回は、一般治療(タイミング法や人工授精)での排卵誘発について解説したいと思います。

一般不妊治療で排卵誘発(正確には卵巣を刺激して卵胞を発育させることですが広く使われている排卵誘発という言葉を使用します)を必要とする場合とはどういう場合でしょうか。

まずは自力で卵胞発育がない、またはたまにしか育たない、または育つのに日数がかかりすぎるといった、排卵障害の患者さん。この方たちは妊娠するためには排卵誘発が必要なことは分かりやすいですね。

必要性が分かりにくいのは、自力で普通に排卵していると考えられる方です。この方たちは排卵誘発しなくても排卵できるし、自然妊娠するかもしれないのに、なぜ誘発が必要なのか。一つには、それが普通の不妊治療の方法だからです。自力で排卵する人でも、結果的に妊娠に至っていないなら、次のステップとして行うことはこれしかないからです。

その場合、人工授精をするかどうかはまた別の問題です。自然の排卵に合わせて人工授精する場合もあるし、排卵誘発してする場合もあります。そしてその次のステップとしては、体外受精などのARTしかないのです。ですから、自然排卵周期でのタイミング治療で妊娠出来ない場合は、次のステップは誘発周期でのタイミングということになります。

排卵誘発すると卵胞が複数育つ場合もあるし、自然周期と同じように1個だけの場合もあります。しかしたとえ1個だけだったとしても、女性ホルモンなどのホルモンの量が増える傾向があります。数が増える可能性があることと、ホルモン的な環境が変わることが排卵誘発と自然周期の違いです。それだけのことで妊娠できれば、それに越したことはありませんので、試みてみる価値が十分にあるということになります。

もう一つのケースは、自力で排卵はするが、いつも子宮内膜が薄すぎるという方です。内膜を厚くする最も良い方法は排卵誘発の注射を打つことです(内服薬は逆に内膜が厚くなりにくい傾向にあります)。内膜を厚くするエストロゲンという薬もありますが、これを単独で使用すると排卵しません。ですからエストロゲンの薬を使う場合は必ず排卵誘発もしなければならないのです(ARTでの凍結胚移植などのように、すでに移植する胚があり、排卵する必要がない場合はエストロゲンを単独で使用します)。

以上が、どういう場合に排卵誘発が必要かという解説でした。次に具体的な排卵誘発の方法について解説します。

まず最も一般的な方法は、クロミフェン(セロフェン、クロミッドなど)という内服薬を使用する方法です。1日1錠か2錠を5日間ぐらい使うのが最も一般的です。この薬による副作用はほとんどありませんが、たまに目が見えにくい、頭が痛くなるなどの症状があり、このような症状が強く出る場合は使用を中止します。中止すればすぐに直りますし、症状が弱ければそのうち慣れてしまうこともあります。この薬による双子以上の多胎妊娠の可能性は妊娠した人の3%程度です。言い換えれば97%は一人ということです。自然妊娠による双胎の確率は1%ぐらいなのでそれよりも少し高くなる程度です。一方、hMG(FSH)という注射による排卵誘発では、上手にコントロールしなければ、双胎の確率は20%近くにはねあがります。

クロミフェンの良い点は、長い歴史があり安全性が確立しており、排卵誘発効果が安定していて使いやすいことです。すぐに妊娠出来る場合もあり、まず一度使ってみて損はない薬です。良くない点は、全員ではないですが、子宮内膜が薄くなる人がいる、子宮の出口の頸管粘液が少なくなるので人工授精が必要になる場合があるということです。これを解決するためには先に述べましたように注射による排卵誘発に切り替えなくてはなりません。

クロミフェンを飲むと、自分の体の中のFSHというホルモンが多めに作られて、そのFSHが卵巣を刺激するという仕組みです。つまり最終的に卵巣を刺激するのは結局は自分のホルモンである、という点が注射による排卵誘発との決定的な違いです。自分で作ることのできる量以上のFSHは作られないので、過剰になることがなく、刺激としては弱い刺激となります。注射は自分のFSHではない他者のFSHそのものを外部から入れるので、いくらでも強い刺激が可能となります。

セキソビットという内服の排卵誘発剤もあります。これはクロミフェンよりも弱い薬です。そのためクロミフェンが1日1-2錠のところ、セキソビットなら3-6錠必要となります。クロミフェンよりも弱いと言うことは副作用も弱いということで、内膜が薄くなりにくいという利点があります。

メトホルミンという糖尿病の薬にも排卵誘発効果があります。安全な薬ですが、保険で使用できないというのが欠点です。糖尿病やそれに近い体質の人、肥満の人、通常の排卵誘発では効果のない人などに有効な場合があります。

フェマーラという抗がん剤にも排卵誘発効果がありますが(1)保険で使用できない(2)学会が使用することを推奨していない(3)新生児に奇形が発生したことを契機に製薬メーカー自身が「不妊治療で使用してはいけない」という正式な通達を出し、いまだにそれを撤回していないこと、を理由に当院では使用致しません。

次に注射による排卵誘発の説明ですが、これはすでにいくつかのポイントをすでに述べました。追加の説明としては、その問題点ですが、まずなんと言ってもすでに述べましたように、複数排卵することによる(1)双胎以上の多胎妊娠の確率が上がること(2)卵巣過剰刺激症候群になる可能性があること、です。

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)とは、たくさんの卵胞が作られて排卵することで、卵巣のサイズが大きくなってお腹を圧迫して痛みが出たり、エストロゲンというホルモンが過剰に作られ、その作用でお腹に腹水がたまって圧迫したり、血液中の水分が腹水に使われるため血液が濃くなって、重症の場合には血栓症などの危険な病気を発症する可能性がでてくるという状態です。

