人生の中でも、そうはないくらいの、密度の濃い時間を過ごした気がする。
思い出すことを、書いてみようと思います。
顔を合わせ出したのは喫煙所だった。
音楽の話しもしたが、お互いの人生を話すことが多かったように思う。
よく彼は友達がいないという話しをした。
中学校のとき、イジメられてからかわれたという話しをした。もちろん、それは全部笑いを伴うもので、いつもその『ネタ』を笑って楽しく聞いていた。
その話を、おれは全部信じていなかったが、半分は本気で聞いていた。友達がいないということは、おれにとってマイナスではなくプラスだった。好きな女の子を束縛したくなる気持ちに似たものだったのかもしれない。
やつにとっても、半分冗談で半分本気で話していたと思う。それは日常の退屈さ、つまらなさ(というより面白くなさ)、何か新しいものを求めている心の表れだったように思う。さらに言えば、自分を曝け出して、自分の全てを知ってもらうための格好の種だったようにも思う。
それは、お互い同じだった。
やつのセンスは最高だった。
アダ名を付けるセンス。目の付け所。おれはあれが、あのコンビのが一番好きだったよ。やつは、おれが昔、拾った眼鏡を一時期着用していて、その影響で視力がかなり悪化したという話しが好きだった。
たわいもない話しから、真面目な話しも、なんだか恋人のように、色々話した。
少し話しは戻るが、顔を合わせて間もない頃、もりのまつりの話しをした。
あいつは群れるのが嫌いな人間だったから、あまりそういう話しに乗り気でなかった。近くに接していた人も、あいつはそういうのやるタイプじゃないよ、と言った。
それでもどこか通ずるものを感じていたし、おれが誘えば参加するのでは、という気持ちでいた。
しかし、数日後丁寧にお断りの連絡が来た。
まあ、仕方ないかという気持ちで、しかし、その後も事あるごとにもりのまつりの話しは続けた。説得のため、というよりも、おれの中でもりのまつりは自分自身を表すものでもあるので、もりのまつりについて話しをすることはごく自然なことだった。
そして、あいつの気持ちが変わるのにそれほど時間はかからなかった。
時を同じくして、bandの話しが持ち上がった。
日常にウズウズしていた彼にとって、格好の目標になったのかもしれない。
三人でステージに立とう。
つまらない(というよりも矛盾、苛立ち、羨みの多い)日常に刺激が生まれた。
なけなしのボーナスで、ドラムを買う話にもなった。本気かよ、まだ本当にバンド組めるかも分からないぜ、と言っている間には、既にドラムセットを発注していた。
コピーをする話しも何度も出たが、ギターが書いた曲をやろうという結論に至った。インスト2曲、うたもの2曲になった。
おれはなかなか時間がつくれず、2人で練習してもらうことが多かった。2人でスタジオに入って、録音した音を喫煙所で聴かせてもらった。持ち帰ってそれを聴いて、自宅で1人で練習した。
当日までに3人で合わせたのは何回だったろう。数える程だったと思う。けど、その数回で良い感じのバイヴスというかフィーリングというか感覚は掴んでいた。曲順、曲間、MCなど話し合って、真剣につくりあげた。
4曲、それぞれ色があって、良い。
3人で臨んだライブは刺激的で、心地良かった。見てくれた仲間からも褒めてくれる言葉をもらった。
来年はもっと良いものが出来るんじゃないか、と思っていた。
しかし、それが最初で、最後のライブになってしまった。
2016年5月27日金曜日、いつもの喫煙所で、お互いの翌日の予定の話しをしたのが最後の会話になった。
今日で彼がこの世からいなくなって、一年。
昨日のようにも感じるが、なんだか遠い遠い過去のことのような気もしてしまう。
天国で、どんな一年を過ごしたかい。
告別式の日の夢の中で、差し出してきた白い紙袋には、何が入っていたんだろう。
一年経つからそろそろ教えてほしいな。
今年のもりまつも始動するよ。








