礎体温に関係する質問をよくされます。例えば次のようなものです。

Q1)排卵日と思う日に体温が下がらなかったので排卵していませんか?
Q2)排卵日の後すぐに高温期にならないので排卵していませんか?
Q3)高温期になっていないので妊娠していませんか?
Q4)いつも体温が低いので妊娠しにくいですか?
Q5)基礎体温がはっきりした二相性ではないので妊娠しにくいですか?
Q6)夏は暑いので妊娠しやすく、冬は寒いので妊娠しにくいですか?
Q7)夏は冷房するので妊娠しにくく、冬は暖房するので妊娠しやすいですか?

以上の質問の答えはいずれも「No」です。ではその解説を、患者役のQさんと医者役のAさんの会話でご説明いたしましょう。

 先生、今は夏で暑いので体温も高くなります。だから妊娠しやすいのですよね? 冬は寒いので妊娠しにくいんですよね?
 そんなことはありません。季節による妊娠率の差はありません。周りをごらんになっても友達の誕生日が、ある季節に偏っているという印象はないでしょ?
 そう言われればそうですね。でもテレビで脳科学者という人が「夏になると妊娠する人が多い」って言ってましたよ。
 ははは。それはですね「夏になると開放的な気分になる。海に行けば水着で魅惑的な男女が集まる。そこで恋が芽生える。それでセックスをして妊娠する」と、そういうことを言っているのです。不妊症の話とは何の関係もありません。そもそもその話に登場する男女は二十歳前後の妊娠しやすい人たちの話ですしね。
 じゃあ逆に「夏は冷房するから体が冷えて妊娠しにくくなり、冬は暖房するから体が温まるので妊娠しやすい」というのも間違いなんですね。
 はい。そもそも人間は「恒温動物」で、外気温によって体内の温度はほとんど変わらない生き物です。ヘビや魚のように変温動物じゃないですからね。それに、人間はネコと違って発情期ってものがなく、一年中発情しているような生き物なのです。
 そうか、一年中発情しているんですよね。それは他の動物と違って人間が妊娠しにくいから、妊娠の機会を増やすためなのでしょうか。
 そうかもしれませんね。

 私は基礎体温を付けているのですが、体温が低いのです。それで妊娠できないのでしょうか?
 まず、体温が低いかどうかですが、他の人と比べることにあまり意味はありません。平熱が高い人も低い人もいます。分かりやすい例を挙げますと、白人って体温が高いんですよ。夏になると冷房をガンガンにかけて日本人には寒くてたまりません。冬になっても平気でティーシャツと短パンで歩いていますしね。でもね、白人と日本人で妊娠率って変わらないんですよ。
 あ、なるほど。ということは、平熱が低い人も高い人も妊娠のしやすさは変わらないのですね。じゃあどうして基礎体温が低いとか高いとかを調べるのですか?
 一周期付け終わった後の全体の傾向を見るためです。体温が低いとか高いとかをピンポイントで見るのではなく、なんとなく二相性になっているかどうかとか、このあたりが排卵のようだったといった、その人なりのパターンを見るのです。
 でも低温期からガクンと下がった日が排卵日なんですよね?
 「低温期から下がり、そこから少し上がりかけて、その後高温期になっていく、そのどこかで排卵をする」と、言われています。典型的にはそうなのですが、そうとばかりも限りません。むしろ基礎体温がそのように変化しないことの方が多く、また低温期に排卵していたり、高温期になってから排卵することも珍しくありません。
 じゃあどこでタイミングを合わせればいいのか分からないんですが…
 妊娠しやすいタイミングというのは排卵日周辺です。周辺というのは排卵前3日ぐらいから排卵後1日ぐらいの間です。それぐらいの余裕があるので、だいたい合っていれば良いのです。それに、夫婦生活の回数は1回よりも2回、2回よりも3回の方が妊娠しやすいので「この日しかチャンスがない」と思うよりも、だいたいこの日ぐらいだろうという範囲で、できれば何回かタイミングを合わせる方がよいでしょう。

 排卵してもすぐに高温期にならないのですが大丈夫でしょうか?
 大丈夫ですよ。そもそもなぜ高温期になるかということを考えてみましょう。卵子の入っている袋、卵胞の中には、エストロゲン(卵胞ホルモン)という女性ホルモンとプロゲステロン(黄体ホルモン)という女性ホルモンが入っています。エストロゲンは排卵日まで増え続けて排卵後は減ります。一方プロゲステロンは排卵するまではほとんど作られませんが、排卵してから徐々に増えていきます。このプロゲステロンの作用の一つが体温上昇作用です。徐々に増えていく方が普通ですので、体温は徐々に上がっていくことの方が多いです。
 なるほど、すぐに高温期にならなくてもよいのですね。でも、高温期になるのはプロゲステロンが作られている証拠、そして排卵している証拠なのですよね?
 そうです。しかしやっかいなことに、排卵しなくてもプロゲステロンが作られて高温期になる場合もあるのです。たとえば、黄体化未破裂卵胞というものがあります。排卵、つまり卵胞が破れてその中の卵子が飛び出すこと、が起きずに、卵子が卵胞の中に留まったまま、プロゲステロンだけが作られて、基礎体温上は排卵しているように見える現象です。これは超音波検査をしなくては分からない、排卵障害の一種です。また、体温上昇作用は確かにプロゲステロンの作用の一つなのですが、体温を上昇させているのは、プロゲステロン自身でもなく、子宮でもなく、卵巣でもないのです。プロゲステロンの作用を受けた脳の体温センサーが体温を上昇させているのです。
 そうですか。ではやはり体温が上昇することが妊娠に必要なのですね?
 それがそうでもないんです。低温期のまま妊娠することもあります。
 ええっ! そんなことがあるのですか?
 はい。よくあります。例えば代表的な体外受精の方法の一つに、ホルモン剤を補充して子宮内膜を妊娠し易いようにした上で、あらかじめ凍結しておいた受精卵(胚)を解凍して子宮に移植する方法があります。この時に使う黄体ホルモン剤にデュファストンという薬があります。これは妊娠しやすくしたり、流産しにくくする薬ですが、体温上昇作用がありません。そのためこの方法で妊娠した人は高温期にならないまま妊娠することが多いのです。

 結論として、基礎体温は付けた方がいいのか付けなくてもいいのかどっちなのでしょう。
 やはり付けた方がいい。それは簡単で費用がかからない検査だからです。病院に通院していない患者さんにとっては、排卵などの予測の方法として、確実ではないけれども安くて参考になる方法ですし、通院している患者さんの場合は、患者さん自身のためになるだけでなく、診察する医者にとって参考になるデータなのです。基礎体温を測っていることで他の検査を省略することができる場合もあるかもしれません。でも基礎体温を付けることが精神的なストレスになってしまうような方は、無理して付けることはないと思います。
 付けた方がいいけど無理して付けるほどでもないということですね。
 そういうことです。それに必ず毎日付けなくては意味がないというものでもないです。飛び飛びになっていても、全く付けないよりは役に立ちますから、できるときにやって頂けば助かります。
 はーい、わかりました。先生、今日はたくさん文字のあるブログを書いてくださってありがとうございました。
 どういたしまして。楽しかったです。ではまた別のQ&Aでお会いしましょう。