(パイロットフィルムの不二子はどんな人物か?)

前項では、パイロットフィルムのルパンと五ェ門について述べた。まとめると次のようになる。

パイロットフィルムのルパン
怪盗ルパンの孫とい由緒正しき悪漢
命を狙い、狙われること(=殺しの真剣勝負)に喜びを感じる
盗みも「狙う」ことの一つ盗みの真剣勝負、不可能への挑戦)

パイロットフィルムの
五ェ門
・大泥棒・石川五右衛門の十三代目という由緒正しき悪漢(十三代目はアニメ独自の設定)
・ルパンに「殺しの真剣勝負」を挑む
・ルパンに狙われる喜びを与え、狙う喜びを共有する「同類」


演出の大隅正秋氏は「ルパンは育ちの良い男だ」という設定に強くこだわったという。パイロットフィルムでのルパンと五ェ門は野卑な犯罪者ではなく、盗みや殺しの真剣勝負のための美的感性にこだわった、品格ある悪漢として描かれているのだ。

これは、原作「サスペンス・ゾーン」での、盗みや殺しの真剣勝負のために儀礼的な「予告状」や「挑戦状」を送るルパンと古郎志の人物設定を忠実に反映したキャラクター解釈だと推測される。

さて、パイロットフィル
ムでは、不二子・銭形・明智もルパンを狙う人物として登場する。彼らはどのようにルパンを狙うのだろうか?

本項ではパイロットフィルムの不二子について考察する。




(毒を盛る、ナイフを投げる……笑顔で殺伐としたやり取りをするルパンと不二子)

パイロットフィルムの不二子の描写は次の通りだ。

酒に毒を盛られたルパンは犯人について次のように推測する。


ルパン  「だそんなことをやりそうな奴は見当がつくぜ」
次元   「ほう…… 誰だ」
ルパン  「あいつさ!」
(筆者注.投げナイフでカーテンを裂くと、ナイフをトランプで受け止めた不二子がいる)
不二子  「さすがね、ルパン。 でも私じゃないわ」

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)



不二子は否定しているが、ルパンは不二子が自分を毒殺する可能性のある女と考えているわけだ。さらに、キャラクター紹介映像では、不二子は実際にライフルでルパンを狙撃している。

一方、アジトを警察に包囲された時、不二子は太ももに忍ばせた銃で
次元と連携し、警官と戦う。最後にはルパンに助けられ、次元とともにアジトを脱出する

以上のように、パイロットフィルムでの不二子は、ルパンを狙う敵、かつルパンと協力し合う味方だ。

15項で延べたとおり、このような不二子の人物像は原作の行本に記載された「味方にもなるが どちらかといえばルパンのテキとなることが多い」いう人物紹介を踏まえたものだろう

それにしても、毒を盛ったり、ナイフを投げたりと、ルパンと不二子はニコニコ笑って殺伐としたやり取りをしており、常人にはおよそ理解しがたい関係だ。




(ルパンとの2つの共通点……「狙い狙われることを喜ぶ」「敵を欺く」



いったい、パイロットフィルムの不二子は、味方でありながらなぜルパンを狙うのか?そしてルパンと不二子はなぜ笑顔で殺伐としたやり取りができるのか? 

そこで、パイロットフィルムでの不二子の描写を検証すると、ルパンの人物像と共通点が見いだせる。それは次の二つだ。

1.命を狙い、狙われる極限状況に好んで身を置く
2.敵を欺く





(共通点1.命を
狙い、狙われる不二子……ルパンと同じ生き方

不二子の紹介ナレーションと紹介映像を追っていこう。

峰不二子。どこからともなく現れて、どこともなく消える、謎の女よ…

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)



不二子は人の命を狙う人間だ。

映像の不二子は銃を携えたままミニのワンピース姿で障壁を飛び越え、暗闇をバイクで走り、にっこり微笑みながら英語の雑誌越しに銃を発砲する。

さらに不二子はライフルでルパンを狙う。だが不二子なりに葛藤があるのだろうか、ライフルを持つ手は微妙に震えている。結局不二子の放った銃弾によってルパンの車は崖下へと落ちていく。

また、不二子は狙われることもある。

レースの天蓋の向こ
うで半裸で寝そべり、艶然と微笑む不二子。だが、次の場面の不二子は男の投げナイフで追い詰められたり、鎖で拘束されたまま服を引き裂かれたりと、危険な目に遭う

さらに、裸でベッドで寝ている不二子は、シャンデリアから降り立ったルパンに襲われる。これは原作の「サイケ馬鹿」(1968年5月16日号、5巻62話)の一場面を再現したものだ。結局ルパンの顔に足跡ができるほど蹴りつけ、不二子はルパンを撃退する。

このように、不二子は人を狙ったり人から狙われたりの危険な日々を送っている。狙うときの不二子は楽しそうな微笑みを浮かべ、危険を招くと承知で敵を誘惑する。

この生き方は、命を狙い、狙われることを楽しむルパンの生き方とそっくりである。



(危険な運転という「冒険」が好き……「バイクの不二子」、「改造ベンツのルパン」


不二子の紹介映像の中でも印象的なのは、不二子が夕日の荒野をバイクで走る場面だ。

ノーヘルメットに黒いライダースーツの不二子は、夕日の中、何もない荒れ果てた道をただバイクでひた走る。そこには札束も宝石も何もない。そこには、豪華な服を着たり、激しくゴーゴーを踊ったりする享楽的な不二子とはまるで違った、哀愁孤独が漂っている

不二子は壊れた橋からバイクでジャンプし、ルパンのいるバスルームに突っ込む。まさ
に常軌を逸した乱暴な運転だ。

さて、この
バイクで疾走する不二子というイメージも、ルパンに共通するものがある。

うのも、前項で延べた通り、ルパン改造ベンツで暴走するのを好むからだ。ルパンのベンツは最大スピードが時速300キロオープンカーだ。

オープンカーやバイクは体がむき出しの分、危険度の高い乗り物だ。一歩間違えば無惨な死はまぬかれない。

不二子を紹介するナレーションに
「アバンチュール」(=冒険)という文言が出てくる。バイクの危険運転に象徴されるように、不二子もルパンと同じく一瞬の極限状況に身を置くことを好んでいるのだ。


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(共通点2.人を欺く……「色香の不二子」と「トリックのルパン」)


また、不二子は敵を欺く人間だと明言されている。ナレーションを見てみよう。

シスコルックから、パリ・モードまで、華麗なるアバンチュールを彩る、峰ルックのアラカルト。

敵を欺く女の装い
。しかし、忍び寄る男の影

峰不二子は女である。



(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


紹介映像の中で、不二子はベッドに横たわり、半裸で流し目を送っている。

決して恋愛や情事そのものを欲しているのではなく、さらに言えば情事と引き換えに財物を恵んでもらうのでもない。ナレーションに従えば、不二子が色香を放つのは、あくまで相手を欺くための手段に過ぎないのだ。

さて、方向性こそ違え、
「敵を欺く」という手段を常とすることはこれまたルパンと共通している。

パイロットフィルムのルパンは、五ェ門に
替え玉を攻撃させ、明智に変装することで銭形から逃亡を果たす。ルパンは変装などのトリックで敵を欺くのが得意なのだ。

なお、ルパンが
変装で敵を欺く描写は原作に頻出する。当ブログで紹介した原作第1話(「ルパン三世颯爽登場」)でもルパンは変装して屋敷に潜入しているし、たびたび取り上げてきた「サスペンス・ゾーン」(原作1巻5話)でもルパンは男爵先生に変装して敵の見張りを欺く。




(不二子は、ルパンに「欺きの真剣勝負」を挑む「同類」ではないか?)

このように、パイロットフィルムの不二子は、その悪女としての生き方にルパンと共通するものが二つ見いだせる。

第一に、狙い、狙われることを喜ぶ点。不二子が本当に望むものは金品ではない。バイクで荒野を疾走する不二子は、ルパン同様アバンチュール=死と隣り合わせの冒険をこよなく愛しているのだ。

第二に、敵を欺く点。不二子はが美貌と色気で敵を誘惑し、騙す。欺きという手段を得意とするのは、変装やトリックを多用するルパンと同じである。

さて、前項では、パイロットフィルムの五ェ門とルパンが「殺しの真剣勝負」をする「同類」だと述べた。

これと同じことが不二子とルパンに言えるのではないか。つまりルパンと不二子は「欺きの真剣勝負」をする
「同類」というわけだ。

仮に「欺きの真剣勝負」を前提とすれば、「酒に毒が盛られた」場面のルパンと不二子の笑顔のやり取りもつじつまが合う。


(今回は不二子の仕業ではなさそうだが)「ルパンの酒に毒を盛る」という行為は、不二子にとって狙う喜びであり、ルパンにとっては狙われる喜びだ。さらに、ルパンは不二子の欺きを見破る真剣勝負を楽しみ、ルパン自身も不二子を狙い、襲うというわけである。

このように、ルパンと不二子
は、狙い狙われる極限状況や、欺き合いを楽しむライバルだ。だからこそ、敵であり仲間でもあるという関係が成り立つと考えられる。

アニメ第一シリーズ第1話「ルパンは燃えているか…?!」には、
「裏切りは女のアクセサリー」という不二子に向けたルパンの有名なセリフがある。不二子はルパンを女の色香で幻惑しながら、裏切りの勝負を仕掛ける。それをルパンは面白いと感じ、彼女を一層魅力的に思う=「アクセサリー」という理屈なのだろう。





(「峰ルック」と「ルパンズファッション」……企画書ではルパンと同格のファッションリーダーだった不二子) 

女ルパンとしての峰不二子について少し補足しておこう。

パイロットフィルムの不二子は
「峰ルック」と称した豪華な衣装をまとう。これはルパンがファッションショーをして「ルパンズファッション」と称していたのとまったく同じだ。

パイロットフィルムではセクシーなドレスやビキニ、黒いライダースーツなど豪華な衣装をまとった不二子がずらりと並ぶ。まるで7体の着せ替え用ペーパードールだ。

この映像が何を意図していたかというと、実は、企画段
階のルパンと不二子は若者たちのァッションリーダーとなるはずだったというのだ。

企画書の一部を引用しよう。


3.ルパンファッションと不二子ファッションのブーム化の可能性

ルパンがカルダンからモッズルックまで巧みに着こなすサイケなイカス野郎だとすれば、紅一点の峰不二子はディオールからフーテンまで最新モードを着こなすカワイコちゃん。したがって、ルパンと不二子の変幻自在のモードは、まるでファッション・ショーのよう。

ヤングや子どもたちは、グループサウンズのファッションだけでなく、ルパンファッションにも共感と憧憬をフィットさせていく。

そのために、前衛的ファッションデザイナーの協力を求めて、ルパンファッションをブーム化させていく十分の可能性をもっているのである。


(引用元:「〈ルパン三世〉 企画書の世界」、 『東京ムービー・アニメ大図鑑』P201、協立出版、1986年)



このような記述を見ると、パイロットフィルムの不二子が、文字通りルパンと同格の「女ルパン」として扱われていることがわかるだろう。



(「女ルパン・峰不二子」……この人物像は、原作のどこから出たのか?)

さて、演出担当の大隅氏は「ルパンはモンキー・パンチしかない」と原作尊重の姿勢をとってきている。

では、欺きを得意とする女ルパン・峰不二子は原作からどのように導き出されたのだろうか。それを説明すると、少し複雑な話になる。

というのも、初期原作の「峰不二子」は固定した人物ではなく、毎回ころころ変わるからである。

次項では原作初期の不二子について解説し、パイロットフィルムの不二子と原作のかかわりについてまとめたい。


(続く)

30項に戻る)


当ブログでは、『ルパン三世』の
アニメ化企画が始動した時期を、1968年(昭和43年)夏と考えている。その根拠は、杉井ギサブロー氏や大塚康生氏の証言だ。(拙ブログ第8項参照)

ところが、
一般に流通する書籍では、その始動時期を1967年(昭和42年)夏としている物が多い。8項付記参照)

先日「昭和42年」という
情報の出所が、公式の『ルパンファンクラブ会報』に載った当時の東京ムービー新社社長・藤岡豊氏の文章であることを知った(コラム参照)。

公式の会報に社長の言葉として載った情報なら、信頼できる情報として流布するのは当たり前だ。

間が開いてしまったが、その原文を見ることができた。
2003年に東宝より発売された『ルパン三世 LIMITED BOX』の中に、運よく該当する号の縮刷抜粋が付属していたのだ。そこで、詳細とその一部を引用する。

その会報とは、
昭和53年8月1日発行の「ルパン三世ファンクラブ会報」第3号だ。昭和53年=1978年といえば、アニメ第二シリーズが人気だった時期である。

実際の文を読んでみると、これは文章というよりインタビューを掲載したもののようだ。一部を引用してみる。

12年前の暑い夏
――ルパン三世との出会い――
劇場映画プロデューサー 藤岡 豊

 あれは……昭和42年ですか、するとボクもまた39才だったんだ!
 暑い夏の日の午後だった。ボクの部屋に若いスタッフの諸君がやってきて、「これをやりたいんです」と、漫画雑誌を数冊ひろげて見せてくれたんだ。
 「……ルパン三世? なにこれ?」

(中略)

