ちょっとダメな夜ってのは、唐突にくる。



うっかり泣けるバラード聞いちゃって、彼氏からの連絡もないとか
思春期みたいに感傷的なことをだらだら考えてるうちに
うっかり自分の中で盛り上がっちゃって寝苦しくなるとか
朝になればバカみたいで意味不明で、
一体ありゃ何だったんだと首をかしげるような夜。

若い頃だったらこんな夜は、とりあえず車乗って
誰か友達つかまえて、明日の仕事なんて考えずに
とりあえず気がまぎれるまで騒いだり喋って
疲れて眠れば良かったんだけど。



明日は仕事があるとか
彼氏から連絡が来るかもとか
お金無駄遣いできないとか
夜に食べるとますます体膨らむとか



何重にもブレーキをかけて、悶々とする29歳になってしまったなぁ。


家族も恋愛も仕事も友情もお金も

すぐに、かけた労力と神経と真心に見合うだけの結果が
必ずしも返ってくるわけじゃない。
それはすごく時間をかけて少しずつ返ってきたり
時々返ってこなかったりして
自分が全てにおいて見返りを求めているってことを
思い知らされてますます悶々とする。

そんな時に昔の恋人を思い出して
今頃何してるかなぁなんて勝手に考えてみる自分は
どこまでも食い意地のはった、卑しいやつだなと思ったり。

ほかの人に、そんな日は無いのかな。

職場なんかに行けばみんなあまりにも真っ当で常識的だから、
こんなことを考えて自分を甘やかしているのは自分だけなのかと思って
時々気が滅入る。
自分は、他人からどう見えているんだろう。
ちゃんと、「普通の人」でいられてるんだろうか。


キャラメルソース作りたい。

砂糖とほんの少しのお水を小鍋でふつふつと熱して
きつね色が焦げ茶色になった瞬間に、別鍋で温めておいた生クリームを入れて
バターをたっぷりと、塩を一つまみ溶かし込んで。

シフォンケーキに混ぜてもかけても、
トーストに阿呆ほど塗りたくっても良いけど。

今夜だったらスプーンでひと匙だけすくって
口の中で溶かしてから眠りたい。
一ヶ月前にダディが定年退職して自宅にいる生活になりました。
そうしたらね。
両親のストレスがやばいwwwww

いやぁ、あるあるとは聞いてたし、
うちの両親もやばいかもなと思ってたけど
外に出ない、家事も手伝いたくない、完璧に世話を焼かれたいという
深窓の姫君のようなマイダディと、
自宅で旅館業をしており常にオーバーワーク気味、
家事にまでばっちり手が回るとは言い難く、
おまけに片づけられないうちの家系であるマミー。。。

まぁ予期してましたよこんなのwww

そして今年から担当業務が増えてヘロヘロなうえに
やっぱり家事にマメとは言えないこの私。。。


見えてる穴に落ちる 予 定 調 和 。


これはヤバいなと思い、今まで交流のなかった父親と
たまには遊んでみようと思いまして。
父を遠くの映画館に連れ出しました。

両親それぞれに、お互いと離れる時間を作ってあげる必要があると思って。
30手前の実家パラサイターは、重い腰をあげてみました。
間が持つかなとか、お互い気を使ってしんどいかと思いましたが
そこはまぁまぁ大人が二匹、それなり楽しく遊んできました。

一日中、茶の間の籐椅子に座って三国志だの時代劇を見ながら
何か頼まれごとをすれば怒って見せて、
やれアソコが散らかってるのご飯がまずいの
イライラしてるのをアピールするみたいに。。。
お酒を飲めば意地悪になって、
お母さんだけに八つ当たりをする。


でも、多分お父さんも辛いんだろうな。
あんな状態、本人だって苦しいだろうに意地張ってるから
何をどう変えたら良いのかもわからないんだ。きっと。


そして、二人のギシギシした空気から逃げるみたいに
さっさと部屋に引っ込んでしまう私も悪いんだ。

二人の間に入ってクッションになりつつ、
できる範囲でそれぞれのストレスも発散させて、
なおかつ3人でも楽しい空気を作る。

私が逃げ出したら、多分すごくまずい。

だから頑張らなきゃいけないし
頑張ろうとは思う。



でもちょっとだけ、貧乏くじをつかんでる気分w
あけましておめでとうございます。

「新年、あけましておめでとうございます。」って言葉はおかしいんだってね。
最近テレビで見て初めて知りました。
分からないで使ってる言葉って、他にもたくさんあるんだろうな。


