日はタイミングについて考えてみましょう。

 不妊治療において「タイミングを合わせる」という言葉は「妊娠しやすいタイミングで性交する」という意味で使われます。「タイミングを合わせてくださいね」は「セックスしてくださいね」という意味になります。タイミングとはうまい言葉を思いついたものです。「夫婦生活をしてください」という言葉もよく使いますが、それよりもさらに生々しくないですね。

 では妊娠しやすいタイミングというのはいつなのでしょう。排卵した時だ、というのは正解です。しかし正確に排卵の瞬間を捉えるのはきわめて難しいし、そんなことは知る必要もない。なぜならば、精子というものは受精可能な状態をキープしたまま女性の体内で数日間、少なく見積もっても3日間は確実に生きているからです。また卵子というものは排卵されてから1日ぐらいは受精可能だからです。そうなると妊娠可能なタイミングというのは、少なく見積もっても排卵日の3日前から排卵日の1日後まで、ということになります。

 しかし、より妊娠しやすいタイミングを見つけたいというのも人情です。そのために基礎体温をつけたり、排卵検査薬を使ったり、もっと確実なのはホルモンの採血をしたり、超音波検査をするのです。そういった複数の情報を積み重ねれば精度の高い排卵予測が可能になるのです。それが「タイミング指導」という治療です。

 でもそういった検査をしても先に述べたように正確な排卵の瞬間をつかむことは難しいし、正確に知る必要もなく、だいたいでよいのです。排卵日と思われる日の3日前から1日後に入っていればタイミングを合わせる価値は大いにあるということなのです。当院では、だから、排卵前であっても排卵後であってもその範囲に入っていると考えられるときには予定された人工授精はキャンセルしません。

 ちょっと話が逸れますが重要なことなので寄り道します。

 そもそも、排卵という言葉には少し嘘が含まれています。超音波で見ているのは実は、卵子ではなく、卵子の入っているはずの袋、つまり卵胞なのです。だから「卵胞」があるとかないとかは分かるのですが「卵子」があるかどうかは分からないのです。

「えっ? 卵胞を見てるってことは卵子を見てるってことじゃないの?」って、思われる方もいらっしゃるでしょうね。ええ、違うんですよ。違うってことは「体外受精」をしている医者なら知っていることです。どういうことかというと、体外受精をすると、卵子が入ってない空っぽの卵胞がときどきあるということに気づくのです。それを「空胞」と呼んでます。

 良い大きさの卵胞があって、ホルモンも問題なく、たとえばそれがその日に排卵するとして、タイミングを合わせたとしても妊娠しなかった時、その理由としていろいろなものが考えられますが、その理由の一つとして、「卵子が入ってなかった」ということもあり得るということなのです。現代科学の精度の限界のため、卵胞の中に卵子が入っているかどうかは「実際に体外受精で採卵してみないことには分からない」のです。

 とは言うものの、良いサイズの卵胞は、空胞である可能性の方が低いわけで、それほど心配することはありません。ちゃんとタイミングを合わせていけばよいのです。そしてそれでも妊娠しないなら、ステップアップして、排卵誘発剤を使ったり、人工授精をしたり、それでもだめならやっと体外受精を考える。そういう手順を踏んでいけばよいのです。