これはイケる! ボクにはピーンとくるものがあった。
すぐに電話番号を確かめると
、ダイヤルを回して「漫画アクション」の編集長を呼び出した。
 「もしもし、こちらフジオカというものです。いますぐ伺います。そこにいてください!」
 次の瞬間、ボクは愛用車のフイアット500に飛び乗って双葉社に向っていた。一刻を争うという切迫感があったんだね。
 当時の編集長だった清水さん(現同社常務取締役)とは初対面。僕の熱心さというか厚かましさというか、にかく『ルパン三世』のアニメーション化を快く認めてもらったわけ。
 その日、ボクが帰ってから3時間あと(わずか3時間だよ!)東映動画がずっといい条件で買いにきたんだって。でも清水さんは、とても信義のあつい方でね東映動画を断って下すったんだ。

(以下略)
 

(引用元:昭和53年8月1日発行「ルパン三世ファンクラブ会報」vol.3、 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』付属「LUPIN the third SPECIAL BOOK LET」P6、東宝、2003年)
※色変えは筆者による



ここに描かれた企画始動時のエピソードは、杉井ギサブロー氏が語った内容とほぼ一致する(拙ブログ第8項参照)

さらに、「直後に他社もアニメ化を申し込んでいた」という藤岡氏の証言も興味深い。もしも1968年7月25日の単行本『ルパン三世』の発売がアニメ化のきっかけになっているとすれば、「書店に並んだ単行本を見た他社が全く同じ日にアニメ化を思い付く」というのもあり得る話だからだ。

話を元に戻すと、この藤岡氏の話では、年代の辻褄が色々と合わない

そもそも、昭和42年=1967年に始動したならば、会報は昭和53年=1978年のものだから、「12年前の夏」ではなく、「11年前の夏」のはずだ。

また、大塚康生氏『リトル・ニモの野望』(徳間書店、1989年)のP20によると、藤岡氏の生まれた年は1927年(昭和2年)6月19日。1967年なら「39才」ではなく40才のはずだ。

文の冒頭を見ると、「……」という間があり、藤岡氏の記憶ではなく、インタビューの担当者に「昭和42年です」と教えられたように解釈できる。

結局、どうしてこのようなミスが起こったのかは謎のままだった。

それにしても、あと3時間遅ければ、東京ムービーは『ルパン三世』のアニメ化の権利をとれなかったというのは興味深い話だ。

もし東映が権利をとっていたら、我々は明るく元気な原作五ェ門がそのまま活躍するアニメルパンを見ていたかもしれない。

(パイロットフィルムの五ェ門は原作五ェ門とかけ離れていた)


では、アニメ企画側が作ったパイロットフィルムで、ルパンと五ェ門はどのように描かれたのだろうか。

大隅正秋氏の演出に
よるシネマスコープ版パイロットフィルムは、1969年夏ごろ完成した(13項参照)。

そして、前述の通り
パイロットフィルム版五ェ門は、明るく元気な原作五ェ門とはかけ離れた、眼光鋭く寡黙な放浪の剣士だった6項





(パイロットフィルムのルパンと五ェ門……目的なき殺しの勝負に命をかける「同類」)


では、パイロットフィルムルパンと五ェ門の関係性はどう描かれたのだろうか。

結論から言うと、次のようになる。

パイロットフィルムのルパンと五ェ門は、境遇jこそ対照的だが、名高い泥棒にかかわる由緒を持ち、殺しの勝負に命をかける「同類」として描かれているのである。





以下、パイロットフィルムの内容を具体的に検証していこう。



(ルパン三世……怪盗ルパンの孫で、改造ベンツを乗り回すセレブ)


パイロットフィルムの冒頭、ルパンは銭形警部を爆弾でボロボロにし、笑い転げる。

そこに
かぶさるナレーションがこれだ。


ボンジュール、ボンソワール。
これぞルパン三世。怪盗アルセーヌ・ルパンの孫。

クールタッチのゲバルト。天才的アクションに生きる男。そのパワースケールが世のゴキブリ野郎をダメージする。


(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)



ここで、ルパンは名高い怪盗の孫という出自が明言され、さらにルパンが運転する黄色い豪華なオープンカーが紹介される。

の車、ヒトラーが愛用したという往年の名車ベンツSSKフェラーリV型12気筒エンジンを搭載。そのマキシマムスピードは300を超える。

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)



このほかにも、ルパンがファッションショーのように華麗な衣装を早変わりさせながら歩く描写がある。

ール、ファンキー、あるいはサイケ、アクションシーンのTPOに応じて着こなされるスペシャルオーダーの数々。言うなれば、ルパンズ・ファッションである。カスタムルックのパーソナリティがヤングメンのハートをアタックする。

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


このように、ルパンは怪盗の孫という特別な生まれの、大変な金持ちなのだ。




(”育ちがいい男”……大隅氏が重視したルパンの「品格」


さて、パイロットフィルムの演出を担当した大隅正秋氏は、キャスティングに絡み、ルパンの人物設定について次のように述べている。



最初、野沢那智にしたのは、ルパンというのは育ちがいい男だって設定だけは外しちゃダメだと。凄んだりメリハリを効かせたりするだけなら他にいたけど、育ちよくといったら彼だなって。でもなんかパンチがないんだよね。
(中略)
(筆者注.広川太一郎氏は)おちゃらけたルパンのイメージはぴったりなんだけど、ナっちゃんのような毛並みの良さが感じられない。2つ重なった部分が欲しいけど、どちらかで決めるしかないなって、ほんとに諦めていたんですよ。

(引用元:「おおすみ正秋×飯岡順一「アニメ『ルパン三世』今はじめて語ること 最終回」『ルパン三世officialマガジン’10年冬』P143~P144、双葉社、2010年)
※色付けは筆者による



大隅氏が重視したルパンの「育ちの良さ」とは、具体的にどういうことを意味するのだろうか。

確かに、パイロットフィルムのルパンは怪盗ルパンの孫という特別なルーツを持ち、高級な車や服に囲まれた優雅な暮らしを送っている。

だが、由緒ある出自や裕福さだけでは必ずしも「育ちが良い」とは限らない。

「育ちが良い」とはその人物の品格の問題に他ならないからだ。名高い人物の子孫でも、金をふんだんに持っていても、品性下劣な人間は沢山いよう。

ましてやルパンは盗みや殺しを行う犯罪者だ。では、大隅氏が「育ちが良い男」と強調するルパンは、ゴキブリ野郎=野卑な犯罪者と何が違うのだろうか?

そこで、パイロットフィルムに描かれたルパンの犯行心理を見ていこう。




(ルパンの殺しの動機……命を「狙う」行為にエクスタシーを感じる



パイロットフィルムでは、ルパンが殺しを行う時の心理が描写されている。

狙うルパン。
そこには追う者のみが知るエクスタシーがある。

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


この場面は、原作「魔術師」(1967年11月9日号、1巻7話)での白乾児(パイカル)が行ったアクションを、ルパンに演じさせたものだ。

ルパンは軽飛行機から、走行中の車に降り立ち、にやにやしながら車の中にダイナマイトを投げ入れる。ルパンが片手をあげて挨拶しながら崖から飛び降りると、車も崖から落ちて爆発する。

わざわざ危険な手段をとって敵を狙うルパンは非常に楽しそうで、ナレーションはその胸中を「エクスタシー=至上の喜び」と解説している。




(「狙われる」という極限状況……ルパンは「喜び」を感じる


さらに、パイロットフィルムでは、敵から殺しの標的として「狙われる」ルパンの心理も語られる。

狙われるルパン
そこに
デッドラインを超える者のみが知るパセティックな喜びがある。

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)



大勢の警官による包囲網の中、黒いボディスーツに身を包んだルパンは、不敵な笑みを浮かべながら、サーチライトの光と銃撃をかいくぐり駆け抜けてゆく。

これは原作の「王手飛車取り」(1967年11月2日号、1巻12話)の一場面をアレンジしたもので、後のアニメシリーズで何度もオマージュされる有名なシーンである。

常人ならば、恐ろしくて震え上がるような極限状態だろう。だが、パイロットフィルムのルパンは、「狙う」時と同様に、不敵な笑みを浮かべている。

ルパンは、このデッドライン=死と隣り合わせの状況に、パセティック=いたましいほどの喜びを感じているというのだ。

つまり、パイロットフィルムでは、ルパンを、
・命をかけて他人を狙うこと
・自分の命を狙われること

その両方に無上の喜びをとする人間として描いているのである
 



(「盗み」は「狙うこと」の一つ……金品ではなく「盗みの挑戦」自体が目的


もう一つ興味深いことに、パイロットフィルムではルパンの「盗み」を「狙う」行為の一つと解釈している。

実は、パイロットフィルムにはルパンの狙うお宝が出てこない。この点が、小型爆弾争奪戦をテーマとした没案「ミニミニドカン」との最大の違いだ。

パイロットフィルムでは金庫から宝石や現金を取るといった、ルパンの「盗み」のシーンは直接描かれないうえ、ナレーションに
も「盗み」という単語すら出てこないのだ。

一盗みを想起させるのは、「サイケデリック氏」(1968年5月9日号、4巻52話)から採用された、ビルの模型を前にルパンと部下たちが犯行計画を練るシーンのみである。原作では本来「シェヘラザードの涙」という宝石がお宝なのだが、それには一切触れられない。

盗みの計画を練るルパンの様子に被さるのが、次のナレーションである。

彼は狙う。狙いは外さない。
正確なプログラミング。周到なオペレーション。
コンピューターに挑戦する彼の頭脳。
彼の辞書に不可能は無い


(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


ルパンにとって、「盗み」とは「狙う」ことの一つだ。彼は金品を得ることではなく、卓越した頭脳で不可能な盗みに挑戦することが目的なのである。

そして、ここでもルパンは全力で盗みの獲物を「狙う」という行為に、激しい喜びを感じていることになるのだ。




(五ェ門……大泥棒の十三代目にして、ルパンを斬る一瞬に人生をかける男)


さて、パイロットフィルムの五ェ門については次のように描写されている(7項15項参照)。

パイロット版五ェ門には、石川五右衛門の十三代」目という原作に無い設定が加えられている。そして、由緒ある悪漢でありながら、五ェ門は荒れた山野を一人放浪している。

ナレーションでの五ェ門の紹介文は以下の通り。

十三代石川五ェ門。鮮やかな剣の使い手。長い修業の果てに開眼した居合の技。一瞬の剣のきらめきにルパン三世を斬る、ただそれだけの勝負に人生を賭けるロンリー・マン。

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


パイロット版五ェ門は、ルパンの命を狙う刺客だが、手段を択ばずルパンを殺すわけではない。酒に毒を盛られたルパン
は、「五ェ門は俺を毒殺なんてしないはずだ」という趣旨のことを語る。

実際、ルパンの語った通り、パイロット版五ェ門は直接ルパンのアジトに乗り込み、


五ェ門 いたな! ルパン、今日こそ勝負だ。 行くぞ!

(引用元:「パイロットフィルム シネマスコープ版」より 『劇場版 ルパン三世 DVD LIMITED BOX』収録「ルパン三世シークレットファイル」、東宝、2003年)


と、愚直にもパンに正面から勝負を挑むのだった。

素早い剣さばきでルパンに斬りつけた五ェ門だが、それはルパンに変装させられた別人。騙された五ェ門は、ラストで床に胡坐をかき、天を仰いで無念がる。




(「狙われるルパン」と「狙う五ェ門」……「殺しの勝負そのもの」に命をかけるライバル)

このように、パイロットフィルムでのルパンと五ェ門の描写を見ると、豪勢に暮らすルパンと荒野を放浪する五ェ門は一見対照的だ。

だが、両者には二つの共通点がある。

一つは、「怪盗ルパンの孫」「石川五右衛門の十三代」という由緒正しい悪漢であること。

もう一つは、
純粋に命を狙い、狙われる勝負そのものを目的とすることが共通している。

パイロットフィルムのルパンは「命を狙う」そして「命を狙われる」という極限状況に喜びを感じる人物だ。そして、パイロット版五ェ門はルパンを「狙う」人間で、ルパンを「斬る」だけの一瞬に人生をかけている。

彼らには何かを守ったり、怨恨、あるいは報酬や名声を得るなどの
目的がないのである

パイロット版のルパンと五ェ門は、得るものなき殺しの勝負に挑むという共通した気持ちを持つ「同類」なのだ。

原作五ェ門とルパンは、錬金術や極意書という明確な目的があって敵対しており、パイロットフィルムとは異質の関係にある。


前述の通り、大隅氏は「ルパンはモンキー・パンチしかない」という原作尊重の立場をとっていた。大隅氏はパイロットフィルムの中に、原作の「サスペンス・ゾーン」でのルパンと古郎志の「殺しの挑戦」に臨む態度をそのまま表現したものと推測される。

これは、原作では叶わなかったルパンと古郎志の真剣勝負が、アニメ版で実現するという趣向なのだ。

また、パイロットフィルムがルパンの「盗み」を「狙う」ことの一つと解釈している。これは、「サスペンス・ゾーン」で、古郎志の殺しの「挑戦状」盗みの「予告状」共通するものを感じたルパンの行動原理を反映していると考えられる。





(企画書に記述……「ルパンと五ェ門は冒険と心意気の心情が共通」)

アニメ第一シリーズ放映前に書かれたテレビアニメの企画書(1970年頃?)には、五ェ門とルパンには「冒険と心意気の心情が共通する」旨が記載されている。


(筆者注・ルパン三世は)一文の得にもならない対象を”盗む”のに莫大な金をかけ、全知全能をかけ、そして生命までもかけてしまう、わば”心意気”のアクションマンなのだ。だから、ルパン三世は、今日の停滞と退屈の泰平ムードを”盗み取る”現代の冒険者なのである。


(引用元:『ルパン三世研究報告書』P18、スタジオ・ハード編、双葉社、1999年)
※色変えは筆者による



天下の大泥棒・石川五ェ門の十三代目。居合の名人で、その剣さばきは、目を見張るように鮮やか。自由を愛するが故に、永遠の放浪者・一匹狼。つまり西部のロンリー・ガンマンの日本版といったところだ。が、その痛快なアクションの陰にふと一抹の哀愁と虚無が漂うのは、自由を求める放浪者の宿命ともいうべきか。ビジネスあるいは行きがかりのうえで、ルパン三世の敵対者として登場するが、その冒険と心意気の心情では、むしろ共通するものがあるようだ。


(引用元:『ルパン三世研究報告書』P63、スタジオ・ハード編、双葉社、1999年)
※色変えは筆者による



「冒険」と「心意気」。

つまり、敢えて命の危険を冒し犯罪の大勝負にきっぱりと挑戦していく態度が、ルパンと五ェ門の二人には共通しているわけだ。

アニメ版のルパンと五ェ門は似通った生き方の「同類」なのである。



(何をどう盗むか?誰をどう殺すか?……由緒正しき悪漢たちの品格と美意識)


さて、企画初期のルパンたちの人物像について、東京ムービーの今泉俊昭氏は次のように総括している。


今:僕が思うのは、『ルパン三世』っていうのは作品内容も主人公たちのパーソナリティも美的感性――道徳的感性ではなく――を基にして動いていくいう特性を持っている事。

飯:それはどういうことですか?

