何のおかずを作るか考えるのがめんどくさいときによく作る、米粉のおやき弁当。
溶いた米粉にお好みの野菜を入れて(私は白ごまもプラスします)焼いて、最後に醤油をまわしかけるだけ。醤油だけの味付けで十分美味しいのです。
あとは蒸し野菜にまだ残ってた金時豆(味付けなし)、米粉のひじきパスタ。見た目に動きを付けたいときは水菜をよく使います。土の味さんで扱ってる水菜は、生で食べられる水菜です!通常、スーパーで売られてるものは硝酸態窒素が8000とか9000とかなので、食べられるレベルではありません。ちなみにEUの基準値は3000です。これを越えたら、生では食べられない。・・・その何倍もの数値のものが、平気で流通するのが日本の現状です。
自然食品店の水菜なら大丈夫か?・・・いえいえ、実はそこの水菜も・・・ はっきりとは書きませんが、すごいことになってます。これはすでに実験済み、証明済みです。
農薬だけに注目してれば大丈夫、ではなく、そこしか見てないと、数値だけでなく、ほんとに美味しい、体がそう感じる、ってものから遠ざかってることがあります。
私が硝酸態窒素に注目してるのは、それがもう、絶対的な「味」にこれでもかと表れてるから。味が違いすぎるんです。
頭だけではなく、感覚的にもう違いすぎるから。なので、そっちの、自分の感覚が「こっちだ」って指し示す方を選んでいたら・・・こうなっていました。今は、自然食品店で野菜を買うこともめったになくなりました。
さて、私がずーーーっと馴染めなくて、意味がわからん・・・と思ってるもののひとつに、いわゆる「ランチ会」があります。
・・・そう、女性が集まるとすぐその方向性になぜかいく、「お茶しよう
」「ランチしよ
」の世界です。
ちょっと知り合いになったりすると、なぜかすぐランチに行く。
ちょっと仲良くなってくると、カフェとかでお茶やランチに誘われる。
そもそも女子同士集まると、なぜか・・・どこかのお店でお茶したり、ランチするのが必須?みたいな流れになってしまう。
私もかつては、それが普通だと思っていたし、それを楽しんでもいました。
いろんな美味しいお店を食べ歩いたり、発見したり。その情報交換をしあったり、そして、女性同士一緒にそうしたお店を開拓したり出かけることが、生活の充実のひとつ、みたいに思ってました。
しかし、自分自身の食生活が変わり、ヴィーガンな食生活を実践しようとすると、・・・食べに出かけられるお店なんて、ほとんどないことに気づきました。
そして同時に、「一緒に食べる」「食べに出かける」ってことについて、これまでにないくらい、考えを巡らせるようになりました。
いろんなことがあり、振り返ったり分析したり。エネルギーの流れを感じたり。・・・そして何より、ほんとうの、自分自身が何を求めているか、に立ち返ったとき。
・・・私は、いわゆるランチ会やお茶会なんてものは、求めてない、ってことに気づきました。
一緒にランチに出かける、って、ほんとに楽しいことなのか?
・・・そもそも私の場合は、食べに行きたいお店が相手とずれている。砂糖を使わないお店なんてほとんどない。自分の大好きで、充実している世界を捻じ曲げてまで・・・相手の好みに合わせようとも、思わないし、食べに行きたいお店じゃないのに、行く必要はない。
別段行きたくもないお店のために、お金を使うってことが・・・それも、私にとっては意味がわからないことでもある。低収入の生活になったから尚更。食べたくないもののために、なぜ1000円とか2000円とか、使うのか。私は、使いたくない。
じゃあ、行ってみたいマクロビの、まだ行ったことないお店、とかだったら??
