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ジュニアサッカー奮闘記

息子たちのサッカー奮闘記


今プロでやっている選手はなるべくしてなったんだな、と最近思います。

技術もあり、サッカーの頭もあり、自分の芯もある。


私達親は技術とらわれがちですが、一番大事なのは芯があること。
その次に頭が来て技術。

サッカーが好きならボールを触るので、ある程度の技術は身につく。
サッカー脳も、どうすれば勝てるかなど前向きに考えてプレーすれば身につく。
好きなことをやりたいという気持ちがあれば芯は太くなる。

この3つのうち1つでも欠けていればプロにはなれない。

でも技術はなんとかなる。
技術がなくても頭と芯でカバーできるが、頭や芯がなければ、その無いものを技術でカバーすることはできない。


私達親は、この技術を教えるよりも、サッカー脳を養うよりも、まずしないといけないのは芯を持たせること。


でも残念ながら、芯をダメにしているのは親やコーチだったりする。サッカー脳もそう。


頭ごなしに指示したり、プレーを怒ったり。
そんな些細な事で「サッカーがうまくなりたい」から「指示を聞かないと、怒られないようにしないと」に変わってしまい、サッカーを考えず芯もなくなってしまう。



ウチのコは、暇さえあればサッカーのことを考えている。小学3年生なのに買い物に一緒に行くかと聞いても絶対に一緒に行かない。一人でも公園でサッカーボールで遊んでいる。夕方は家でTVを見ているとおもいきや録画したリーガの試合を見ながらボールを転がしている。平日は朝6時の暗いうちから朝練を毎日している。続けて一年ほどだが、雨の日も雪の日も毎日やっている。


芯があることは確か。
技術も毎日の朝練等でついてきている。
頭も自分の考えをサッカーノートで整理して書くことで落とし込めているよう。


あとは親は見守るだけ。

プレー内容を聞き、賞賛し、プレーの代替案を提案をする。

それでもかかわり過ぎだと思うが。。。



自立させようとあまり言わないようにしだしてから、それを察してか自分で考えて行動するようになった。でもまだうまく行かないことが多くその苛立ちを親にぶつけてくる。そこで親がなんて返すか。無関心でもいけないし、上から怒鳴ってもいけない。この辺りの塩梅が難しい。


JY、ユースとサッカーをうまくさせたいのなら、まずは子育てをきちんとすること。
その延長にサッカーをうまくさせることがあると思います。

ジュニア時代だけうまいのでいいのであれば別ですが。

ここに来てやっと理解することができました。
というか、ウチのコが私達親の想定を超えてしまいました。


子供は計り知れない力を持っています。
子供は計り知れない可能性を持っています。

それをダメにしようとしているのは親でした。


おもいっきり羽ばたこうとしているのに、その羽根をもぎ取ったりしがみついたりして離さず、それなのに足元には剣山を置いていたり。。。


サッカーを始めた頃は、ほんとうに楽しくて楽しくて、親がちょっとコツを教えてあげればどんどんできるようになって。
次第にそれを見て、こいつ行けるんじゃ・・・と思うようになり、個人練習をどんどんやってどんどん厳しくして。。。


ある程度まではそれでいいのかも知れません。

でも、気持ちさえあれば子供はそれ以上に羽ばたこうとします。


勘違いしたくないのは、その気持を維持させるのは親ではなく子ども自身だということです。


そもそも、サッカーは考えないとプレーできません。
考えることは簡単ではありません。
日々の生活から考えることを行わないと、サッカーでも考えることはできません。

ウチのコはサッカー中はほぼ声を出しません。
これは声を出せないのかもしれませんし、出さなくてもいいから出さないのかもしれません。

何れにせよ、これまでウチのコの性格だと思っていました。

ですが、良く良く考えてみると、自分の思っていることを口に出さなくても、周りの人たちである私達親が先回りをして色々とやっていることに気づきました。

それは本当に些細な事です。些細な事ですがやっていることに変わりはありませんしそれを繰り返すと些細ではなくなります。



子どもの考える力は大人が思っている以上にあります。

ですが、親の私達が色々と「あれやったの、これやったの、あれやりなさい、これやりなさい」などと、子供が考える前に先回りをして言ってしまいます。

サッカーで「こういう動きをしろ」等と言ってしまうと考えられなくなるのでダメだ、という話はよく耳にしますが、それ以前に私達親がサッカー以外で関わる日常生活における【考えさせなくしてしまってる言葉・行動】を変えない限り、サッカーの上達には限りがあり、せいぜいジュニアやJYレベルで終わってしまうんだと思います。


