今さらですが…ええっとずっこけ、う~むと唸ってしまった瞬間。
次女さんがギリシャを公式訪問?し、大統領と会い、そのときに「天皇陛下からのお言葉です」と言って話し始めたのですが…。
大事そうに紙を取り出し。一体何をお話になるのかなと思いきや…。
メモを読みながら、「くれぐれもよろしく」と仰せでした。…!!!!
くれぐれもよろしく。は…これ…ここでこうして言っていいことなんやろか??仰々しくメモを開いて、「くれぐれもよろしく」とのことでした。って…自分にとっては違和感しかない。
くれぐれもよろしく。これは日本語だとよくある表現なんですが…それそのまま本人のメッセージそのもの、として読むべき言葉??
しかも、「くれぐれもよろしく」って…メモをじーーーっと読まないと言えないことなんやろか…それくらい暗記してほしい。切に願う。
この後、「ギリシャと日本との友好親善が深まることを願っております」とのセリフも続いたのですが…天皇陛下からのお言葉だから、一文字一句間違いがないようにきっちり紙に書いたものを。は、わかるんですが、それにしても…全体として短いんだけど、それでもこうして紙に書く必要はあるんやろか?紙に書いたものを読むにしても、最初の「くれぐれもよろしく」は顔を上げて相手の目を見て、言えばいいんじゃないかな?
このままだと、「くれぐれもよろしく」がそのままメッセージの一部としてとらえちゃってるふうに見えるし(次女さんは本気でそう思ってたのかもしれないけど…)、そこは読まずに言いたいところだし、こんな1文だけ…暗記じゃだめなの?ルール的に失礼なの??と思ってしまいました…。
う~ん、正解は何だったのか。…でも、少なくとも、次女さんが賢そうには見えない結果だったかな…。そのへんも含めて、お付きの方々がしっかりサポートしてあげればいいのに…って、こういうこと、数えきれないくらい起こってる、ってことは、あの宮家にはサポート体制のようなものは機能してないのかな、と思います。
そもそも、ブータン訪問時にぼっちゃんが羽織袴を着ていた時点で‥‥あかん、このお家には…何も教えてくれる人がいないか、いても追い出されてるか…終わってる。ってことを、多くの国民が思ったはずで。
その昔、京都の着物業界が、男性皇族にも羽織袴をお召しになってほしい、と訴えても、宮内庁は、「民間の礼装なので公式の場では難しい」と回答していたそうなのに…そのへんの知識、一般人でも知ってたりするけど…う~ん、次男の宮のお妃さまは、知らなかったんだろうな…そしてそうしたことを勉強もしてこなかったんだろうな…そしてこうした場では羽織袴はちょっと、過去にこういう例もありましたし、とかを進言できる人もいないんだろうなと。進言できるレベルの人はきっとかつては勤めてたんだろうけど気にくわなくて追い出したりした過去があったんじゃないかと…。
次女さんの「くれぐれもよろしく」にしても、そのへんのニュアンスとか扱い方とか…きっとご本人は何も気にしてないか、考えたことも自分で考察とかもしてなかったんだろうなと。そして教える人もいなかったんだろうな…。
そういう不安感とかあちゃ~な感じは…やっぱりないほうが日本の代表としては理想なわけで。ゆえに皇室に入る方、縁づく方はそれなりのお家柄のほうがいいか、しっかり学び吸収する意欲と姿勢と結果が伴う方がいいな~、と…思ってしまう次第です。
毎週水曜日と毎月第一土曜日はとなみイオンさんにて11~16時待機しています。
スピリチュアルカウンセリングは20分3000円、50分5000円(延長は10分1000円)です。
5月3日(土)と7日(水)はお休みいたしますのでご了承ください。
代りの土曜日待機日は17日です。
5月18日(日)は福井のエルパさんにてイベントに出店します。11~18時です。
全てのお問い合わせは natsue58@htomail.com までお願いいたします。
さて…お客さまから、嬉しいお話を聞きました。
その方はマラソンをしており、トレイルランへの挑戦も考えています。しかし何度も同じ個所をケガしてしまい…激痛で、走るどころじゃなくなったり…結果を出したいけど、次のレースこそ、と思ってもケガでうまくいかないことが続き。
それでも必死にできることをし、じっと我慢して回復を待ち、悪化させないために、再発を防ぐためにどんなトレーニングが必要かなど徹底的に頑張って。
そんな中…先日のハーフマラソンで、不思議な経験をしたそうです。