今:「粋」っていうのかな。泥棒だから悪という事ではないんだ。
何を盗むのか? どう盗むのか? ひたすら美を追求してる。しかもそれを軽快に、愉快に、楽しそうに追求している。


(飯岡順一×今泉俊昭「アニメルパンの誕生を知る男」『ルパン三世officialマガジンvol.20』P113、双葉社・2009年)
※色変えは筆者による



「ルパンたちは何をどう盗むか、美を追求している」という今泉氏の分析を、パイロットフィルムのルパンと五ェ門にあてはめてみよう。

パイロットフィルムのルパンは、盗むのが不可能なものにあくまで頭脳で挑戦しようとする。

パイロットフィルムの五ェ門は、強敵・ルパンを、正々堂々の勝負で斬ろうとしている。

このような「盗み」や「殺し」の流儀に対する美意識は、彼らが金品欲しさの窃盗犯や、血に飢えた殺人犯と全く違った、由緒正しき悪漢にふさわしい品格を備えているといえよう。

原作第1話のルパンは盗みの「予告状」を送る習慣があり、「サスペンス・ゾーン」では古郎志の書いた「挑戦状」を見て心を動かしている。それらは挑戦=真剣勝負のための儀礼に他ならない。彼らは、名高い怪盗の三世であり、武士の誇りを持つ現代の無頼浪人というフィクション性の強い悪漢だった。

実利ではなく品格を重んじるルパンや古郎志の態度は、アニメ版『ルパン三世』に「美的感性の追求」という要素として生かされたと推測されるのだ。



不二子、銭形、明智……ルパンに勝負を挑むライバルたち)


さて、パイロットフィルムでは
、次元を除いた銭形、明智、不二子の三人もまた、ルパンに勝負を挑む存在として描かれている。

次項からは、パイロットフィルムの不二子・銭形・明智のキャラクター像を原作と比較し、パイロットフィルムで提示された『ルパン三世』の世界観に迫りたい。




(第29項に戻る)


(第31項に続く)

(古郎志についてのまとめ)

本項は、21項~28項で考察した、
1.古郎志の人物像
2.ルパンと古郎志の関係から読み取れる「虚無的な世界観」
3.古郎志がアニメ版五ェ門に選ばれた理由
のまとめである。

パイロットフィルムのルパンと五ェ門については30項に記した。

さらに、付記では古郎志の
モデルと思われる先行キャラクターについて触れた。


(1.古郎志の人物像まとめ ……男爵先生との比較を通じて)

「サスペンス・ゾーン」は、「男爵の正体」をめぐるどんでん返しのために、男爵と古郎志の個性が綿密に描かれている(22項)。

表面的にはルパンと古郎志は対照的で、むしろルパンと男爵先生は似ている。

例えば、
古郎志は一匹狼の殺し屋なのに対し、ルパンと男爵は二人とも犯罪組織のボスなのだ(23項)。



ところが、生き方の点では、ルパンと古郎志は「同類」だ。

男爵は売名目的にルパンに挑むが、ルパンと古郎志「殺しの挑戦」そのものが目的なのである(26項)。

ルパンが古郎志と会話したあとに「日本一の殺し屋(=大物)」と絶賛し、男爵をザコと蔑んだのはそのためなのだ23項





また、ルパンが盗みの「予告状」を送るのと同じく、古郎志もまた殺しの「挑戦状」を送っていた。彼らは「名高い怪盗の三代目」「無頼浪人」というフィクショナルな悪漢であり、実利よりも品格を重んじていた(27項)。

ルパンは、利用するつもりだった古郎志に同情心を深め、遂に殺せなくなってしまう(24項25項)。そこには「類は友を呼ぶ」という人間ドラマのロジックが成立していたのだ。




(2.ルパンと古郎志の関係から読み取れる「虚無的な世界観」……「ルパン帝国」への無関心、「虚しい死」のさだめ)

ともに殺しの挑戦を目的とするルパンと古郎志だが、前述の通り両者の境遇は正反対である。

古郎志荒野を放浪する世捨て人のような人物で、金も地位もない

一方、
ルパンは巨大組織「ルパン帝国」のボスであり、桁外れの富と権力の持ち主だ。

しかし、ルパンは男爵と違い、全く権力に執着していない。世界を牛耳る力を持ちながら、危険な勝負にだけ生の充実を感じるルパンの生き方は、一種の「虚無」がある。

さらに、ルパンと同じく殺しの挑戦に命をかけた古郎志は、結局トラップによって無残な最期を迎える。得るもの無き挑戦の果ては虚しい死であり、ここにももう一つの「虚無」がある。

男爵やその子分にルパンの心情はまったく理解されない。
ルパンは思いがけず出合った同類・古郎志に情をかけてしまうルパンが古郎志を遂に殺せなかった理由は、常軌を逸した生き方ゆえの「孤独」にあるのだろう(28項)。

原作でのルパンと古郎志の関係性をつきつめれば、ルパンの抱える虚無と孤独が浮き彫りになるのだ。




(3.古郎志がアニメ版五ェ門に採用された理由……「独自の立ち位置」「仲間になるロジック」


さて、このような古郎志の人物像から考えると、古郎志がアニメ版五ェ門に採用された理由は、次の二つと推測される。

(1)古郎志は「ルパンに時に反発し、時に協力する」という独自の立ち位置が確立していたから。(21項参照) 

アニメ化企画側はルパン・次元のコンビ路線を重視していた。そのため、「第二の相棒」としてトリオの一員となった原作五ェ門の扱いに苦慮していた。その点、ルパンに反発したり協力したりする古郎志の立ち位置は、ルパン・次元のコンビ関係に支障をもたらさないものだった。


(2)古郎志はルパンから「同類」と見なされており、「類は友を呼ぶ」という仲間になるためのロジックが確立していたから。(26項参照)

原作五ェ門は、作者のプロット変更の影響により、仲間になるまでの言動に飛躍がある。その点、古郎志は原作中でルパンとの関係性が明確に描かれており、人間ドラマのロジックが確立していた。

アニメ化企画側は
人間ドラマのロジック(論理)を重視すると同時に、原作を極力尊重する方針をとっていた。そのため、原作五ェ門と古郎志キャラクターごと差し替えるという大胆な脚色を施したと推測される。

古郎志は、アニメ化企画側にとって好都合なキャラクターだったのである。







(付記……古郎志のモデル? 隻眼のアウトロー剣士・丹下左膳について)

最後に、古郎志のモデルと思われるキャラクターについて付記しておこう。

「サスペンス・ゾーン」は男爵と古郎志の「目の傷」に関する態度の違いが、意外な結末の伏線となっている。
・男爵……サングラスで目元を隠す
・古郎志…左目の傷を全く隠さない

片方の目に傷のある古郎志には、造形の似た先行キャラクターがいる。

それは、林不忘が創作した隻眼隻手のアウトロー剣士・丹下左膳(たんげ・さぜん)である。


林不忘の小説『新版大岡政談』の脇役であった丹下左膳は、その強い個性で人気を博した。そして、時には斬合いの勝負に生きるニヒルな剣士、時には単純素朴な人情家と、様々なキャラクター解釈のもとに映像化されている。

古郎志の隻眼の顔立ちや、真剣勝負を好み、根は単純素朴という人物像は、この丹下左膳から発想された可能性がある。

つまり、古郎志≒アニメ版五ェ門の本当の先祖は丹下左膳ということになろう。

アニメ版五ェ門は、奇遇にも、
・脇役からメインキャラクターに昇格されたこと
・作品によってキャラクター解釈に大きな振れ幅があること

など、丹下左膳と共通する変遷をたどっている。
拙ブログ8項で、『ルパン三世』のアニメ化企画の始動時期について触れた。

アニメ化企画は、原作の最初の単行本=漫画アクションコミックス『ルパン三世』第1集が、杉井ギサブロー氏により、当時の東京ムービー社長・藤岡豊氏のもとに持ち込まれたことがきっかけで始動した。

この単行本の発売日は1968年7月25日なので、アニメ化企画の始動時期は1968年(昭和43年)夏である。

これは、大塚康生氏の著書『作画汗まみれ 改訂最新版』(文藝春秋・2013年)にあるパイロットフィルムの企画会議の日付「1968年9月20日」(同書P178)とも近く、自然である。



ところが、8項の付記で述べたとおり、『ルパン三世』関連の書籍や記事では、企画始動を「1967年」(昭和42年)としているものが非常に多い。

これでは単行本の発売日や、企画会議の日付と矛盾が生じてしまうため、この情報は事実でない可能性が高い。

企画始動時期を「昭和42年」とした最古の記事
は、『100てんランドアニメコレクション・ルパン三世PART2』(双葉社・1982年)P68の、「パイロット・フィルム」に関する記事で、「昭和42年、夏。」と明記されている

一体なぜ、『100てんランドアニメコレクション』の記事は、企画始動を「昭和42年夏」としたのだろうか?

実は、このたび当時の資料を見る機会に恵まれ、この「昭和42年」という記述の出所を発見できたので、ここに記しておきたい。

今回見ることができたのは、
私設ファンクラブ「ルパンユニヲン」が1982年に発行した会誌『Lupin the Ⅲrd』 vol.10だ。この会誌には、「ルパン生誕 パイロットから旧作へ」という記事が掲載されており、そこでは企画始動時期を「昭和42年」と書いている(P39)


そして、同誌はそのソースとして、公式の『ルパンファンクラブ会報』から藤岡豊氏によ文章の一部をコピーで転載している(P40)。その藤岡氏の文章には、原作の漫画本が持ち込まれた時期を「12年前の暑い夏」「昭和42年」と書いてあるのだ

つまり「企画始動は1967年(昭和42年)夏」という情報は、1979年(昭和54年)前後に藤岡氏自身が公式のルパンファンクラブ会報発表したものだった。

公式の会報で発表された情報だったため
、この始動時期がのまま上記の公式書籍『100てんランドアニメコレクション』に掲載され、広く流布していったのだろう





最後になりましたが、この貴重な資料を見せてくださったN・D・LUPIN様、そして資料を見る機会を与えてくださったyuki様に、心から感謝します。

どうもありがとうございました。
*****以下、原作『ルパン三世』「サスペンス・ゾーン」のネタバレを含むので、未読の方は注意*****









(ルパンと古郎志は、ともに真剣勝負のための「書状」を送っていた

巨大組織(ルパン帝国)のボス・ルパンは、放浪の殺し屋・古郎志を「日本一の殺し屋」と絶賛する(23項参照)。

一見
正反対に見えるルパンと古郎志は、ともに挑戦そのものに命を懸ける誇り高き悪漢だった。(26項参照)

古郎志が「同類」であることに気付いたルパンは、古郎志に敬意親愛の情を抱き、彼がたどる末路を哀れむ24項26項

さらに、ルパンは、
古郎志が書いた殺し「挑戦状」に心を動かし、彼への同情心を深めた。それは、ルパンもまた、盗みの前に必ず「予告状」を送る悪漢だったからだ27項参照)。

このような
書状を送るのは犯行を困難にするだけで、何のメリットもない。だが、彼らは盗みや殺しを「真剣勝負」として行っており、これはそのために欠かせない「儀礼」なのだった。

ルパンは古郎志を殺すことができず、罠から遠ざけて助けようとする。だが、古郎志は決闘場所で男爵を待つという礼節のため、その誘導に背き、命を落とす(25項27項参照)。