私もなかなかこの事には気づきませんでした。教職過程を修了していても気づきませんでした。
気付いても本当にそれがいいのか、子供にとやかく言わないと道がずれていくんじゃないか。そんなことも思いなかなか理解ができませんでした。



親は子供の夢を叶えてあげたい、と思います。
次第にそれが子供の夢じゃなく、親の夢になってしまっているというのもよく言われます。そんないろんなことに気をつけて、夢をサポートする側に徹しているだけだと思っていても、それがサポートではなくなっている事がよくあるんだと思います。


子どもたちは十分自分で考えることができるのに、まだ子供だからと親がやってしまう。


サッカーの練習の送り迎えの車の中でこんなこと話していませんか?
「帰ったら宿題やりなよ」
「明日も朝練やるんでしょ。さっさとしてさっさと寝なよ」
「今何時かわかってんの。明日試合でしょ。寝なさい」
「早く起きなさい。今日は試合でしょ」
「宿題やったの。やりなさい」
「今日のプレーなにあれ? もっと積極的に行かないとだめじゃん」


子供が考える前に全部言ってしまっています。

サッカーがうまくなるには、普段から考えることができる環境を整えてあげることが一番の近道で、それは「見守る」ことなのかもしれません。

全てにおいて見守り、悩んでいれば相談に乗りアドバイスをする。


そうすることにより、親にも子にも変なプレッシャーがかかることなく日常を過ごすことができ、さらに良い環境となります。



至極簡単な事ですがなかなか出来ませんし、重要であることに気づきません。
ウチのコも道半ばでどうなるかわかりませんし、言いたいなと思うことはたくさんあったりしますが、考えること1つ奪うことになるので言いません。


気付いて一週間ほどですが、こんな短期間でも大きな変化がたくさんありました。



毎日変化があり、毎日気付きがある、と思い、日々綴ってきたこのブログですが、だんだんと技術より気持ちのほうが大切だということに気付き、さらにそれよりも親の子供への接し方が重要であることに気付き、日々綴れる内容が少なくなってきました。

子供はサッカーに対して、技術がないと当然ダメですが、気持ちもないとダメです。知識もなくてはいけません。
私はウチのお兄ちゃんが6年生で弟が3年生の冬に、3年生の弟に気付かされました。
人それぞれですが、技術を身につけ、知識を身につけ、子供にとっては遅いですがやっと親も気付くことが出来ました。


いま、ウチのコたちは自分の判断で、自分の思う方向に、自分の力で向かおうとしています。

今後はこの子たちを見守ってあげたいと思います。
今年は受けていませんが、現在まっただ中という子もたくさんいると思います。
そのセレクションについて言いたいことが一つあります。



それは、結果をフィードバックしてください、ということです。



就職面接等もフィードバックなんてものはありませんが、それは大人ですので自分で考える必要があると思います。

ですが、小学生でさらに正解がないものに対して、何らフィードバックがないというのはどういうことなんでしょうか。

1次や2次なら周りと比べればわかるので無くても良いかとは思いますが、最終などであれば何故合格したのか、何故合格しなかったのかをフィードバックするべきだと思います。

これは「育成に力を入れている」というクラブでもやっていないと思います。「育成に力を入れている」と謳うのであれば、フィードバックは絶対にしなければなりません。でなければ「育成」という言葉は掲げないでほしいと思います。


また、選考結果にクラブの事情等も当然入ってきますから、それが理由の場合もあるはずです。レベル的には問題はないがクラブの事情で合格しなかったのであればそれを伝えるべきです。そうでないと、その子がその後何をしなければならないのかを考えても答えを導き出すことができません。


そんなこと自分で考えろ。考えれば自ずとやるべきことが見えるはず。という人もいます。当然自分で考えることは大切ですが、子どもたちは自分を客観的に見ることができませんし、そもそも何が合っていてなにが間違いなのかも知りません。



こんなこと、子供の育成に関わっている人たちならわかっているだろうことだと思いますが、わかっていない人や組織が多すぎることが残念で仕方がありません。


「サッカーができる」と「子供にサッカーを教える」は違います。
「サッカーを教える」と「子供に物事を教える」は全く違います。


クラブやスクールのコーチに、子供に物事を教えている、ということを自覚していない人が多すぎて、セレクションにはフィードバックが必要、だと思う人もいないんだと思います。