もう二度とあんな辛い思いはしたくない、あの激痛、走れなくなる恐怖と絶望は味わいたくないと、その方は「体の声を聴く」を意識し始めました。そしてセッションでは、その方の体から出ているオーラの声として、「もっと休みたい」というメッセージが伝わってくることがありました。
早く回復してくれないと、レースに間に合わない。今年のこれに出るためには、ここでこうしておかないと…という計画がどんどん後ろ倒しになってその方は不安がたくさんだったのですが、何とか…踏ん張ってハーフマラソンを迎え。
そのレースでは…その方は、体の声と、あたまの声が別だ、ということがはっきりわかったそうです。
頭の声は、不安とかをしゃべってきます。ここで休みとっちゃいけないとか、エイドでそんなしっかり休んじゃいけないよとか、もっと早いペースでいかないと間に合わないよとか追いてかれちゃうよとか。このままじゃいいタイム出ないよ、とか、不安を煽って来る感じ。
でもからだの声は…「ここでしっかり休みたい」とか、「ゆっくり行きたい」だったりしたそうです。
そしてその方は…からだの声、を優先したそうです。
エイドとかでしっかり休んで…これまではそんなにがっつり休んだりはしてなかったそうですが、体の声に従った。ほんとにこれで大丈夫なのかな、こんな休んでて大丈夫なのかな…と思ったけど、体の声を聴き続けたそうです。
そしたらその結果…なんと、で自己ベストが出たというのです!!
こんなに休んで大丈夫?と「あたま」では思ったかもですが…ちゃんと、体の声を聴いたら…それまで出せなかった自己ベストが出た。結果もついてきた。
これは、「あたま(エゴの声だったりします)」の声じゃなく、体の声、を優先できた素晴らしい例だと思いました。
その方は、長く走り続けたい、結果も欲しいけど、でもずっと楽しく走り続けることを求めていて、そしてもうあのつらいケガ、同じケガは二度と嫌だ、と思っていました。
そしたら…ちゃんと体の声は、それにつながるようなメッセージを伝えてくれる。
体の声をきく、は、言い換えると、「おなかの声を聴く」と同じな気がします。
私たちはついつい、「あたま」の声ばかりを聞こうとしてしまう。こうしたほうがいい、こうすべきじゃない、これをすると周りから変に思われるよ、こうしなきゃ正しくないよ…etc.
「あたまの声」の特徴は、「~しないとダメだよ」みたいに、不安とか心配を煽る形でしゃべる、ということ。
周りからどう思われるか、世間から、相手からどう思われるか、の視点からしゃべってくる。そして正しいとか正しくないとか、いいとか悪いとか、そうした視点でしゃべってくる。
それに対しておなかの声は、自分の本音とか、こうしたい、これは嫌、という純粋な気持ちがメイン。
そして、「あたまの声」ほどよくしゃべる。と思います。
おなかの声、は、ペラペラはあんまりしゃべらない。言葉がシンプル。
あたまの声は、いろいろ付け足してあーだこーだとやたらと説明してくる。でもおなかの声は、説明とかより、シンプルにずどんとストレートな感じ。
この方はおっしゃいました。自分は体の声とあたまの声を、バラバラにするのが得意だと気づいた、と。
これも…素晴らしい気づきだと感動しました。そう、私たちって…あたまの声と、おなかの声(からだの声)と、2種類ある、ってことにそもそも気づいてない人もこの世では多い。
なんならあたまの声、がほんとの声だと思い込んたり、それしかない、と思ってたりする。でも…ちゃんと自分自身の内側から出ている声、があるんです。そしておなかから伝わってくる声は、自分の後ろの方々が言ってくれていることと同じなんです。
なので、別に霊能力とかなくても、誰でも…見えざる存在とのコンタクトってとれるんです。誰でもできる。あたまの声じゃない別の声、おなか、からだの声に耳を澄ますようにすれば…それが感じ取れるようになるんです。
そのためには、静かな時間を作る。ってことは大事だと思います。
なんで瞑想瞑想世の中で言われてるのか?それは、静かな時間を作るためだと思うのです。静けさ、がないと…なかなかいろんなことが難しい。
その方は、「初めてからだの声を聴けた」とおっしゃっていました。そして自分は昔から、あたまの声ばかりで、からだの声がきけてなかったと。
さらに…その方がおっしゃったのは、自分は、「今、ここ」にいるのが苦手だったと。だから体の声を聞けなかった。あたまとからだをバラバラにするのが得意だった。その理由は・・・母親の存在でしたと。