そんな
愚直な古郎志の最期に、ルパンは片膝を地面に着くという西洋の儀礼で敬意を表するのだった。





(巨大組織のボスと、一匹狼の殺し屋……ルパンと古郎志の境遇は対照的

ルパン古郎志は、得る物のない挑戦を生きがいとする「同類」だ。

しかし、ルパンは巨大組織のボスで、部下は10万人。世界制服も可能だという。対する古郎志は荒野を放浪する一匹狼の殺し屋だ。

桁外れの富と力を持つルパンと、それらとは無縁の古郎志。同類でありながら2人の境遇対照的である。このことは、ルパンの人物像を考える上で重要な意味を持っている。

そこで、本項ではルパンと古郎志の違いに着目して、ルパンの人物像および「サスペンス・ゾーン」の結末について考察したいと考える。



(真剣勝負を求め、荒野を一人放浪する古郎志……赤い輪の”狂気”がもたらした生き方)


古郎志は暗殺組織に属さず、依頼人から直接仕事を請け負う一匹狼の殺し屋だ。

初登場の古郎志は、火事で荒れ果てた廃洋館の庭に忽然と現れ、ルパンと向き合う。そして殺しを引き受けると、また一人荒野へ去ってゆく。また、古郎志はまとまった金も持っていないが、殺しの目的は真剣勝負で、報酬の金には執着しない

このように古郎志は孤独な刺客で、現実社会との関わりも非常に薄い。「一人荒野から現れ荒野に去る」という古郎志の描写はまさにその象徴といえよう。


ここで、古郎志を男爵の”発作中の人格”として考えると、興味深い。

男爵は、200人の子分を従えた組織のボスであり、裏社会で名を売るためにルパンに挑戦したり、誘拐事件でマスコミを騒がせたりと、悪漢なりの社会性を持って世の中と関わっている。

だが、ひとたび赤い輪の発作を起こすと、彼は裏社会を牛耳ろうという野心など忘れ去り別人となってしまう。

そして、スーツとサングラスの新興ヤクザは、ハカマ姿に隻眼の殺し屋に変身し、真剣勝負を求め一人荒野をさまよい出すのだ。

古郎志は、まるで世捨て人のような放浪者だが、その生き方はある意味で赤い輪の発作=”狂気”の産物であることがわかる。




(巨大組織のボスでありながら、一人で危険な挑戦に挑むルパン)

では、一方のルパンはどうか。

23項でも述べたが、「サスペンス・ゾーン」では、ルパンが世界征服も可能な超巨大組織のボスだという事実が明かされる。

しかし、ルパンは男爵に一対一の決闘を迫り、組織の力で潰すことをしなかった。しかも、ルパンは男爵のトラップ攻撃に苦戦し、危うく射殺されかける

また、原作第1回(「ルパン三世颯爽登場」、1巻1話)のルパンはわざわざ「予告状」を出して単独犯行にのぞみ、結局逮捕されてしまう。

本来ならばルパンは組織のボスなのだから、最前線の仕事は部下たちにやらせれば済むであろう。しかし、ルパンはメリット必要性もないのに、みずから体を張って危険な仕事に挑んでいる

逆にいえば、ルパンはある意味立場をわきまえない、非常に困ったボスなのだった。




(金や権力に何の魅力も感じない……現代の帝王・ルパンが抱えた”虚無”)

このような常軌を逸した行動をとるルパンの心理はどのようなものなのか?

ルパンは途方もない富と力の持ち主だ。

「サスペンス・ゾーン」のルパンは立派な車に乗っており、贅沢な生活をしていることがわかる。10万人の部下は大物ぞろいで、国際スターの美女・浜京子も意のままに動いてくれる。”天下のルパン”という名声をほしいままにし、その気になれば世界征服もできる。

巨大組織のボスとして君臨し、充実した悪漢人生を謳歌しているように見えるルパン。だが、本当にルパンの心を捉えているのは、何のメリットもない危険な挑戦に命をかけることなのだ。

前項で作者のモンキー・パンチ氏による解説を引用したが、ルパンは盗む金品には何の魅力も感じない。そして、「サスペンス・ゾーン」での言動を見ると、ルパンはメリットのない男爵との死闘に挑んでおり、裏社会での覇権どころか我が身の安全にすら執着していない

つまり、有り余る富と権力に囲まれながら、ルパンはそれらにまるで魅力を感じないという虚無を生きているのだ。

裏返せば
、ルパンは命がけの挑戦の中にしか生きがい=生の充実を感じられない人物なのである

つまり、ルパンは現代の帝王であると同時に、ある意味世捨て人に近い生き方をしていると言えよう。



”虚無”という名の荒野を放浪……ルパンの心象風景は正気を失った古郎志と同じ)

このような、リアルの富や権力に魅力を感じないルパンは、身一つで荒野を放浪する古郎志に相通じるものがある。

つまり、正気を失って荒野を放浪する古郎志と同様にルパンもまた荒野のような虚無の世界を生きる”狂気”を持った人間なのだと解釈できるのである。

原作では、廃洋館の荒れ庭でルパンと古郎志が対面するシーンは、吹きすさぶ風のなか古郎志を待つルパンの姿や、ルパンと古郎志の向き合う姿が大きく描かれており視覚的に強い印象を与える。

おそら
く、この風吹く荒野にたたずむ2人の描写は、ルパンと古郎志「心象風景」を象徴したものだと推測される。

なお、「サスペンス・ゾーン」はまだ作者が
相棒・次元大介を全く構想していない超初期エピソードで、ルパンは基本的に一人で行動している。




(ルパンという人物の”孤独”……真剣勝負を望む挑戦者の不在)

さて、以上述べてきたようなルパンの
・富や権力に魅力を感じず、空虚を感じて生きている
・自分の命をかけた挑戦にのみ生の充実を感じる

という人物像を念頭におくと、「サスペンス・ゾーン」のルパンの言動の理由が読み解ける。これにより、本エピソードの結末がどのような意味を持つかを考察したい。

序盤で、ルパンは自分から男爵のアジトに赴き、男爵に一対一の決闘促した。

なぜルパンはそのような行動をとっ
たのだろうか?それは、世界の富と権力の頂点に立ってもつまらないとしか思えないルパンにとって、男爵という挑戦者から挑まれた殺しの勝負は、「面白い」と思える貴重な機会だったからだ。

だが、男爵がルパンに挑んだのは所詮売名のため。ルパンはこの場で勝負しようと誘うが、世間の注目を集めたい男爵は「やるときはもっと派手にな」笑って断る。

要するに、男爵はルパンに対し、”俺はお前との勝負に興味はない”という態度を露わにしたのだ。自分からルパンに挑戦を持ちかけ、わざわざルパン本人が訪ねてきたというのに、男爵のこの態度はあまりに非礼と言えよう。

ルパンは男爵の身勝手な要望を受け入れるが、去り際にタバコ爆弾を投げつけ、男爵の顔を焼く。これは男爵の
非礼に対する報復だと考えれば辻褄が合う。

ルパンが相手を訪問してまで求めていたのは、本気でルパンとの剣勝負を望む挑戦者だったのだ。ところが、男爵はただルパンを殺して名を売りたいだけのつまらない男=ザコだった。

結局、ルパンは男爵にそっけなく勝負を断られただけでなく、加勢した男爵の部下(オペレーター)にトラップで狙い撃ちされ、上半身を焼かれてしまう。このひどい仕打ちに思わずルパンは「やったねあの野郎」とつぶやく。

10万の部下たちを従えても心が満たされず、真剣勝負を期待して男爵を訪ねるが、まともに相手をされなかったルパン――。

ボロ寺での男爵とのやりとりを見ると
、ルパンが生きることの空虚と同時に深い孤独を抱えた人物であることがわかるのだ。



(真剣勝負に生きる同類・古郎志に対し、ルパンは親愛の情を抱く


ルパンはトラップで焼かれたことの報復として、男爵の赤い輪の発作を利用し、男爵自身をトラップにかけるという作戦を思いつく。それが古郎志との出会いだった。

ルパンは、殺し屋・
古郎志=発作中の男爵に大金を渡し、悪ふざけを装って死の予告をした上で、男爵殺害を依頼する。

当初、ルパンは古郎志を利用することに何の躊躇もなかった

ところが、「男爵の首をひっさげてくる」と闘志を燃やす古郎志を見て、ルパンは驚いた。古郎志は男爵とは全く違い、報酬ではなく、ルパンと同じく命がけの勝負そのものを目的としていたからだ。ルパンが求めていた挑戦者とは、まさに古郎志のような人物だった

自分と同類古郎志に対し、ルパンは敬意親愛の情を抱く。そのため、男爵との戦いの巻き添えになる古郎志の末路を思い、「かわいそうなやつ」と同情の言葉をつぶやいたのである。

古郎志と別れた後、ルパンは誘拐された女たちを逃がし、男爵との決闘に至るが、拘束されてしまう
。ルパンは見張り役を挑発しつつ、「日本一の殺し屋」と古郎志を絶賛する

さらに、ルパンは男爵の組織の規模を「小さい」とけなしたついでに、
「俺の部下は10万人」と自分の素性を明かすが、見張り役は笑い転げ、全く信用しない

巨大組織のボスでありながら、一人で挑戦に命をかけるルパンの生き方はあまりに常軌を逸しており、裏社会の人間にすら理解されないのだった。



(”もう一人の自分”を殺せない……古郎志の「挑戦状」を見たルパンの葛藤

古郎志に助けられたルパンは、彼が男爵に送った殺しの「挑戦状」を見て、再び「かわいそうなやつ」と表情を曇らせる。それは、ルパンもまた盗みの前に「予告状」を送ることにしていたからだ。

真剣勝負のための儀礼を行う古郎志の流儀に、ルパンは
「もう一人の自分」を見る。ルパンはますます古郎志を死なせることが辛くなっていった。

男爵と古郎志の決闘の日、ルパンはボロ寺で古郎志の到着を待った。

ボロ寺の門をはさみ、ルパンは古郎志と向かい合う。門をくぐれば男爵の仕掛けたトラップで古郎志は死ぬ。

ルパンの張りつめた表情の裏には、
理性と感情葛藤があったと推測される。

古郎志の正体が発作中の男爵である以上、古郎志にも死んでもらわねばならない。しかし、ルパンにとって、古郎志得がたい同類だった。

結局、ルパンは「男爵はあんたの来た方向へ出ていった」と、古郎志をトラップの反対方向へ誘導する。

ルパンは同類である古郎志への情が断ち切れず、彼を殺せなかった。ルパンはそれだけ孤独に苦しんでいたのだ。



(無残に倒れた古郎志……目的
無き挑戦の「最後」は「虚しい死」)

しかし、
ルパンの誘導にもかかわらず、古郎志はあくまでも決闘場所で男爵を待とうとし、トラップに倒れてしまう。

礼儀知らずの男爵
とは異なり、また知略に長けたルパンとも異なり、古郎志は恐ろしく愚直な性格だった。古郎志は、挑戦相手である男爵への礼を尽くしたため、助かる命を落としたことになる。

「ついに最期が来たな」と声をかけたルパンに、古郎志は手を伸ばし、「男爵の正体を教えてくれ」と乞う。ルパンが瞑目して真相を語るなか、古郎志は力尽きていく。

こうして、またルパンは一人ぼっちになってしまった。

ルパンは倒れた古郎志の傍らにわざわざ片膝をついてひざまずいている。彼は西洋の儀礼をもって、誇り高い殺し屋・古郎志の最期に敬意を表したのだ。

単行本の最終コマは、荒野に倒れた
古郎志の無念の顔となっている。

挑戦に生きる者は、いつか挑戦に倒れる
目的無き挑戦の果てにあるのは「虚しい死」だ。

自分もいつかは悲惨な最期を迎える
それを百も承知で、ルパンは”狂気”の生き方を続けているのだ。


現代の帝王・ルパンが、放浪の殺し屋・古郎志に親愛の情を抱いたことを考えると、「サスペンス・ゾーン」の結末はこのような解釈が可能なのである。



(ルパンと古郎志の悲しいすれ違い……伝わることなく終わった親愛の情


”似た者同士のならず者の間に親愛の情が芽生えるが、敵対の末、
悲しい結末を迎える。”

このようなテーマは、「サスペンス・ゾーン」に先行する映像作品にも見受けられる。

例えば、
・「椿三十郎」(1962年)
 …放浪の浪人・椿三十郎と、敵方の用心棒・室戸半兵衛
・「座頭市物語」(1962年)
 …盲目の侠客・座頭市と、病身の浪人・平手造酒(ひらて・みき)
の関係などがそれにあたる。

「サスペンス・ゾーン」のルパンもまた、利用するつもりだった古郎志同類の匂いを感じ取り、親愛の情を抱く。

だが、この話のルパンと古郎志にはより残酷な展開が与えられている。


それは、ルパンの親愛の情が最後まで古郎志に伝わらず真剣勝負も行われないということだ。つまり、最後まですれ違いに終わっているのである。


古郎志にとって、ルパンは風変わりな依頼人にすぎない。その代わりに古郎志の心を最後まで占めていたのは、
男爵のこと。男爵が卑劣な小悪党であることや、男爵との決闘が実現不可能であることも、何も知らない古郎志の哀れさを誘う。

本エピソードはルブランの『赤い輪』から得た着想を巧みに生かし、孤独な悪漢同士の悲しいすれ違い強調した結末となっているのだ。




(古郎志と男爵の対比で
ルパンの強い個性が確立……アニメ版への影響は?


