。母親は、あたかもそれが、本人の自由意志
であるかのように、受け取るのですが、実は母親である
自分の判断基準の表れであることには、気付かない
んですね。
やっぱり、人間って面白い。
人の判断基準には敏感なのに、当の自分の判断基準
は観ていない。実は、自分の判断基準こそ、最も、
ゼロ化できない、故にゼロ化する必要がありますよね。
判断基準がゼロ化できている親に、子どもは育てられ
たいものです。
だって、無限の可能性咲かせて生きていたいから。



