こんにちは!
MICHIKOです❤
今日はいつもとは違う内容で書きます。
もう何十年も前のことですが、動物園に行った時のことです。
爬虫類のところに入ったら、ヘビのショーケースがありました。
大きなヘビだったので、たぶんニシキヘビだったのではと思うのですが、その時にそのガラスルームの中にウサギも一緒に1匹入っていました。
当時、なにも知らない私は、
「ヘビとウサギは仲良しなの?」
と聞いたら、
「いや、これはいかんな」
と言いながら、
「ごはん」
と言われました。
当時の私は幸いにも??で全く意味を理解していませんでした。
それを突然思い出したんです。
私はヘビが大の苦手で怖いので嫌いではありますがそれでも今思うことは、ヘビだって狭いガラスケースでいたら運動もできないから、
お腹がすくこともない、エサはあるので死にはしないが、一生檻の中。
そして、あのウサギは仲間が苦しみながら食べられているのを見ていただろうし、逃げ場のない箱の中でいずれ襲われることは本能で分かっていたはずだと思うと胸が苦しくなりました。
ここまでして、人間のために動物園という自由の効かない檻の収監所を作る必要なあるのかな、
と思いました。
私のようなスターシードで自由な人間から考えると、一生、生き殺しのような檻に入れられて生きると考えただけでも精神が耐えられない事です。
もちろん、動物ですから人間とは違うにしても、それでも足があって目が合って動ける生き物だったらその本能に従って自由に行きたいところに行って風を感じて生きたいのではないでしょうか。
猫や犬を見ていてもそう感じるのですから、ましてアフリカやアマゾンという大自然の中で生きている生き物を閉じ込めること自体が不自然な人間のエゴ的な考えではないでしょうか。
動物だって心を持っています。その苦しみが苦しみを生んでいると感じます。
今の時代にその珍しい動物を見て喜ぶ子どもよりも、可哀想(かわいそう)と感じるこどもの方が多くなってきていると感じます。
昔のように皆が自分をおし殺して、個人の自由に制限がかけられていた時代なら動物園の動物の心の痛みも感じることなく、やればやるほど繁栄したかもしれません。
でもこれからの時代は違います。
人と動物と地球と環境すべてが共存、共栄していく時代になりつつあるのです。
人間だけがよくて、それ以外は人間のために犠牲になってもいいという考え方は受け入れられない時代になりつつあるのです。
それは今生まれてきている子供たちがそれを見て心底からは喜ばない魂だからです。
昔のような一人よがり、自分さえ、うちの家族さえ、うちの会社さえ、うちのグループさえ、良ければ・・・。
という狭い考え方からさらに進んで、より高い視座、地球規模の視座で物事を考えられる人を求めています。
そんな方達と一緒に歩んでいきたいと思う今日この頃です。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
感謝を込めて。