以上述べてきたように、「サスペンス・ゾーン」は「殺しの挑戦」をめぐるルパン・男爵・古郎志の対比を通じて、ルパンの人間性を描いたエピソードである。

名声目当てにルパンに挑む犯罪組織のボス・男爵。
殺しの挑戦そのものを目的として放浪する一匹狼の殺し屋・古郎志。

超巨大組織のボスであるルパンは、
男爵を軽蔑し、古郎志に敬意と愛の情を抱いた。

それは、ルパン自身命がけの挑戦を生きがいとする人間だったからだ。

つまり、ルパンと古郎志の間には、
「類は友を呼ぶ」という仲間になるためのロジックが確立していたのである。

恐らく、アニメ版五ェ門がルパンの仲間になるアニメ第一シリーズ第7話の
「狼は狼を呼ぶ」というサブタイトルは、この関係性から発想されたものと推測される。



そして、ルパンの心理描写から、「サスペンス・ゾーン」では主人公
ルパンの極めて強い個性が確立されていることがわかる。

・ルパンの素性=超巨大組織のボス
・ルパンが犯罪を行う動機
富や力に魅力を感じず、命がけの挑戦だけに生の充実を感じるから
・ルパンの美意識=真剣勝負とその儀礼を重んじ、卑劣や残酷を嫌う
・ルパンの強さ=冷静かつ、他人を欺く知略に長けている
・ルパンの弱さ=常軌を逸した生き方ゆえの孤独にさいなまれている


すると、ここで一つの新たな推測が成り立つ。

アニメ企画でルパンの同類である古郎志がアニメ版五ェ門に採用されたということは、すなわち、「サスペンス・ゾーン」でのルパンの人物像がアニメ版に採用されていたことを意味するのではないだろうか?

次項からは、「サスペンス・ゾーン」に描かれたルパンと古郎志の人物像が、パイロットフィルムの中でどのように生かされていったかを検証したい。


29項に続く)

27項に戻る)

*****以下、原作『ルパン三世』1巻5話「サスペンス・ゾーン」および1巻1話「ルパン三世颯爽登場」のネタバレを含むので、未読の方は注意*****

















(「得る物のない殺しの挑戦に命を懸ける」……ルパンと古郎志は「似た者同士」)


前項では、ルパン・男爵・古郎志の「殺しの挑戦」に対する姿勢を比較した。

三者を比較すると、名声や覇権目当ての男爵とは異なり、ルパンと古郎志は「得るもののない殺しの挑戦」そのものに進んで命を懸けるという、共通した行動原理を持っている。

一般的に、人は重要な目的がなければ自分から命を危険に晒すことはしない。つまり、このような常軌を逸した生き方をしている点で、ルパンと古郎志は同じ「狂気」を持った同類だったのだ。

巨大組織のボス・ルパンが、一匹狼の殺し屋・古郎志を「日本一の殺し屋」=「大物」と絶賛したのは、古郎志を挑戦自体に命を懸ける人物だと気付いたからであろう。

そして、ルパンが古郎志に同情心を持ち、遂に殺せなかったのは、「同類」に対する親愛の情が湧いたのだと考えられる。

このような「類は友を呼ぶ」という関係性こそ、アニメ企画側が注目した、ルパンと古郎志≒アニメ版五ェ門の「仲間になるロジック」だと推測される。


本項では、古郎志の「挑戦状」に関する描写を中心に、「挑戦する者」としてのルパンと古郎志について考察していきたい。





(ルパンは、なぜ古郎志の「挑戦状」に心を動かしたのか?


「挑戦する者」のルパンについて考察するとき、「サスペンス・ゾーン」本編に興味深い描写がある。

それは、古郎志の挑戦状に対するルパンの反応だ。

第24項で述べたように、ルパンは「かわいそうなやつ」と古郎志に対する同情心を2回吐露している。

1度目は、廃洋館の庭で古郎志が男爵殺しを引き受けた時。
2度目は、古郎志が男爵の机に
「挑戦状」を置いた時。

このうち、1度目の「かわいそうなやつ」は、ルパンが古郎志の殺しの挑戦の姿勢に共感し、親愛の情を抱いたため、その末路に同情心が湧いたものと推測される。

では、2度目「かわいそうな奴」と言ったのはなぜなのか

本編では「挑戦状」がズームアップの手法で2回描かれ、ルパンの心情との関わりが強く示唆されている。

一体、ルパンが古郎志の「挑戦状」を見て心を動かしたのは、なぜなのだろうか?




(実は、ルパンも盗みの前に「予告状」を送る悪漢だった)


実はその答えは単純だ。

それは、ルパンもまた盗みの前に「予告状」を送る悪漢だったからだ

つまり、ルパンは挑戦状を見て古郎志のやり方は自分にそっくりだ」と思ったのである。

挑戦状を見たルパンが「かわいそうな奴」とつぶやいたのは、自分そっくりな行動をとる古郎志へ
の親愛の情が増し、殺すのが辛くなったからだと推測される



(「サスペンス・ゾーン」以前のエピソードにおける、ルパンの「予告状」の描写)

では、原作『ルパン三世』における、ルパンの「予告状」の描写を見てみよう。

1967年9月28日号掲載の「サスペンス・ゾーン」以前にルパンの「予告状」が描かれたエピソードは次の2つだ。

・「ルパン三世颯爽登場」(1967年8月10日号、双葉文庫1巻1話)
「フウテン探偵」(1967年9月14日号、1巻8話)

だが、単行本では「フウテン探偵」が8話目で、「サスペンス・ゾーン」(5話目)より後に収録されている。

そこで、ここでは単行本でも「サスペンス・ゾーン」の前に収録されている第1話「ルパン三世颯爽登場」について見ていこう。




(第1回「ルパン三世颯爽登場」……銭形警部はルパンの盗みの「予告」を「キザ」と言っていた)


さて、第1話「ルパン三世颯爽登場」は
”ある夜、学生のパーティ会場となった大木博士の邸宅に、ニュースで話題のルパン三世が侵入した”
という話である。

ルパンの狙いは博士の開発した
設計図

邸宅では
誰がルパンかわからない中、次々に惨劇が起こる。秘書が殺され、博士の娘たちが乱暴され、力ずくで設計図は奪い取られる。

ところが、そこへ
本物のルパンが現れ、設計図のために乱暴された娘を哀れむ

ルパン 「むごいね あんた……!!」

悪人  「なに」

ルパン 「ルパンの名を使っての悪事はゆるせん!」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P20、双葉社、1968年)



悪人はルパンの銃撃でハチの巣にされ、やがて
老探偵・明智によりメガネをかけた三枚目の男こそ本物のルパンだったと明かされるのだ。


第1話は
ミスリードの手法を使い、ルパンの名を騙って殺人や乱暴を働く悪人を、怒った本物のルパンが射殺するというカタルシスのある展開となっている。

偽物との比較から、
ルパンは手段を選ばない冷血漢ではなく、悪漢ながら誇り高く、残忍な仕打ちを嫌う人間性の持ち主だということが明示されているのだ。



さて、このエピソードで、捜査に訪れた
銭形警部は、事情聴取の際、次のように語っている。


銭形  「ルパンはキザなところがあって 必ず目的の予告をするはずだ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P17、双葉社、1968年)



ルパンの予告状は数枚の便箋にしたためられており、文面は次の通りだ。 

 博士の完成した設計図が外国のスパイに狙われている
 その前にあすいただきに参上する
 抵抗すべて無駄…… 
 ……ルパン三世……

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P18、双葉社、1968年)



このように、連載第1回のルパンは、「ルパンは盗みの前に予告状を出すキザな悪漢」という設定で描かれていたのだ。

ただし、銭形のセリフの
「キザなところがあって」という部分は、1974年発行のパワァ・コミックス以降、セリフ簡略化のために削除されてしまっている。

また、2回目に予告状が描写される「フウテン探偵」では、琵琶瀬博士のもとに、ルパンが「Kマシン」を盗む旨の予告状を郵送している。



(キザな「挑戦状」と「予告状」……古郎志は「もう一人のルパン」だった)


「サスペンス・ゾーン」では、男爵古郎志の挑戦状について次のように言っている。


男爵 「挑戦状など…… キザな奴だ

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P100、双葉社、1968年)



つまり、第1話「ルパン三世颯爽登場」と「サスペンス・ゾーン」には、


・盗みの相手に、事前に予告状を送るルパン。
・殺しの相手に、事前に挑戦状を送る古郎志。

・銭形から予告状を「キザ」と言われるルパン。
・男爵から挑戦状を「キザ」と言われる古郎志。

という相似の関係が描かれているのだ。

古郎志の挑戦状がズームアップの手法で強調されたのは、ルパンと古郎志の犯罪のスタイルが共通していることを示唆するためだったのだ。


なお、拙ブログ
11項で、原作初期の『ルパン三世』は詳細な設定を定めず、各話の連続性が乏しいということに触れた。

しかし、
連載のごく初期には各話の連続性が保たれており、連載第1回~第4回まではルパンの逮捕・脱獄をめぐる時系列が連続している。

この「サスペンス・ゾーン
が単行本で繰り上げ収録された(連載8回→第5話)のは、第1話の設定を前提としたエピソードだからだと推測される。





(なぜキザな「予告状」と「挑戦状」が必要なのか?)


さて、ルパンと古郎志は、なぜ相手に「予告状」や「挑戦状」を出すのだろうか?

ルパンと古郎志は悪漢としての姿勢が共通しており、古郎志の言動を読み解くことは、ルパンの言動を読み解くことに繋がる。

そこで、「サスペンス・ゾーン」の古郎志の言動から「挑戦状」の必要性を検証してみよう。

男爵は時計を見て、古郎志がボロ寺に来る時間を確かめている。このことから、古郎志の挑戦状には決闘の日時と場所が予告されていたと推測される。

そして、遠くに人影を見つけた男爵は門に殺人トラップを仕掛ける。

もし古郎志が予告なしにボロ寺に忍び込んでいたら、男爵が門のトラップを仕掛けることは不可能だっただろう。

つまり、古郎志は事前に挑戦状を出したがために、罠を仕掛けられてしまったのだ。

男爵は古郎志の挑戦状を見て「キザな奴だ」と言っているが、それには一理ある。

客観的に見れば、前もって相手に挑戦状を送ることは、危険が増すばかりでメリットなど何もない。事前に告知すれば相手は警戒し、迎撃の機会を与えるからだ。まさに、古郎志は罠にかけられるべくしてかけられたと言えよう。

トラップを駆使して安全確実に相手を倒す男爵にとって、わざわざ書状で戦いを予告した古郎志の態度は恰好を付けているとしか思えなかったのだ。





(書状を送るのは、殺し合いを相手との「真剣勝負」にするための儀礼)


では、一体なぜ古郎志は挑戦状などにこだわったのか? 

それは、トラップにかかった古郎志の言葉からはっきりとわかる。



古郎志 「ひきょうな……男爵」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P102、双葉社、1968年)



つまり、無邪気にも古郎志は、男爵との真剣勝負を本気で望んでいたのだ。

確かに合理的に考えれば、挑戦状は
自分を不利にするだけのナンセンスな格好付けかもしれない。

だが、ただ
相手の存在を消すための「殺し合い」を、命を懸けた「挑戦」「真剣勝負」たらしめるには、相手に対する「儀礼」が不可欠だ。

ある種のスポーツマンシップ、フェアプレーに通じる価値観と言えば分りやすいだろうか。

つまり、古郎志にとっての挑戦状は「正々堂々の勝負」のために欠かせな
いものだったのだ。




(金品がではなく「盗みの挑戦」が目的のルパンにも、「予告状」が必要だった)


古郎志の論理をあてはめれば、ルパンが「予告状」を出すのも盗みを「挑戦」にするための儀礼ということになる。

後年、作者のモンキー・パンチ氏はルパンの人物設定について以下の様に語っている。
 

ルパン三世はアルセーヌ・ルパンのような怪盗ではない。物そのものには何の魅力も感じていないのだ。そのものを盗むことが不可能とされていることに対する挑戦なのだ。その挑戦こそが「ルパン三世」の生きがいなのである。以上、……これらが描き進めているうちにできあがった主人公の大まかな性格設定といえる。

(中公文庫『新ルパン三世1』P306、モンキー・パンチ氏「挑戦こそがルパン三世の生きがいだ!!」、中央公論社、1995年)
※文章の初出は中央公論社愛蔵版「ルパン三世」第1巻(1989年発行)



このようなルパンの態度は、金品を奪うことを目的とする通常の窃盗とは異質のものと言える。

第1話では、銭形警部が盗みの予告をするルパンを、「キザなところがある」と評するが、それはルパンの「盗みの勝負を仕掛ける」という犯罪の流儀を不快に思ったが故であろう。



(古郎志の最期……「男爵を待つ」という礼節のために、助かるはずの命を落とした)


最後に、ルパンは古郎志の挑戦状をめぐり、もう一つ強い反応を示している。

それは倒れた古郎志にひざまずいて礼を尽くしたことだ。ボロ寺の門の反対方向へ誘導する。

ところが、古郎志は逃げた男爵を追わなかった



古郎志 「しかたねえ ここでしばらくまつか」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)



