私って人の話しを聞いているとき、
全然違うところに行ってることが多々あることを
今朝の仲間とのコミュニケーションで痛感!
一生懸命話してくれてるから、フンフン!って
聞いているんだけど、聞いてるとどこでどう
イメージがお散歩するのか、頭の片隅でまったく
別のストーリーが展開してるんですよねぇ。![]()
しかも色鮮やかで音楽までついてるような始末で。
あっいけないいけないっ、ついついまたお散歩に
行ってしまった。。。と気付いてまた相手の
話しに集中しようとすると、もう何を話してたかが
よく分からなくなってたりする。。。
なんでこんな思考パターンがくせになったんだろう
と過去の自分を振り返ると、現実がいやでいやで
我慢できない思春期があって、よくおじいちゃんや
おばあちゃんとけんかしていたのを思い出しました。
でも、子どもの自分が どうあがいでも変えられる
次元の問題でもなかったから、そんなときは
決まってそれが実現したことを目で見て確認できる
ように絵を描いていました。とってもリアルな絵。
そしてそれを見ながら、すでに自分はもうそれを
手に入れている妄想にふけっていたのです。
イメージすることは個人に与えられた自由だし、
それを形にしていくことは充実感がある。
しかもそれをイメージしたり、形にしたりする力は
他の誰でもなく自分自身の力に依存するもの。
だからこそ私は自分のイメージを深め、高め、拡げ、
自由自在にすることと、何があってもそれを形にして
いくという意志の力=人間力・人間関係力に
深い関心を持って生きてきたのだと思う。
私にとってイメージは生命の源。
イメージがあるからそれを現実にしようとする
創造力が生まれる。
だからこそ、根源にどんなイメージを持つのかが
大切。![]()
無限のイメージを生み出すイメージの溶鉱炉。
HITOTSU学が案内するイメージは最高最強。
広大無辺で終わりがない。
最高に感動できる心の状態を可能にする。
本人のトレーニング次第で。![]()