十郎兵衛の墓 | 田治見要蔵学

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金田一耕助学に対抗



金田一失恋作として一部に名高い「女怪」に、横溝っぽいおっさんを相手に田一が「金は小判というものを〜」とふざける場面があります。

この金は八つ墓村事件で森家関係者からもらった金、セリフは人形浄瑠璃の傑作「傾城阿波の鳴門」から来ていると思われます-。田一は一時大阪にいたみたいなので、その際浄瑠璃にふれたのでしょうか。東北のクソ田舎出身らしい彼には、阿波の都会的かつ爽やかな空気が新鮮だったのだろう、そのため別に小判なんか持ってやしないくせに、ついついこのセリフが口をついて出たのだ、と推察されます。

そんな田一との接点を思い浮かべながら、傾城阿波の鳴門の主人公のモデルとなった十郎兵衛と彼の家族のお墓をはるばる訪ねました。なんで彼の名前使われたんだろう、くらい実話と浄瑠璃は別物ですが、逆にそれだけ上方でも知られた事件と十郎兵衛の名前なのだと、これも推察が可能です。ところで浮世絵界のレジェンド、写楽も正体は十郎兵衛だったと言われる阿波ゆかりの人物ですが、十郎兵衛屋敷って写楽スポット? と思って行ってみたりはしないでください。まったく別物の、浄瑠璃のほうの十郎兵衛です、