と言って、古郎志はそのまま門をくぐってしまう。

非常に生真面目な性格の古郎志は、挑戦状に書いた
場所で男爵を待とうとしたのだ。

古郎志はルパンが予想したよりも、ずっと愚直に挑戦相手への礼節を重んじ、助かるはずの命を落としたのである。




(”真剣勝負のための儀礼”に殉じた古郎志……その品格にルパンは敬意を表した)



前項で述べたように、ルパンも古郎志同様、みずから男爵と一対一の真剣勝負に臨んでいた。

よって、ルパンには、真剣勝負の手前で騙し打ちにされた古郎志の無念がよくわかるはずである。どう見ても、古郎志の最期は「日本一の殺し屋」としてはあまりにみじめに思える。

しかし、ルパンは倒れた古郎志にひざまずき、礼を尽くすのだ。

いささか違和感のあるルパンの態度は、挑戦状という「儀礼」を考慮に入れて初めて理解できる。

恐らくルパンは、あくまで真剣勝負の礼節を貫いた古郎志の姿勢尊んだと考えられる。

古郎志とは異なり、ルパンは決して馬鹿正直ではない。

男爵
の卑劣なトラップ攻撃に対し、ルパンは赤い輪の発作を利用して男爵本人をトラップにかからせるという相応の報復に出た。ルパンは悪ふざけを装って古郎志に死の予告をしたり、男爵の子分を挑発して時間稼ぎをしたりするなど、人を欺くずる賢い手も得意だ。

だが、そんなルパン
は、古郎志の愚直さを笑わなかった

ルパンは
古郎志の姿勢を尊び、「片膝をついてひざまずく」という西洋の儀礼で敬意を表したのである。

「挑戦状」をめぐる2人の言動の描写からは、両者が実利以上に品格を求めるという共通の美意識を持っていることがわかる。

現代の無頼浪人・古郎志と、名高い泥棒一族の三代目ルパン。2人はリアルな犯罪者とは一線を画した”フィクションの悪漢”なのである。


(ルパンと古郎志……「正反対だが通底するものがある」という関係性)

22項で述べたとおり、「サスペンス・ゾーン」は意外な結末のミスリードとして、男爵と古郎志を殊更対照的な人物に描いている。

男爵……犯罪組織のボス、スーツ姿、饒舌、豪奢な暮らし、ニュースになる犯罪

古郎志…一匹狼の殺し屋、ハカマ姿、寡黙、荒野を放浪、一対一の殺し


これに対し、ルパンの表面的な人物像は、


ルパン…犯罪組織のボス、スーツ姿、饒舌、豪奢な暮らし、ニュースになる犯罪


と、男爵と重なる
しかし、前述の通り男爵の実態は、名を売りたいだけの打算的な小悪党だ。

これに対し、一見正反対に見えるルパンと古郎志は、悪漢としての生き方が

・得るもの無き挑戦に喜んで命を懸ける

・相手に「挑戦状」「予告状」を送る=実利より品格を重視


と、全く同じだ。「サスペンス・ゾーン」は、対照的な2人のゲストキャラクターとの対比により、

男爵……ルパンと似て非なる悪漢
古郎志…ルパンと一見正反対だが、ルパンと同じ生き方の悪漢


と、主人公ルパンの人物像を描写したエピソードなのである。

次項では、「サスペンス・ゾーン」のルパンの人物像についてまとめ、その結末から見えるルパンと古郎志を結ぶロジックを考察していきたい。



28項へ続く)

26項へ戻る)


*****以下、原作『ルパン三世』「サスペンス・ゾーン」のネタバレを含むので、未読の方は注意*****

















(ルパンは古郎志を殺すことができず、その最期にひざまずいて敬意を払った)

前項から、伏線5「ルパンが段々と古郎志に同情する」を検証している。

ルパンは男爵を倒すため、男爵のもう一つの人格・古郎志を利用するつもりだった。

ところが、ルパンは途中から、古郎志を独立した人物として意識するようになる。ルパンは古郎志に同情し始め、その同情心は彼の挑戦状を見てさらに深まる。

男爵と古郎志の決闘の日、ルパンは古郎志にトラップを回避するよう誘導する。ルパンは古郎志への情が断ち切れず、彼を殺せなかったのだ。

ところが、古郎志は決闘場所で男爵を待とうとし、トラップにかかる。ルパンは倒れた古郎志の傍らにひざまずき、彼に敬意を表する。ルパンにとっては、本心から古郎志こそが「大物」であり、「日本一の殺し屋」だったのだ。

「サスペンス・ゾーン」は、天下無敵に見えるルパンの「弱さ」を描いた異色のエピソードだ。というのも、敵ならば躊躇なく殺す冷徹なルパ、敵である男爵と同一人物とわかっていながら、古郎志を殺せなかったからだ。

それにしても、
なぜルパンは、古郎志にそこまでの思い入れを持ったのだろうか?

本項では、古郎志と男爵、そしてルパンの人物像を「サスペンス・ゾーン」での描写から比較し、ルパンと古郎志の関係性を考察したい。





(ルパン、男爵、古郎志……「殺しの挑戦」の当事者たち)


ルパン、男爵、そして古郎志。この三人の悪漢の関係をいま一度整理してみよう。

「サスペンス・ゾーン」は、男爵がルパンに挑戦し、ルパンがその挑戦を受けたことが発端である。

さらに、ルパンが古郎志に男爵殺害を依頼したため、古郎志が男爵に挑戦することになる。

このように、「サスペンス・ゾーン」では二つの「殺しの挑戦」が描かれている。


(1) 男爵のルパンに対する挑戦
(2) 古郎志の男爵に対する挑戦


つまり、ルパン、男爵、古郎志は全員「殺しの挑戦」の
当事者であり、次のような共通点が生まれている

(挑戦する者)
・男爵……ルパンへの挑戦者
・古郎志…男爵への挑戦者


(挑戦される者)
・男爵……古郎志からの挑戦を受ける
・ルパン…男爵からの挑戦を受ける


そこで、本項では「挑戦する者」としての男爵と古郎志、および「挑戦される者」としてのルパンと男爵を比較したい。




(「挑戦する者」としての男爵と古郎志はどう違うか?)

なぜ「殺しの挑戦」にまつわる比較が、三人の関係性を知る上で有効なのか?

それは、ルパンが、古郎志を「日本一の「殺し屋」」と礼賛したからだ。

つまり、ルパンが古郎志を礼賛し、男爵を「ザコ」と判断したのには、三人の人物の「殺し」をめぐる考え方に深い関わりがあると考えられる。

ルパンは古郎志の殺しの腕を讃えたわけではない。また、古郎志は一匹狼の殺し屋で、財力や組織とは無縁の人物だ。

前述のように、ルパンは廃洋館での古郎志との会話だけで、彼を「日本一」と礼賛したのだ。

このことから、ルパンは会話からうかがえる、古郎志の「殺しの挑戦」に対する姿勢称賛したものと推測される。

裏返せば、ルパンが男爵を「ザコ」と言ったのは、男爵のルパンに「殺しの挑戦」をする姿勢軽蔑に値するものだったのではないか。

実は、ルパンは男爵を「ザコ」という前に、ボロ寺で男爵と会話し、直接「挑戦の理由」を聞いていた。



(男爵の「挑戦」は、ルパンを倒して得られる名声などの「メリット」が目的だった)


では、ボロ寺にやってきたルパンと、男爵の会話を見てみよう。



ルパン 「その前にこのルパンさんに
      殺しの挑戦をした理由が聞きてェな
       (略)
男爵  「まもなくこの俺が全国のヤクザ組織を牛耳ることになる
      いや一年以内に必ずそうしてみせる」

ルパン ははは……わかったよ
      
天下に知れてる俺を殺れば 
      あんたの名は一躍有名になるぜ

男爵  「それがねらい

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P80、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による




男爵が挑戦した理由は、ルパンを倒した結果得られる「名声」のためだった。

さらに、今すぐ決着をつけようというルパンの誘いを、男爵は無下にする



男爵  「はは… いまはよそう
      やる時は もっとはでにな……


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P80、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による



この身勝手な返答からは、男爵の考えが明白にわかる。「ルパンを倒した男」という名声をとどろかせるには、人々の注目を集める派手な対決でなければならないからだ。男爵の非礼に、ルパンはタバコ爆弾を投げつける。

また、男爵は女性芸能人誘拐によっても、メディアで名を売ろうと躍起になっている。

なぜ男爵はなぜそうまでして名を売りたいのだろうか?
それは裏社会でのし上がるためである。

つまり、男爵がルパンに挑戦したの
は、自己顕示欲を満たすことや、裏社会を牛耳る覇権というメリットがあるからなのだ。


なお、男爵のセリフにある「やる時はもっとはでにな……」という部分は、1974年発行のパワァ・コミックス以降、セリフ簡略化のために削除されてしまっている。




(殺し屋・古郎志の「挑戦」は、得られる「金」が目的ではなかった)


それに対して、古郎志の挑戦姿勢はどうだろうか?

古郎志は殺し屋である。だから、普通ならば報酬で得られる金が目的であるはずだ。

最初、古郎志はルパンの差し出した百万円に、目をまん丸にする。彼にとって百万は大変な金額なのだ。

札を確かめながら古郎志が気にしたのは、仕事の内容、つまり殺す相手のことだった。

古郎志 百万……こいつあ大仕事
      殺る相手は……そうなると相当の大物とみた」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P88~P89、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による



しかし、ルパンは真面目に仕事の話をしない。そのため、古郎志は腹を立て、報酬をつき返して帰ろうとする。


古郎志 本当は用件はなんなんだ
      用がなければかえらせてもらうぜ
      百万はおかえしするぜ


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P90、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による



そこでルパンが「男爵を殺してほしい」と言うと、古郎志は一転、機嫌を直す


古郎志 「男爵
      ザコどころか大物じゃねェか
      これでこの百万が有効になるわけだ!

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P91、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による


古郎志は相手が暗黒街を牛耳ろうという大物・男爵だと聞いて感嘆し、先ほど突き返そうとした百万をおさめる。

なお、古郎志のセリフにある「百万はおかえしするぜ」という部分が、1974年発行のパワァ・コミックス以降削除されている。そのために、双葉文庫などでは、”古郎志が既に受け取った百万について念を押した”という流れになっている。

元々のセリフでは、古郎志は突き返そうとした百万をおさめただけなのだ。

百万の報酬をめぐる描写は、古郎志の気位の高さ潔さと同時に、古郎志の「殺し」の目的が金ではないことを示している。



(古郎志は、金よりも「男爵への挑戦そのもの」に意欲を燃やした)

では、古郎志の挑戦の目的は何だったのか?

別れ際、古郎志はルパンに男爵を倒すことを誓う。


古郎志 「明日ここでまっていな……
      やつの首をひっさげてくるさ」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P91、双葉社、1968年)



前金で報酬
を受け取った以上、古郎志が得られるメリットはもう何もない。普通ならば
仕事はなるべく楽なほうがよいはずだ。


だが、大物相手の危険な仕事と知っても、古郎志は怖気づいたり面倒がったりするどころか、むしろ「男爵の首をひっさげてくる」と激しく意欲を燃やした

言いかえれば、古郎志にとって報酬の多寡は、いかに相手が手ごわいかの目安にすぎず、むしろ危険な相手への殺しの挑戦そのものが目的だったのである。

このように、挑戦者としての男爵と古郎志を比較すると

(挑戦する姿勢)
・男爵……「名声」や「覇権」というメリットが目的
・古郎志…「金」というメリットではなく、「殺しの挑戦」そのものが目的

と、「殺しの挑戦」に対する姿勢の違いは明確だ。




(「挑戦される者」としての男爵とルパンはどう違うか?)


さて、ルパン自身は、「殺しの挑戦」についてどのような考えを持っているのだろうか?

そこで、今度は「挑戦される者」としての男爵とルパンを比較しよう。

男爵が古郎志に挑戦されたのは、終盤のボロ寺での決闘の場面。

ルパンが男爵の挑戦を受けたのは、前半のボロ寺での対決、および男爵の部屋での決闘だ。



(男爵はメリットのない古郎志の挑戦を無視し、トラップで消そうとした)


まずは、男爵が古郎志に挑戦されたときの言動を見てみる。

男爵は古郎志からの挑戦状を破り捨て、来る時刻に合わせてトラップを仕掛けた。つまり男爵は真剣勝負の申し出を完全無視し、挑戦状を罠に利用したのだ


客観的に考えると、男爵の立場では、古郎志のような無名の殺し屋と命がけの勝負をするメリットは何もない。トラップで安全確実に古郎志を消そうとしたのはそのためだろう。


(ルパンは男爵の挑戦を堂々と受け、たった一人で男爵のもとに乗り込んだ)

一方、ルパンは、男爵のいるボロ寺に一人で赴き男爵に挑戦の目的を直接訪ね、その場で戦いを持ちかける。

その後も、ルパンは再び
一人でボロ寺に忍び込み一対一で男爵と決闘しようとする。

ルパンは男爵の挑戦を受け、自分から男爵に
決闘を迫り続けていたのである。




(命がけの決闘……男爵のトラップ攻撃に苦戦したルパン)


男爵との戦いで、ルパンはトラップ攻撃にかなり苦戦している。

初対決の時は、オペレーターによる狙い撃ちで上半身を黒コゲにされてしまう。

二度目の対決では、ルパンは男爵のトランシーバーを破壊する手にでる。しかし、予備のトランシーバーがあったため、ルパンは拘束されたままマシンで殴られ、負傷する。男爵が赤い輪の発作を起こさなければ、確実に射殺されていただろう。

このように、男爵との戦いは決して楽勝ではなく、ルパンはまさしく死闘をする羽目になったのだ。



(巨大組織のボス・ルパンは、男爵と命がけで戦う”メリット”が何もない……)


ここで、ルパンの言動に不可解な点が生じる。

ルパンにとって、男爵との死闘はどんなメリットがあるのだろうか?