さて。

去年のクリスマス、全然ブログを書いていませんでしたが
何気に彼氏からペアリングをもらっていました。
休み明けに職場にこっそりつけていくと、
気づいた同僚が詰め所の真ん中で私の左腕をつかみ上げ

「このリングはなんじゃあああああ!!!www」

その後は、その場にいた同僚のみならず
話を聞いたらしい同僚たちからも「あれ?あれれれ~?w」だの
何だのと冷やかされながら年末年始を迎えました。

アレだ。
女の子と付き合ってるときは大っぴらに
「恋人とこうでした」「ああでした」という話ができなかったこともあり、

「28にしてようやく恋人ができ、嬉しくてたまらない女」と
みんなから見守られていたらしい、という事実を突きつけられていますw

や、まぁ喪女としてかなり上物なのは認めるけれどもww


ちなみにこのクリスマス、私が送ったのは欲しがっていたPCゲーム
あと、全く持っていないようだからマフラー、
それと温かい下着と靴下。
色気がないね。
でも、実用品が一番かなあって。
男の人へのプレゼントって何あげて良いか分からないし
こういう時に男友達もいないのは結構困るな。
まぁ喜んでくれたので、今回は一安心。


今日は母親と初詣に行ってきたんですがね。
今年もおみくじは大吉でした。
地味に嬉しい。うひひ。


今年は同棲開始に向けて、より具体的な準備と色々な詰めをしていきます。
仕事も、たつ鳥跡を濁さずってことで、より良い仕事ができるように。

特にアレだなぁ、私も仕事ぶり格好良いってほどデキる先輩じゃないけど、
今年は「後輩を育てる」。
なんかおこがましいというか、上から目線な気がして今まで出来なかったけど
見ていて明らかに成長の余地がある相手に対して、
伝えるべきは伝えて、ちゃんと考えながら関わるってことは
本当の意味で責任を持つことなんじゃなかろうか。と。
地元を離れる前に、やるべきことはやっておかなきゃ。


うし。
とりあえず今日は、黒豆を何かお菓子にリメイクするレシピを探そうっと。
来年の4月から、地元を出て彼と同棲したいと考えている。
なので。

①あんたは2番目なんだから近くにいてほしい。出ていくなら絶縁。
②あんたが親元を離れてちゃんとやっていけるか怪しい。いい加減だから。
③今の仕事を続けていれば退職金も大きいし、勤め上げるべき。

…等、色々言ってくれている母親、や、両親か。
両親を説得すべく考えをまとめなくてはいけない。
11月のうちに出来れば彼にも来てもらって、
もう一度話し合いを考えているから。

なのでコレは、私の思考整理用メモ。

まず私が家を出て千葉に行くことを考えている理由。

①現在の私と彼の仕事を比べた場合、彼の仕事のほうが条件が良く、
 彼も今の仕事が向いていると思われる。
②私は今まで地元を離れたことがなく、生活に必要な経験値が低い。
 これから年齢を重ねていくにあたり、自立経験が必要。
③私自身は今の仕事にこだわりはなく、福祉以外の職域でも良い。
④今の彼氏と結婚を考えているが、現在の遠距離を継続していては
 現実的な進展も見込めない。勿論現在別れるつもりもない。

…こんなところか、今は。
うーん…まだ出ていく理由としては弱いのかな。

さて、両親の懸念について考えよう。

①相手の彼はまだ契約社員であり、生活力が高くない。
 私が仕事をやめて転がり込んでも、ろくな結果にならない。
②自分たちも還暦目前なので、娘が近くにいれば少しは頼りになる。
③千葉に行ったところで再就職が確実にできるのか。
④相手は信用して良いのか。
⑤確実に結婚するとは限らない。千葉で別れたら最悪。