指導者は教え導くことが仕事です。
何でもかんでも教えているようでは導くことができません。かといって重要な事を伝えないようでは導くことができません。
そんなこと自分で考えろと突っぱねる必要もあるかもしれませんが、それは向かわせたい方向にその子のベクトルを向けてからやるべきことで、何もわからない何が原因かわからない状態ではそのベクトルに向かうことができませんし、そのベクトルに自分が乗るかどうかの判断もできません。ベクトルが完全に間違っている場合もありますし、それを修正できるいいチャンスなのに、子どもたちにそのチャンスを無駄にしてもらいたくないと思うのは私だけでしょうか。


サッカーはエンターテイメントなのでビジネス要素がありますが、そのビジネスが「子供の育成」に大きく関わっていることを理解している人は少ないと思うので、今後が心配です。


サッカーを教えているだけではなく子供を育ているという自覚がもっと必要だと思います。
昔からですが、親よりも指導者と言われるものが子どもたちの芽を握りつぶしています。最近では潰すことは少なくなったと思いますが、それでも芽を育てることができない、どう育てればわからない指導者が多いです。サッカー技術の面ではなく子供の育成という面で。

ちなみに嬉しい事にウチのコはいい指導者に巡りあう事ができています。


深堀りして書いていないので中身が軽くなってしまいました・・・
技術と戦術はこれまで色々と書いてきたのでそれほど多く書きませんが、4年生くらいまでには基礎は固めておかないといけないと思います。足が速いなどの身体的優位性でカバーしてのプレーは、その優位性で将来ずっとカバーできるのであれば別ですが、JY以降は通用しなくなってくると思います。

また、つまらない技術は時間の無駄なのでやらないほうがいいと思います。
相手を抜くためには相手の重心とは反対側にボールを運ぶことになりますが、相手がボールを見ている場合にシザースをやっても重心は全くずれないので意味がありません。そんなものを身につける前に、まず基礎であるトラップやキックをもっと正確なものにすべきです。

核心を理解して修得するのであれば別ですが、そうでなければ所詮素人目に上手く見えるだけなので時間の無駄となってしまいます。



プレーが上手い子でも、両足でリフティングができない子が結構居たりします。その場合、高学年になるにつれ利き足方向にしか抜けないので1人も抜けなくなってしまったり、利き足側の視野が強くなるためサイドでのプレーしかできなくなったりしてくるはずです。両足リフティングは利き足でない足で蹴る基礎にもなるものなので、4年生位までにはできているべきです。
ですが、それを試合で使うとなるとなかなか出来ません。それが意識せずにできるようになるのにも1年はかかるかと思いますので、もっと早くできるようになっていないといけないのかもしれません。



戦術については、小学3年生くらいで1割以上身に付けるのはリスクが有ります。
また、子供が口で言う半分ほどしか本人は理解できていませんし、1割も実践はできていないはずです。
小学生でもサッカーの難しい用語を沢山知っていて、口では色々とそれらしいことを言います。これは大人もそうですけどね。全てに「なんで?」と質問し続けてみると、途中で答えられなくなるかイライラしてくるはずです。途中まで答えていてもまたそれが普段使わないような難しい用語だったりします。
これは他人の言葉で覚えているだけで自分の中で消化できていないからで、考えて吸収しようとしないからです。なので答えられないのは当然で、既に理解できていないので考えてもわからずイライラしてしまいます。


リスクについてですが、戦術を理解しパスをすることは有効ですが、それを覚えてしまうとドリブルをあまりしなくなります。それは全く悪いことではありませんが、チャレンジしなくなってしまいます。チャレンジしないということはパスに逃げてしまうことになります。

本人は全くそうは思っておらず、その時の最善の選択をしたというかもしれませんが、そこには既にドリブルで相手を抜くという選択肢がなくなってしまっています。


また、パスはできるのですが受けることができません。パスを受けるためにはサポートに入る必要がありますが、全体が1割のレベルでサポートをしようとすると、味方にパスの選択肢が無いのでどんどん近くに寄る必要が出てきてしまい、サポートではなくフォローになってしまいます。するとポジショニングが悪くなったり、展開に追いつけなくなったりしてしまいます。
例えば真ん中で味方がボールを持っていて自分がサイドの場合、サイドは本来は開いているべきなのにサポートに入ろうとしてどんどん寄ってしまいます。ところが味方が自分で打開できてしまうと途端にサイドが居ない状態になります。しかもその味方の邪魔にもなりかねません。
ボールばかり見ていてポジショニングが良くない、周りからはそう見えてしまい、実際本人に聞いてもボールしか見えていないようです。これはかえって良くない状態になってしまっています。