というのも、この「サスペンス・ゾーン」では、
超巨大組織のボスというルパンの素性が明かされているからだ。

ルパンには既に途方もない富と権力があり、名声も得ている。その気になれば世界が手に入る、まさに現代の帝王と呼べる悪漢だ。

それならば、組織の力や、10万の部下を動員して、さっさと男爵を潰してしまうほうが安全確実ではないだろうか。

わざわざ自分から決闘に出向き、黒コゲになったり、アザやコブをつくったり、射殺寸前まで追い詰められたりの危険を冒す必要はないのだ。

合理的に考えれば、ルパンが命がけで男爵の挑戦を受けるメリットなど何一つない



つまり、男爵とルパンの「挑戦される者」としての姿勢を比較すると、次のようになるだろう。


(挑戦を受ける姿勢)
・男爵……自分にメリットのない挑戦は受けない
・ルパン…メリットのない挑戦でも命がけで受ける




(無慈悲なナルシスト・男爵…一見「狂気」の悪漢だが、挑戦に関する行動は打算的)

ここで、男爵・古郎志・ルパンの「殺しの挑戦」に対する姿勢をまとめてみよう。

まず、男爵について。

男爵は名声を得るためにルパンに派手な対決を望むが、倒しても一銭の得にもならない古郎志の挑戦は無視する。そして、殺人トラップを駆使し、身の安全を図って相手を消そうとする。

このように、殺しの挑戦をめぐる男爵の言動は極めて打算的だ。

男爵は、巨大な自分の肖像画を前に「現代の帝王の誕生だ」と大言壮語するなど、かなりのナルシストだ。そして、子分やさらった女性には無慈悲である。

そんな男爵は、一見ステレオタイプな”狂気をはらんだ悪漢”に見える。しかし、その実像はごく平凡かつケチな犯罪者に過ぎないのである。



(目的無き殺しの挑戦に喜んで命を懸ける……ルパンと古郎志の「狂気」)

一方、ルパン古郎志はどうか?

・古郎志は、前金で百万を受け取り、これ以上何もメリットがないのに男爵への挑戦に闘志を燃やした

・ルパンは
、何のメリットもないのに、巨大組織の力を使わず、命がけで男爵の挑戦を受けた

一般的に、何か重要な目的がなければ、命の危険を冒そうとは考えないだろう。だが、ルパンと古郎志は得るものも無い殺しの勝負自分から命をかけて挑む彼らの生き方は、明らかに常人の理解を超えているのである。

男爵とは違い、ルパンと古郎志は悪漢ながら一般的にも好ましい人間性の持ち主だ。

例えば古郎志は大金を躊躇なく突き返したり、依頼人ルパンの命をごく無造作に助けるなど、実直な人物だ。

また、ルパンは誘拐された女性たちを脱出させたり、古郎志に同情心を持ったりと、意外にも情深い一面がある

ところが、「殺しの挑戦」に関してのルパンと古郎志の姿勢はおよそ常軌を逸しており、ある意味の「狂気」をはらんでいるのだった。



(「同類」であるがゆえに、ルパンは古郎志を絶賛し、親愛の情を持ったのでは?)


桁外れの富と権力を持つ、巨大組織のボス・ルパン。
金も権力もない、一匹狼の殺し屋・古郎志。

裏社会での立場は正反対だが、2人は同じ「得るもの無き挑戦に命をかける」という常人の理解を超えた生き方をしている点で「同類」なのである。

「類は友を呼ぶ」――これがルパンと古郎志≒アニメ版五ェ門が「仲間になるためのロジック」だと推測される。

両者を「同類」と考えると、ルパンが古郎志を絶賛し、古郎志への情が断ち切れなかった理由も説明がつく。

ルパンが古郎志を「日本一の殺し屋」絶賛し、最後まで礼を尽くしたのは、古郎志がルパンと同じく挑戦そのものに命をかける人物だったからだ。

打倒男爵を誓った古郎志に、ルパンが目を丸くしたのは、古郎志が自分と同類であることに驚いたからであり、その時から、ルパンは古郎志を、名声ほしさの男爵とは全くの別人だと認識するようになったのではないか。

さらに、ルパンが古郎志に「かわいそうなやつ」と同情心を持ち、遂に彼を殺せなかった理由も明白だ。ルパンは自分と「同類」の古郎志に親愛の情が湧いてしまったのだ。


さらに、次項では「挑戦状」をめぐる描写から、「挑戦する者」としてのルパンと古郎志の関係を考えたい。

27項へ続く)

25項へ戻る)




*****以下、原作『ルパン三世』「サスペンス・ゾーン」のネタバレを含むので、未読の方は注意*****










(ルパンは古郎志に同情しながらも、結局見殺しにしたのか?)


ルパンと古郎志の「仲間になるためのロジック」をさぐるため、「サスペンス・ゾーン」でのルパン・男爵・古郎志の関係を考察している。

さて、前項では伏線5「ルパンが段々と古郎志に同情する」について検証した。

当初ルパンは古郎志を発作中の男爵としてしか見ていなかったが、古郎志が仕事を引き受けた時から、彼を独立した一人の人物として意識し、次第に同情を深めていく

だが、ラストで古郎志は悲惨な最後を迎える。


結局、男爵を倒すために、ルパンは古郎志を見殺しにしてしまったのだろうか?

また、ルパンの古郎志に対する「日本一の殺し屋」という絶賛は、「作戦に役立つ殺し屋」という揶揄に過ぎなかったのだろうか?

結論からいうと、
そうではない。

ルパンの古郎志への気持ちは、単なる同情を超えてしまう

そして、ルパンは古郎志の最期にあたって、「日本一の殺し屋」にふさわしい深い敬意を表するのである。

本項では、本編のクライマックスである男爵と古郎志の決闘場面を検証し、引き続き
伏線5「ルパンが段々と古郎志に同情する」について考察していきたい。




(挑戦状を受け取った男爵は、ボロ寺の門にトラップを仕掛ける)

「サスペンス・ゾーン」本編の続きである。

古郎志の挑戦状をアップで描いた次のコマから、場面は一気に男爵と古郎志の決闘に飛ぶ。

アジトであるボロ寺の庭で、男爵は古郎志の挑戦状を破り捨てていた。これもまた、自分(=古郎志)から送られた挑戦状を自分(=男爵)で破っているのだった。

男爵は懐中時計を見て、

男爵 「くるころだ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P99、双葉社、1968年)


と言う。

恐らく、古郎志の送った挑戦状は、対決する日時と場所が予告してあったのだろう。
男爵は古郎志の挑戦状について、つぶやく。

男爵 「挑戦状など…… キザな奴だ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P100、双葉社、1968年)


男爵は遠くに人影を見かけると、トランシーバーで部下に命じ、決闘の場であるボロ寺の門に殺人トラップを仕掛ける。


男爵  「この門をくぐったとたん あの世に直行だ」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P100、双葉社、1968年)


しかし、そこへ気配を消していたルパンが現われる。人影は古郎志ではなくルパンのものだったのだ。

男爵は突然現れたルパンに驚いてトランシーバーを落とし、壊してしまう。
男爵のトラップは、トランシーバーで指示するものだったため、トラップは解除不能になった。

間もなく男爵は赤い輪の発作を起こすが、男爵の異変は部下に伝わらなかった。



(ボロ寺の門をはさんだルパンと古郎志の会話)

しばらくして荒野の向こうから古郎志がやってくる。



ルパン 「きたな 古郎志先生


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)


このときのルパンは、顔に影がさし、目を光らせた異様な表情に描写されている。

古郎志は寺の門の前で立ち止まると、決闘の場所にルパンがいることをいぶかしみ、次のように尋ねる。



古郎志 「ルパンじゃねぇか 男爵はどこにいる
      お前の望みどおり 男爵を殺しにきたんだ」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)
※色変えは筆者による


このとき、ルパンと古郎志は、トラップの仕掛けられた寺の門を挟み、内側と外側で向かい合う形になっていた

ルパンは気配を消して男爵の指示を聞いていたため、門にトラップがあることを知っていた。

古郎志は門の前におり、門をくぐれば古郎志は死ぬ。

ルパンが「男爵は中にいるぜ」と言えば、あるいはその問いに答えなくても、古郎志は門をくぐって決闘の場所へ赴くだろう。

すべてはルパンの”望みどおり”に運んでいた。



(ルパンは土壇場で古郎志を殺せなかった!)


ところが、ルパンが古郎志に返したのは意外な答えだった。



ルパン 「出ていったよ……
      いまあんたがきた方向へな」



(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)



なんと、ルパンは古郎志を門の反対方向に誘導したのだ


作戦通り男爵を倒したいのなら、ルパンは古郎志にトラップを踏ませるよう導くはずだ。


ましてや、古郎志がトラップの反対方向へ行くような情報を与える必然性はない。

ルパンのこのセリフが何を物語っているかは明白だ。

あの冷徹なルパンが、土壇場で古郎志を殺せなくなってしまったのだ。

男爵を倒すためには古郎志の犠牲は絶対に避けられない。

それを百も承知で、ルパンは
古郎志を救おうしたのだ。




(しかし、古郎志は男爵を待つために門をくぐった)


男爵が出て言ったと聞いて、古郎志は怒る。


古郎志 
「逃げたのか くそ……!!」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)


気性の激しい古郎志ならば、逃げた男爵を追いかけて、来た道を逆戻りすることもあり得たろう。

ところが、古郎志の反応もまた、意外なものだった。


古郎志 「しかたねえ ここでしばらくまつか」


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P101、双葉社、1968年)


なんと、古郎志は決闘の場所で男爵を待つために、そのまま門をくぐってしまうのだ。

当然、男爵のトラップは発動する。


古郎志 「ひきょうな……男爵」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P102、双葉社、1968年)



こうして、ルパンの作戦通りの結末となった。




(古郎志の傍らにひざまずいて礼を尽くしたルパン)


倒れた古郎志のそばにルパンは身をかがめる。


ルパン 「ついに最後がきたな 古郎志先生」

古郎志 「おしえてくれ お前…… 男爵の正体を……」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P102、双葉社、1968年)



古郎志の求めに応じ、ルパンは静かに「男爵の正体」を告げる。

ルパンは目を伏せた無表情で、作戦が成功した喜びは全く感じられない

さらに、この時ルパンは古郎志の傍らにひざまずいている

立ったまま古郎志を見下ろさず、ルパンはわざわざ片膝を地面につけた

ルパンは古郎志の最期に礼義を尽くしたのである。

つまり、古郎志に対する「日本一の殺し屋」という絶賛は揶揄などではなく、ルパンの本心だったのだ。

ひざまずいて古郎志を看取るルパンは、廃洋館の庭でおどけながら自殺依頼をしたルパンとは、まるで別人のようだった。




(悲しい結末としての描写……無敵のルパンが初めて弱みを見せるエピソード)



前項で、「サスペンス・ゾーン」はルパンが男爵先生という敵を”ある作戦”で倒す話」と述べた。

同時に、このエピソードは、
「ルパンが古郎志先生という殺し屋を”ある作戦”のために利用しようとするが、情が移って殺せなくなってしまう話」でもある。

作戦は成功するが、決して痛快な結末としては描かれていない。

ルパンは助けようとした古郎志を失ってしまうのだ。

漫画アクションコミックス版以降、
最終コマには雑誌掲載時にはなかった古郎志の無念の顔が加筆され、結末の悲哀が強調されている。

「サスペンス・ゾーン」は、無敵のルパンが原作で初めて弱みを見せるエピソードなのである。




(なぜルパンは古郎志への情を絶てなかったのか?)


「サスペンス・ゾーン」に描かれたルパンの冷静さ周到さについては既に触れた。

そして、原作初期のルパンは
「不殺」とは程遠いことも触れておかねばならないだろう。

例えば、連載第1回では、自分の名を騙ったスパイを蜂の巣にしている(1967年8月10日号、双葉文庫1巻1話)

さらに、邪魔な殺し屋たちを無造作に射殺し、生き残った一人を利用して殺したこともある(「アかせて頂戴あいつのハナ‥」1967年8月31日号、1巻4話)

この時期の原作ルパンは、相手が悪漢ならば何の痛痒もなく殺すという、非常に冷酷な面がある。

現にルパンは、自分を狙う敵・男爵については、何のためらいもなく殺そうと考えていた。

そんなルパンが男爵のもう一つの人格とわかっていながら、古郎志を殺せなくなってしまうのだ。これ異例の事という他ない。


「サスペンス・ゾーン」の真の核心は、赤い輪で繋がれた2人の悪漢の一方に、ルパンが強く思い入れを持つということにある。

このように、主人公ルパンの心情が絡んでいるため、本作はルブランの「赤い輪」の剽窃ではなく、『ルパン三世』独自の物語として成立しているのだ。




(一体、ルパンはなぜ古郎志に強い思い入れをもったのか?)