その方はいわゆる…毒親、と言っていいようなお母さまを持ってらして、小さい頃から、「今ここにいたくなくて」、お母さんからの言葉や態度がとにかくつらくて…それで、別のことを考える癖がついた。と自分でわかったそうです。
常に、別のことを考えたり妄想をしていたそうで…自分のことに集中するとか、自分のからだの声を聴くとか、今の自分に集中してとか…それが難しかったのだと思います。
もしかして、あたまの声ばかりになりやすいとか、自分のおなかの声が、からだの声が分かりづらい人は、小さい時に、今ここにな~んも考えずにここに存在しててオッケー、というあったかい感覚とか、包まれてる安心感とかが少なくて、それで体の声に集中するのが難しい面がある、そんな人もいるのかもしれません。
今、じぶんはここにいて、からだが何を言ってるか、おなかが何を言ってるか…それに気づいてあげる。それは自分への愛、優しさだと思います。
また、いろいろお客さまとのセッションで気づかされたこと、スピリットたちからヒントとしてもらったこととして、いろいろ不安感が強くなりやすい人は、「おなか」に集中することが苦手、ということ。
どうやったらすぐ不安に、ネガティブになる自分を変えられるんだろう。それは何か自分の努力で、というよりは、「あたま」優位で努力しててもなかなか変わりづらいので、からだに集中する。もっと言えば、「おなか」に注目することが助けになる気がします。おなかの声を聞いてみる。
そのために瞑想だったり、呼吸法だったりを取り入れると、「あたま」に集中したエネルギーが分散して、おなかのほうにもエネルギーがいって、いい結果になりやすい気がします。
すぐネガティブになっちゃう。って人は…「あたま」のエネルギー優位、つまり本当の自分自身の声、気持ち、が置いてけぼりになってるケースが多いみたいなので、おなかに意識を向けるってことはしてみてもいいんじゃないかなと。
おなかに意識を向ける…まずは、あたまの声と、おなかの声と、2つあるんだよってことを知って、あたまはこう言ってるけど、おなかのほうはどうかな?ってことを気にしてあげる。
時間がかかる人もいると思います。今までほったらかしで、無視してきて、おなかのあたりの声が弱かったり、聞き取りにくい感じになっている人もいるかもしれません。でも、回数を重ねれば大丈夫。ちゃんとからだ、おなかは答えてくれるようになってきます。
そして…これもスピリットから教えてもらったのですが、おなか、は、他の人のネガティブが住みつかない場所だそうです。つまり、他人のネガティブエネルギーとか思考、意識は、「あたま」にすぐくっつく。でも、「おなか」は無事なんだそうです。おなかのところは、ちゃんと守られてる。誰にも侵されずに大丈夫な場所。だから、その守られた部分に注目してあげると…ちゃあんと自分の本当の部分が存在してるし、そこは見えざる方々からのメッセージも受け取れる部分であり。
そう思うと…日本人て丹田の意識が昔からできている文化、風習があって、そして着物を着たり武道とか茶道とか…あたま、よりもおなかのあたりに着目し大事にする意識はご先祖さまから連綿と繋がってきてるんじゃないかと。日本人は精神面で強さとかを代々持ってる民族なんじゃないかな。
あと個人的に、正座をしたほうがおなかの意識ってつきやすいような…西洋人はわかんないのですが(彼らには彼らの伝統や伝わってきてるものがあるはず)、日本人が椅子に座ると、お腹のあたりは相当意識しないとくっと引き締まらない感じ?これも個人差があるのかな。
実は今着物を着ながらこれを打っているのですが、着物はやっぱりいいですね。あたまよりもおなかに意識が向きやすい。
おなかの声なんてわかんない、という人も…セッション中、ちょっとサポートして質問してみたら、すうっと出て、ご本人さんがびっくりしたこともありました。
自分で、「できない、わからない、無理」と思ってたとしても…案外、できてることってある気がするし、実はできる。のにできないと思い込んでいる。ってこともあるんじゃないかと。
自分へのいろんな可能性って…無理とかレッテルを貼らずに、保留しといてもいい気がします。・・・これ、自分自身への戒めでもありますね(^^;
それでは皆さま、今日も明日も素敵な一日をお過ごしください![]()