個人戦術はチーム全体が同じレベルで同じ意識でないと実践的な習得はできないと感じます。ミニゲーム等での実践習得はできますが、それは大きなピッチでの戦術とは違い意識しなければならないポイントも少ないので、他が違ったレベルでもできてしまいますしそれほど難しくもありません。
ですが、その習得したものをピッチを大きくしてみるとボールばかり見ているような視野になってしまいます。



これくらいにしておきます。


心技体のトータルで教えてくれるようなスクールやクラブはありませんし教えてもらうものでもありません。
技術のコツや戦術の考え方は教えてもらえますが、それを自分のものにするのは自分です。また、それ以外は自身で身に付けていくしかありません。


その気持が子供本人にあるかどうか、うまくなるかはそれに尽きると思います。


(あくまで私の見解です)

「気持ち」と言っても自分の気持ちと他人から見た気持ちがあります。また自分の子がどう思っているかという親から見た子供の気持ちもあります。
で、それぞれレベルが違うと思います。

本人の気持ちは100でも、他人から見たその子の気持ちは50だったり、親から見たそれが100でも、本人は30だったり。
また、本人も親も100だけど、本当は20にも満たなかったり。


ココで言う「気持ち」とは、サッカーに対する姿勢です。それについても人それぞれ捉え方は違いますが、概ねがむしゃらにやっている子や自分の意見を言える子が、他人から見た「気持ち」があるように見えることが多いと思います。学校の先生などのプロと言われる人たちでない限り、そのくらいのレベルでしか判断していないはずです。

一番「気持ち」があるのは、コーチの指導に対して質問攻めにするような子なんだと思いますが、なかなかそういうことはできません。


ウチのコはサッカーには真摯に取り組んでいます。
本人は100ですが、当然コーチを質問攻めにすることはできませんし、周りの気の強い子に負けてしまったりして、他人から見ると100ではないんだろうと思います。
また普段の生活で、私達親が環境を作ってあげている事も多く、本人が軸になって動いている事が少ないため、サッカーをするためにはうまくなるためにはどうすればいいか、そういったことを普段から考えることを奪ってしまっていることになり、本人は100だと思っているものが本当は半分以下のレベルなんじゃないかと思います。


前者は技術などでカバーしていくしか無いと思います。気の強さは性格もあるので、なかなか変えることはできませんが、スキルがあると周りも認めざるをえないので技術でカバーできます。人一倍練習する必要はありますが。
後者は親が原因なので、早く自立させる必要があります。
ウチは幸いギリギリの段階で気付く事が出来ましたが、これが4年生になってもそうであればかなりまずいのかもしれません。


親がそれほど干渉していないように見えても実は子供の心のどこかに、言われるからやる、というのがあり、それが気持ちに現れて他人の目に写ってしまいます。

スクールへの送迎や、忘れ物チェック、集合時間からの逆算しての身支度などなど、親が自然とやってしまっていることがあるかと思いますが、これらの事も子ども自身が自主的に行うようになってこそ本当にサッカーが好きだと言えるんだと思います。

練習場所に連れて行ってもらって、終わったら連れて帰ってもらって。それでは、自分で行かないとサッカーが出来ない、という気持ちが芽生えません。
すね当てがないと試合に出られないのに、忘れ物をチェックしてもらっているようでは真摯に取り組んでいるとは到底言えません。


大したことじゃないように今は思えるかもしれません。
ですが、子供のこれからにとってはすごく大切なことだと思います。プロになりたいのであればなおさらです。



ウチのコ本人の「気持ち」が足りないということには気づいていましたが、その原因が親にあるということにはなかなか気づきませんでした。
強いチームなどに入ることは大変だけど入ってからのほうが大変だ、というのは、親が大変なのではなく子ども自身が大変だということに気付くのが遅すぎたのかもしれません。
ちなみにウチのコが足りない気持ちは「自分のサッカーを貫けない」ということです。


親ができることをしてあげるのではなく、子供がどうしてもできないことだけをしてあげる。

これに気付かないままだと、いわゆる親が子を駄目にする、ということになるんだと思います。