一体なぜ、ルパンは古郎志という人物に、ここまでの思い入れを持ったのか?

次項では、男爵と比較しつつ、ルパンと古郎志の関係性をまとめていきたい。




26項へ続く)

24項へ戻る)


*****以下、原作『ルパン三世』「サスペンス・ゾーン」のネタバレを含むので、未読の方は注意*****










(ルパンはなぜ古郎志を「日本一の殺し屋」と絶賛したのか?)

前項より、「サスペンス・ゾーン」でのルパン・男爵・古郎志の関係を考察し、ルパンと古郎志の「仲間になるためのロジック」をさぐっている。

さて、前項では伏線4「ルパンが男爵と古郎志に正反対の評価を下す」で、ルパンが犯罪組織のボス・男爵を「ザコ」と蔑む一方、一匹狼の古郎志を「日本一の殺し屋」と絶賛していたことに触れた。

「サスペンス・ゾーン」は、原作『ルパン三世』で、ルパンが
超巨大組織(ルパン帝国)のボスだということが初めて明かされるエピソードである。世界中に10万の部下がいるルパンにとって、部下200人の男爵は明らかな「ザコ」なのだ。

ならば
、なぜルパンは一匹狼の古郎志を「日本一の殺し屋」と讃えたのだろうか?しかも、ルパンは古郎志の戦闘力を見てもいないのに褒めたたえたのだ。


それともルパンの賛辞は「男爵抹殺に最も役立つ殺し屋」という意味の揶揄なのだろうか?

そこで、本項では伏線5「ルパンが段々と古郎志に同情する」について考察する。




(伏線5…「かわいそうなやつ」…ルパンが段々と古郎志に同情する)


さて、ルパンは、古郎志を見て度々
「かわいそうなやつ」とつぶやく。

ルパンが古郎志への同情を露わにするこのセリフもまた、結末への重要な伏線だ。

初読の読者は、ルパンが古郎志を哀れむ理由がわからないが、結末を知ると、これが古郎志の末路を暗示するセリフだったことがわかるのだ。

ルパンは古郎志を「かわいそうなやつ」と言ったのは、次の2回である。

(1) 廃洋館の庭で、古郎志が男爵殺しを引き受けたとき

(2) 男爵の部屋で、古郎志が置いた挑戦状を見たとき



(トラップ攻撃への報復……ルパンが「相打ち作戦」を思いついた発端)

そのまえに、本編でのルパンと古郎志の関係をもう少し整理しておきたい。

「サスペンス・ゾーン」とは大まかに言うと、ルパンが男
爵という敵を”ある作戦”で倒す話である。その作戦とは、「殺人トラップ」「赤い輪の発作」を使って、男爵と古郎志と相打ちさせるというものだった。


この作戦を思いついた発端は、恐らく次の出来事だと推測される。

犯罪組織のボス・男爵がルパンに挑んできたため、ルパンは直接そのアジトに赴く。
その際、ルパンがタバコ爆弾で男爵の顔を焼いたため、怒った男爵はオペレーターを加勢させ、トラップでルパンを狙い撃ちする。

上半身丸焦げになったルパンは歌うように(手書きのセリフで、音符が添えてある)

ルパン 「アノヤロウ~ ヤッタネ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P91、双葉社、1968年)


とつぶやく。

ルパンはラストで告白しているが、このとき既に男爵の赤い輪が何かを知っていた。

そこでルパンは、一対一の対決にオペレーターを介入させた男爵への
報復として、男爵自身をトラップにかける作戦を思いついたものと推測される。



(男爵を倒すため、ルパンに利用された古郎志)

ルパンは古郎志に百万円を渡し、奇妙な「自殺依頼」の上で、男爵殺しを頼む。
そもそも発端はルパンと男爵の争いであり、ルパンは作戦のために古郎志を利用したことになる。

いや、正確にいえば、ルパンには古郎志という
「人物」利用している意識すら乏しかったのだろう。

なぜなら、古郎志は”赤い輪の発作中の男爵”だからである。



(一度目の「かわいそうなやつ」……廃洋館でのルパンの周到さと、心の変化

では、ルパンはどのように古郎志を「かわいそうなやつ」と言ったのか。

その一度目にあたる、廃洋館でのやりとりを今度は
ルパンの悪だくみに注目しながら見てみよう。

古郎志 「ルパンか?」
ルパン 「そッ」
古郎志 「おれに殺しをたのんだのもお前か……」
ルパン 「そッ」
古郎志 「たかいぜ殺し料」
ルパン 「百万円!!」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P88、双葉社、1968年)


眼光鋭い古郎志に、ルパンは異様なほどハイテンションで受け答えし、札束をポンと渡して、古郎志をびっくりさせる

続いて、満面の笑みで古郎志に自殺を依頼する

古郎志 「殺る相手は……そうなると相当の大物とみた」
ルパン 「なんの……ザコさ……」
古郎志 「ザコ……? だれだそいつは……」
ルパン 「あんただ!!」
古郎志 「俺は冗談のまったく通じねェ男だ……話はまじめにいこうぜ」
ルパン 「冗談? 俺は大まじめ……!!」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P88~P89、双葉社、1968年)


顔色を変え、幽鬼のような目でルパンをにらむ古郎志を、ルパンはまるで気にしていない。

自殺依頼をしているときのルパンは
、目を細めてニコニコと笑ったり、目を見開いて肩をすくめたり、ピエロのようにおどけている

だが、悪ふざけのようにしか聞こえないルパンの「自殺依頼」は、この仕事で古郎志が死ぬことを予告する、本当に恐ろしいものだった。

一方の古郎志は、ルパンの「俺は大まじめ」という言葉を真に受け、顔に手を当てて考えた末、

古郎志 「それじゃ この百万は 
      だれのものになるっていうんだ


(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P89、双葉社、1968年)


という単純なことしか思いつかず、ルパンを呆れさせる。



(赤い輪の病態を確かめるため、古郎志に質問を浴びせたルパン)


さらに、ルパンは古郎志にしつこく男爵のことを尋ね、古郎志を苛立たせる。


ルパン 「最近のしあがってきた 
      新興ヤクザ 男爵先生を知ってるかね
古郎志 「あー
      ヤクザの世界を牛耳ろうという奴だな……
      名前はきいたことがある」
ルパン 「なるほどおそろしい病気だ…
古郎志 「病気?!」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P90、双葉社、1968年)



ルパンは男爵について古郎志に聞くことで、完全な別人格に変わっていることを確かめていた。

つまり、この時のルパンにとって、古郎志は”正気を失った男爵”でしかなかったのだ。

それは、ルパンが不愉快そうな古郎志に全く構わず、一方的に会話を進める様子に良く表れている。



(陽気な仮面の下に隠された、冷徹周到なルパン)

法外な報酬で誘い、悪ふざけと見せかけて死の予告をし、赤い輪の実態を確認する。

このように、ルパンは
お調子者の依頼人を装い、作戦のための段取りを着々と進めていた。

陽気で軽薄なのは人を欺く演技で、その裏では冷徹な計算をしているルパンの周到さがよくわかる。

一方の古郎志眼光鋭い強面の刺客だが、決して頭が切れるほうではない。

ルパンとは対照的に、やりとりの中で垣間見える古郎志の素顔は、ルパンも少々あきれるほど単純素朴だ。


古郎志と比較すると、ルパンという悪漢の油断のならない恐ろしさがよくわかる。



(男爵殺しを引き受けた古郎志を見て、ルパンは彼に同情する)


ところが、前項でも触れたとおり、あるときからルパンの態度に変化が現われる。

古郎志はルパンの態度に遂に激昂し、報酬をつき返して帰ろうとする。そこで、ルパンは古郎志に標的の名を告げる。

ルパン 「OK OK わかったよ 
      用件をいおう……
      男爵先生を殺してほしいんだ」

古郎志 「男爵 
      ザコどころか大物じゃねェか
      これでこの百万が有効になるわけだ!
      明日ここでまっていな……
      やつの首をひっさげてくるさ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P91、双葉社、1968年)



先ほどの怒りはどこへやら、古郎志はたちまち機嫌を直し、報酬の百万円をおさめる。

打倒男爵を誓いながら、風の吹く荒野へと去っていく古郎志。

その段々と小さくなる後ろ姿を見送ったルパンは、目を丸くしてつぶやく。

ルパン 「かわいそうなやつ」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P91、双葉社、1968年)




(古郎志を「一人の人物」として見るようになったルパン)


これは、ルパンが一人になった時の言動だ。よって、これは演技ではなく、ぽろりと
ルパンの本心が漏れたものと考えられる。

計画通り進んだのだから、本来ならルパンは
ほくそ笑むはずだ。

しかし、ルパンは何かに驚いて目を丸くし、古郎志の末路を哀れむのである。

ルパンは、古郎志のあまりの単純さに驚いたのだろうか。

それとも、前項で述べたように、古郎志が「日本一の殺し屋」と呼ぶにふさわしい人物と気付き、驚いたのだろうか。

いずれにせよ、男爵を殺すことに何の躊躇もなかったルパンが、古郎志に対して同情心を持ったことだけは確かだ。

当初ルパンは古郎志を”
正気を失った男爵”としか見ていなかったが、なぜか途中から古郎志を、「独立した人物」として強く意識するようになったのである。



(古郎志に助けられたルパンだが……ルパンの冷静さ)


続いてルパンは、再び一人で男爵のアジトに乗り込み、女性たちを解放する。男爵と対決したルパンはトラップで拘束されるが、男爵が赤い輪の発作を起こしたため、命拾いする。

ルパンは見張り役を挑発し、自分の部下になるように誘うが、それ
は敵の注意をそらすための作戦だった。いつのまにか背後に忍び寄っていた古郎志に、見張り役は刺殺されてしまうのである。

ここで、古郎志に助けられた時のルパンの反応についてまとめておこう。


見張り役を殺した古郎志は、拘束されたルパンの背後にまわり、ピストルを出す。

だが、ルパンは目を見開いた表情で古郎志を見ており、ルパンが警戒を解いていないことを物語っている。

見張り役は死んだが、まだルパンは拘束された状態で、古郎志はピストルを持っているからだ。

もし既に報酬を得た古郎志が裏切ったり、男爵としての意識があったりすれば、ルパンを簡単に殺すことできる。

ルパンは古郎志が助けてくれたことに安堵せず、状況を客観視して警戒をゆるめずにいた。この描写で、ルパンが極めて冷静な男であることがわかる

そして、この場面での古郎志
は、男爵だった時に自分で見張りを命じた子分を刺し殺し、自分で拘束したルパンを自分で解放するという異常な行動をとっていた。

このときルパンは
「別人格だった時の行動を完全に忘れてしまう」という赤い輪の性質をじっと観察していたものと推測される。



古郎志の「挑戦状」が、ルパンの心を再び揺さぶった)


さて、ルパンの拘束を解いた古郎志は、男爵がいないことを知ると、挑戦状を机の上に置く。

古郎志 「挑戦状をおいておく」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P99、双葉社、1968年)


その仰々しい
戦状を見たとき、ルパンははっきりと顔を曇らせ、また同情の言葉をつぶやく。

ルパン 「かわいそうな奴」

(引用元:『漫画アクションコミックス ルパン三世』第1集P99、双葉社、1968年)


挑戦状を見たルパンは、廃洋館で最初に古郎志に同情した時よりも、ずっと暗い表情をしている。

ルパンはそれまで古郎志の異常な行動冷静に観察し、助けられた時すら警戒を怠らなかった。

それにもかかわらず、挑戦状を見た時、ルパンはなぜか動揺してしまったのだ



(ズームアップされた「挑戦状」……ルパンの心情との深い関わりを示唆)

注目したいのが、本編で挑戦状が強調されて描かれていることだ。

漫画アクションコミックスP99(双葉文庫1巻P99に相当)の描写を見てみよう。

1コマ目に、古郎志の置いた挑戦状はロングの構図で描かれている。

ここでは机に挑戦状を置き終えた古郎志の後ろ姿と、その挑戦状を見るルパンの後ろ姿が描かれ、全体の位置関係が示されている。

2コマ目には、ルパンの曇った表情「かわいそうな奴」というセリフ。

3コマ目には、机の上の挑戦状だけがズームアップで描かれている。

このようなズームアップの手法は、対象物を強調するものである。

つまり、原作でのこの描写は「挑戦状」こそがルパンの心情と深く関わるカギだと、読者に強く示唆しているのである。





(同情の行方……ルパンは古郎志を見殺しにしたのか?


最初ルパンは古郎志
を”発作中の男爵”としてしか見ておらず、何の躊躇もなく作戦に利用するつもりだった。

しかし、廃洋館での会話を境に、ルパンは古郎志を一人の独立した人物として意識し、同情の気持ちを持つようになる。さらに、古郎志の挑戦状を見てルパンの同情は深まる

だが、ラストで古郎志は無残な末路を辿る。

もともと古郎志は男爵のもう一つの人格なので、男爵とともに死んでもらうしかなかったのだ。

結局、ルパンは同情しつつも古郎志を見殺しにしたのだろうか?

そして、ルパンの「日本一の殺し屋」という言葉は、「作戦に役立つ殺し屋」」という揶揄でしかなかったのだろうか?

次項では、引き続き本編のクライマックスである男爵と古郎志の決闘を検証したい。



25項へ続く)

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