しかし当院などの不妊治療の専門病院で、常識的な治療をする限り、OHSSを発症することはありませんし、万が一発症してもすぐに適切な治療をすれば治ります。当院では重症のOHSSになった人は一人もいません。どうしてかと言いますと、OHSSになるような排卵誘発をしないからです。通常は排卵誘発の注射を打ってもOHSSにはなりません。そうではなくて、過剰な注射を打つと、なりやすい人はなる、ということなのです。過剰な注射と、なりやすい体質のこの二つがそろわないとならないのです。過剰な注射は打たない、または、なりやすい体質の人には少ししか打たない、そうすればOHSSは100%防ぐことができます。

OHSSは防ぐことができますが、しかし、多胎妊娠を100%防ぐことは難しいです。たまに「私は双子が希望なのでお願いします」とおっしゃる患者さんがいますが、そういう場合に私は、双子が如何に危険かを説明します。妊娠すればよいとうことではありません。できれば健康な子供を産みたい、と思うものです。双子を育てるのは確かに大変な苦労ですが、それよりも無事に生むことのほうがもっと大変なのかもしれません。ですから母子ともになるべくリスクの少ないお産を目指すべきです。人間は一人産むのもぎりぎりの体なのです。ましてや二人なら母胎と胎児にどれほどのリスクがかかるかということです。とは言うものの、ちょっとおどかしすぎましたが、現代日本の医療技術の元では双子は健康に生まれてくることが圧倒的に多いです。しかし、三つ子となるとそうはいきません。努力した結果双子になった、というのは仕方がないです。がんばって産んでくださいということになります。しかし三つ子なら、もしかしたら中絶しなければならなくなるかもしれません。これではまさに本末転倒で、絶対に避けなくてはなりません。

多胎妊娠を防ぐ最も確実な方法は、意外にも、体外受精です。つまり体外受精は、一般治療の副作用を避けるために行われることもある、ということなのです。なんと、体外受精の方が、一般治療よりも副作用が少なく、安全である、と言っても過言ではないのです。体外受精での多胎妊娠の問題はほぼ克服されました。移植個数を1個か2個に限定する厳しい基準が作られたからです。しかし一般不妊治療での排卵誘発による多胎妊娠の問題はまだ解決されていません。でもまあ、それはさておき、なぜなら今回は体外受精の話ではなく一般治療の話なのですから。

ではどのように注射による排卵誘発をすればよいか、ということですが、二つ方法があります。簡単に申しますと、一つは、1日か2日おきぐらいに注射を打つ方法。これはそれぐらいの頻度で通える人なら可能で、費用も安いです。一般的な方法であり、当院では多くの人がこの方法で行います。

もう一つは、1回に打つ量を少なくして毎日打つ方法。内服薬や、1日おきに注射を打つ方法では卵胞が育たない人はこの方法で行います。安全性が高く、排卵誘発効果も高く、妊娠率も高いです。毎日打つためには自己注射がよいです。説明を受ければ誰でも簡単に行うことができます。一般治療による自己注射は保険適用にできる注射薬がありますので、前者と比べて費用は高いですが、自費の注射ほどではありません。また自己注射用に開発された専用の注射(フォリスチムやゴナールエフ)を使用しますので、針が極端に細く、痛みや出血がほとんどないことも利点です。

そのような方法でも、たくさんの卵胞が育ってしまって、多胎妊娠や卵巣過剰刺激の危険性が出てきた場合はどうすればよいのでしょうか。まずは、排卵可能な卵胞の数ですが、1個か2個が理想ですが、3個までなら三つ子以上の確率がほとんどありませんので問題ないと考えられます。問題は、排卵可能な卵胞が4個以上の場合です。対処の方法は4つあります。

1)そのまま妊娠を目指す。
危険な方法です。これは4個ぐらいまでで、今までの治療歴から考えていきなりの多胎妊娠の可能性がほとんどないと考えられる場合で、患者さんがどうしても、という場合に行います。

2)避妊する。
最も安全で安価な方法です。注射を中止すればほとんどOHSSにもなりませんし、当然妊娠もしません。しかしせっかく排卵誘発の注射をしたことが無駄になってしまうのが残念です。

3)緊急体外受精に切り替える。
安全で妊娠率も高い方法です。通常の体外受精では2ヶ月前から念入りに準備を開始して行いますが、危険を避けるためにはやむを得ないので、急遽行う場合があります。問題は、急に体外受精の決断をしなければならないことと、通常の体外受精の費用(23万円以上)がかかるということです。

4)卵胞穿刺法を行う。
私が発明し、日本産科婦人科学会で発表した方法です。体外受精の時の採卵のように、卵胞を針で刺して中の卵胞液を抜きます。たとえば左右で6個の排卵可能な卵胞ができてしまったとしたら、左右に1個ずつの卵胞を残して残りの4個を穿刺します。そうすると排卵可能な卵胞は2個となり、妊娠した場合は双子までの妊娠にとどまります。すぐに行うことができて、2分程度で終了します。痛みは注射と同じくらい。吸引した卵胞液は体外受精をするわけではないので捨てます。費用は2万円ほどですみますので体外受精ほど高くはありません。

いずれにせよ、内服や注射による排卵誘発でのタイミング指導や人工授精は、自然妊娠が難しい人の次のステップとして有効な方法です。当院のような不妊治療施設で、正しく行えば、副作用もほとんどありませんのでご心配なく。