・・・それも、私は一人で行くと思う。相手と食べたあとの感想も違うかもしれないし。相手が美味しいと思ってるのに自分が違ってたら・・・気まずいだろうと思う。その逆もしかり。一人で行くほうがいろんな気遣いから解放されて気楽だ。お店の人との会話も、自由にできる。
そして、これを書くと反感がすごいかもしれないが、何かの集まり的なランチに行ったとして、その時に出てくる会話って・・・自分にとっては、不要な会話、なことがほとんどだったりする。
どうしても女性が集まると、人の噂話だったり、誰かや身内の悪口、不平不満だったり、もしくは誰か自分のことをしゃべりたい人がいて、その人の話をきいてあげる、みたいな流れになったり。・・・別にそんな話を自分は求めてなかったりする。
聞きたくない会話のために、お金と時間を使う。・・・これまた、私にとっては意味不明なことである。
私が何となく感じてることだが、ランチ会だったりスイーツを食べるお茶会な時って、女性は、意識がどんどん下がっていく、ってことがありがちだと思う。
そもそも、エネルギーレベル的に別段高くもないものを食べるのであるから、下がることはあっても、上がることはないかもしれない。
えー、でも、美味しいもの食べると嬉しくなるしー!!って意見もあるかもしれないが、はっきり言ってそれって、表面的な、浅はかな部分の、「感覚」だ。上の方の、上っ面的な・・・感覚の刺激、に過ぎない。
それが好き、って人はそこの刺激を追い求め続ける日々でもいいと思うが、私自身は、もっと深い部分、への刺激だったり、気づきを求める生活を選択したい。表面的な部分の刺激はいらない。そこで嬉しがる自分もいらない。
外食には、ほんとうに深い部分に刺さってくるような、そんなお店が存在しない、と言っているのではない。
そういうお店は確かに少ない。・・・が、そこで何か、深い部分へのインスピレーションを受けるとして、別に、そこに「誰か」は必要ないと思う。
誰かに見守られないとだめなわけでも、淋しいわけでもなんでもない。
むしろ、特に複数の女性が集まると・・・しゃべりたい、あれもこれも聞いて欲しい、私の話きいて、私も、私も・・・!!的な、「我」が強烈に漂い出して、ほんとに息苦しくなることがある。
そして、私は、誰かの噂話を聞くのもするのも好きなタイプではない。それって結局、全員で念を飛ばしてることに、その念を増幅させることにもなりかねない。
私にも、少ないものの友達的な存在はいるが・・・彼女たちと、ランチに行きたい、とかは思わない。
お互い忙しいのもあるし、時間がもしあったとしても・・・でもやっぱり、お互い、したいことはいろいろ出てくると思う。何か話がしたいなら、ランチやお茶じゃなくていいと思っている。メールだったり、直接の電話で事足りる。そこに、食べ物や飲み物を存在させる必要性は全く感じない。
・・・そう、私は、何か話をするときに、そこに「食べ物」や「お茶」を存在させたほうがいいだろう、という考え方に納得していない。
何かおいしいもの食べてるほうが、心がリラックスして話しやすい?・・・ほんとにそうだろうか??私はそこに、とてつもない違和感を感じる。
もし必要なら、飲み物くらいでいい気がする。なぜそこに、ランチを食べることやおしゃれカフェに出かけることが必要なのか。
どうしても直接話したくて、中立的な場所が必要で、それでカフェなんかに行くのはわかる。
が、生活の楽しみとしてのランチやお茶、ってものには・・・私はもう、価値を見出してないのだと思う。
何かを相談したいときも、私は、お金を払って、師匠や仲間に相談する。ランチなんかで話をきいてもらって・・・みたいな発想はない。
そして、しゃべりたいことがたまってるから、誰かに聞いて欲しい、誰かとしゃべりたい・・・!!って思いも、全然ない。
これは、ブログをやってることが大きいと思う。
ブログを書いてるから、自分の中で、誰かとおしゃべりしたい欲求、ってのが全然ない。ブログで自分の思いを書く、ってことが十分できているから。それで私は十分満足しているから。
女性特有のランチ会、お茶会を断捨離して、自分の生活から取っ払ったら・・・
ほんっとーーーに、楽です。
でもこれはあくまで私の感覚です。
余計な念やエネルギーを受けることもなく。そうした意味でも楽ですね・・・。
まあそもそも、私の食生活が周囲からしたら変人すぎて、誘われなくってる、ってのが事実に近いかもしれません![]()
でも、それこそこちらの望み通りというか、全然誘われないから、断る手間もないのでほんとに楽チンであり![]()
昔は、自分にあまりお誘いがないと寂しがってた時期もありましたが・・・う~ん、今となっては懐かしい![]()
今は、こういうお店があるよ、と聞いても、誰かを誘うことは全くなく、一人で行動しているし、それが自分にとっては一番自然体でいられる。
誰かから何かを誘われると、嬉しくなる、って気持ちはあるだろうし、自分が求められてる、好かれてる、って思えるのは、嬉しいものだと思う。
が、私にとっては、そうした表面的な部分のあれこれはもうどうでもいいというか・・・もっと本質的なものを感じて、求めて、生きていきたい。
ほんとにただシンプルに言えば・・・自分が自然体でいられる場に、いたい。ただそれだけ。
6月のスターリーカフェは4日(月)です。ワクナミトネリコさんにてベジランチ(2000円)を予約制にて提供しています。
遠隔リーディング、随時受付しております。ご相談内容1件につき4000円です。
次回の東京イベントは9月2日(日)に出店です。
自分でエネルギーのセルフケア、プロテクトができるようになる「エッグ式講座」、今月中のお申込みであれば15000円にて受付しております。6月からは18000円になります。
全てのお問い合わせは natsue58@hotmail.com までお願いいたします。
それでは皆様、 明日も素敵な一日をお過ごしください![]()
