不倫するような人間に寄り添う気持ちも全くないが。

 

私も一応、数ある恋愛はしてきたほうだ。

元旦那と出会う前は、それなりに人ともお付き合いしてきた。

人並みの恋愛もしてきた。

 

なので、会社での年上だったり、上司だったり、

尊敬するに値する人にも出会ってきた。

もちろん、同級生とか、仲のいい異性もいる。

 

でも、「家庭を持っている人」に対して、「あんな家族っていいな」

「あんな旦那さんならいいだろうな」とは思ったことはあっても

「好き、もう止められない」という気持ちになることはなかった。

というか、「既婚者」という段階で、「好き」という気持ちはなくなる。

それが一般の「理性」であるし、普通のことだと思っていた。

 

が、あの界隈の人たちは違うのだ。

「不倫」という言葉は「婚外恋愛」という耳障りのいい言葉へ変わり。

 

「理性」「一般常識」「不貞行為」「犯罪行為」という言葉は、

「一生に一度の人」「出会うのが遅かった運命の人」「人としての自由」

「家庭に縛られない本来の感情」という言葉ですべて打ち消される。

「好きになった人がたまたま既婚者だった」とか、

「人間なんだから後悔しない人生を歩みたい」

「何が悪いの、人が好きになる感情は誰にも止められない」ともいう。

そういう頭に切り替わる、いや、もともとそういう考えなのだろう。

まあみんながみんな揃いも揃って同じような「常套句」を並べ立てるのだ。

 

そして揃いも揃って「家庭不和だった」だの「そうさせた(不倫させた)妻(旦那)が悪い」という言葉を並べる。

 

私も発覚以来、ネットやSNS等でいわゆる「不倫され側」と「不倫する側」

の言い分をたくさん見てきたし、

慰謝料や弁護士費用などなど、勉強もさせてもらった。

「不倫・不貞行為」を「婚外恋愛」というなんとも背徳感のある、

ともすれば「ある意味美談」になりやすい言葉に変換して、夜な夜な逢瀬を交わす。

芸能人の「その手の話題」も拍車をかけているのか、当たり前のように

「婚外彼」「婚外彼女」をポエムってSNSにあげ、

自己満足や「いいね」をもらって「悦に浸って」いるのだ。

「不倫を美的に表現する歌」なんかも巷にあふれている。

 

その後ろで被害を被っている「家族」、妻や夫、ともすれば何の罪もない子供たちのことなんてお構いなしだ。

 

「家族を壊す気なんてない。ただ、会えればいい」

というSNSの認証欲求がある時点で、

家族は壊れていくのが分かっていないお花畑な人たち。

 

そんなに好きならば、そんなに運命だというのなら。

 

ちゃんと婚姻生活を清算し、それなりの残された家族への責任

(慰謝料や生活費諸々)を果たし、納得いく形で離婚を成立させてから、

一緒になればいい。

ちなみに子供一人大学に行かせて成人するまでに約2400万かかるといわれている。

子供を作っておいて、ほかの女(男)のところに行くなら、それぐらいの金額を一生かかっても払う覚悟(いや一括で払え)で離婚したらいい。

(子供がいないなら、相手の保障のみかもしれませんが)

 

どんな理由も「不倫」をしていい理由なんかない、と思っている。

家庭不和?セックスレス?だから「不倫していい?」

んなわけないだろ。

 

他に好きな人ができた、その人が運命の人というのなら。

一度でも「一生をかけて」と思った現配偶者に対して

ちゃんと最後の誠心誠意をこめた「清算・離婚」をしてからすればいい。

納得のいく形で。時間がかかっても。

もちろん、自分の血を分けた子供に対しても。

 

もし、もし、1000歩譲って?「不倫する」のを容認するとしたら。

相手に何も求めず、SNSなんて一生しない、お互いの痕跡は一切残さない。

写真なんてもってのほか。

お互いにプレゼントも記念日もなし、もちろん会いたいときに会うなんて不可能。

会うのは慎重に慎重を期して。人目につかないところで。

配偶者への「匂わせ」は一切しない。見返りを求めない。

あくまで「一時の快楽」だけを楽しめばいい。

そしてお互いに死ぬまでその感情も「墓場」に持っていく覚悟があるならどうぞ。