…まだあるかな。
これは冷静に話せる状況で、さらに聞き取りをしてみるべきか。


次に、彼氏が話してくれた考えをまとめてみる。

①彼自身は一緒に暮らしたいが、まだ正社員ではないので
 私に「ついてこい」と強く言える状況や立場ではない。
 私が千葉に行くことを望むならサポートする。
②私の両親との関係も悪くはしたくない、絶縁云々は避けたい。
③彼が単身赴任のような形で、私を福島に残すのもアリ。
④結婚できた場合、生活基盤が安定させてから私の両親を
 自分たちの近くに呼んで見ていくことも可能ではないか。
⑤一緒に暮らすには、私自身の精神的な成長も必要。
⑥悩んでもしょうがないことは今悩むな。


…こんなところだな。

今の私の気持ち。

①30前に挑戦しないと今の彼氏との結婚を見据えた
 試行錯誤(同棲、共同生活)は正直難しいだろう。
 駄目だったら帰ってくれば良いし、いずれにせよ早いほうが良い。
②母の体が弱いし、父も定年になるので申し訳ないとは思う。
 自分たちが安定すれば、両親の老後のサポートは自分がしたい。
③絶縁云々は避けたい。



私が親なら安心する条件。

①千葉に行く前に向こうでの就職を決める。
 (彼の来年度の配属先が不透明なので、行ってから探そうかと考え中だった。)
②彼が今年度中に正社員に決まる。
③同棲期間を1年と決め、駄目だと思えば即帰ってくる約束をする。



…この辺でどうかしら。
彼に相談してみるか。

二ヶ月も前のことになるけれど、
今年の六月に姉がグアムにて挙式をし、私も参列しました。

数年前から同棲していたお相手のJさん…
もう「義兄さん」と呼ばなきゃならんのだけど、
そのご家族とうちのごく身近な親族と、
10人ちょいのこぢんまりした人数で
旅行をかねてのグアム結婚式と相成りました。

6月のグアムは生憎の雨季。
式の当日も曇天だったけれど、
教会から見た明るい色の海と真っ白な砂浜、
終始ずっと子供みたいな笑顔を見せていた姉の姿に、
柄にもなくちょっとウルウルきたりしてw

「お姉ちゃんがお嫁に行っちゃう。」
「寂しい。」
「でも、あんなに幸せそう。」

「じゃあ、これで良かったんだね。」
あら
感想はそんなもんで。
競争相手のいなかった私は真っ白なプルメリアのブーケをもらい。
ホテルに帰って、何だか少し胸が重いような、
感慨深いような気持ちでそれを眺めてぼんやりしてました。


ま、式の日以外は
免税店をブラブラしたり
アメリカンサイズなシナモンロールを2日間かけてようやく1個やっつけたりw
旅の恥は掻き捨てよとばかりに、だらしねぇボディで泳ぎまくったりと。

まぁ色々やって遊んでましたww

海釣りもやったし、ポリネシアンショーも見てきた。
ていうかツアーパックに観光もたくさん盛り込んであってさw


でもまぁ幼少期以来久しぶりの海外。


とにかく海がきれいだったなぁー!
夕食もあちこち行ってたから、夕方の一番良い時間に
ビーチでチチ片手にぼんやりできなかったことが心残りw

あと印象に残ったのはね。
バスでの移動中、海岸沿いに少し開けた芝生の、公園みたいなスペースを時折見つける。
で、綺麗だなーと思ってよく見ると、大体そこの看板とか石碑に
「パシフィック・ウォー」なんちゃらかんちゃら、と名前がついてるんだよね。

今や日本や中韓の観光客だらけになっていて
気軽なリゾートというイメージ一色のその土地は、
少し繁華街から離れると、結構そういうものによく出くわした。
…おねえちゃん夫婦は横井さんの穴も見てきたらしいし。

ここに火薬の煙がたって、怒号が飛び交い、
人が殺しあった場所があったんだと。

そういうことに気づいたときには、
悲しみともまた違う、なんとも不思議な感覚に襲われました。

先人の戦いと犠牲のうえに成り立つ「今」を生きているくせに、
安寧や利便性を馬鹿みたいに享受していながら文句を垂れ、
何ともまぁ愚かで優しい毎日を、感謝もなしに喰い潰しておるな。と。
そんなことを思い出したグアム滞在でもありました。


まぁ他にも興味深かったことはたくさんあったんだけど、
例によって書ききれないw


ま・とりあえず。

私も早く、家族を増やしたいな。