モンパルナスで墓参り | 旅ログ~とある京都フミンの奇妙なおでかけ☆

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とあるフミンの「おでかけ」にまつわる四方山噺☆

またしても間が空いてしまいましたがパリ3日目つづきです。


パリ3日目の夕暮れ近く。メトロに乗ってモンマルトルからやって来た先は…


パルナスCM


♪パルナス☆パルナス…といっても30代以上の関西人にしか分かんないですね、この洋菓子店のCMは( ̄∇ ̄;)。モンはモンでもモンマルトルでなく、モンパルナスでした~(^ε^)。


さて夕暮れ迫るパリの街。モンパルナス、といえば前回のモンマルトルでも触れた20世紀初頭に活躍した「エコール・ド・パリ」の芸術家たちに縁の深い場所なんですが…今回それとは全く関係ありませんで。今回モンパルナスに来た目的は、「墓参り」です☆


モンパルナス墓地


パリには至る所に墓地がありまして…その中でも著名人が多数葬られているという事で「セレブ」な墓地として観光名所にもなっているのが、前回ブログで訪れたモンマルトルにある「モンマルトル墓地」と、このモンパルナスにある「モンパルナス墓地」なのです。


モンパルナス墓地入口
Cimetiére de Montparnasse


墓参りなど滅多にしない私ですが、今回ばかりは事情が違います。日本を発つ前にパリのガイドブックをパラパラと見ていて、モンパルナス墓地のページで偶然目に入った名前がありました。その名は「セルジュ・ゲーンズブール」。


Serge Gainsbourg
Serge Gainsbourg(1928-1991)


ご存知でない方の為に簡単に説明しておくと「1960年代から90年代に活躍した現代フランスの超大物歌手・作詞作曲家」といった所なんですが。少し突っ込んで説明してみると…1960年代にそれまでの旧態依然としたフランスのシャンソンに英米のロックやジャマイカのレゲエやスカ、さらにはクラシック音楽の要素まで取り入れていわゆる「フレンチポップ」という新しいジャンルを創り出した立役者…といったところでしょうか。日本でよく知られるところでいえば1960年代のヒット曲「夢見るシャンソン人形」の作者といえばピンとくる人も多いのではないでしょうか?顔に似合わずキュートでロマンチックな作風で「えっ、あの曲もゲーンズブール?!」と、後から知って驚く事も少なくない人です。


彼の活動範囲は音楽にとどまらず映画や文学にまで及び、とにもかくにも現代のアメリカ中心のカルチャーの流れにあって、フランスの創り出す文化が独特の影響力を持つに至ったのはこの人の存在のおかげ…といったらホメすぎでしょうか?


Serge Gainsbourg
この写真かっこいい☆


日本でいえば没後の1990年代中頃から彼の作品のCDによる復刻がはじまって…それと前後するかたちで、いわゆる「渋谷系」と呼ばれるミュージシャンや一部のサブカルチャー系文化人たちが挙って「ゲーンズブール礼賛」をしてそれで知ったという人も多いんじゃないんでしょうか。元ピチカートファイブの小西康陽氏なんかはその代表みたいなカンジですが…そういえば今や漫画「デトロイト・メタルシティ」でおなじみのカヒミ・カリィなんかも事あるごとにゲーンズブール、ゲーンズブールと言っていた事を今さらながら思い出しますなぁ。


カヒミ・カリィ
Kahimi Karie


さてモンパルナス墓地。夕暮れ迫る墓所の中で「彼」の墓は何処にあるのか。公園のようなモンパルナス墓地をガイドブック片手に探し歩くのですがどうにも見つかりません。ガイドブックには墓所の地図と、何処に誰の墓があるのかという解説が載っていて、それを見ながら探すのですが、目的の場所に到着したと思ったら全然違う人の墓だったりと…なぜだか見つからないのです。


モンパルナス墓地中央広場


探し求める「彼」の墓が全く見つからないのですっかり途方に暮れてしまいました。モンパルナス墓地の門が閉められるのは冬場の2月は夕方5時半。いい加減もう諦めて帰ろうかと考えていたところ、一人の老人が私のほうに近づいて来てフランス語訛りの英語でこう話しかけてきました。


「誰の墓を探しているんだね?」


「…セルジュ・ゲーンズブールです。」


正直なところエロチックな作風で良識的な人たちからは嫌悪されている部分もある人なので、嫌な顔をされるかと思って躊躇したのですが、その老人は快く、


「ああ、彼の墓なら知っているよ。ついておいで。」


ズボンのポケットの中に両手を突っ込んだまま、若干背中を丸めて老人は早足で歩き始めました。けっこう離れたところにあるのかなと思いつつ老人のあとをついていくと、数十秒ほど歩いたあたりで老人はちらりとこちらを振り返って、


「ここだよ」


といって一つの墓を指し示しました。するとそこには沢山の花束や供物に混じって彼の肖像が掲げられていました。墓碑銘を見ると確かに「Serge Gainsbourg 1928~1991」とあります。


S.Gainsbourgの墓1


老人はそのまままっすぐ道の続く方向へと歩いて行きました。私がその後ろ姿に向かって「メルシィ」とフランス語で礼を言うと老人はこちらを振り向かず、照れたように軽く右手を挙げてそのまま道の続くほうへと歩き去って行きました。


…英語だけでなくフランス語もほんの少し勉強しておいて良かったなと思えた瞬間でありました。


S.Gainsbourgの墓2


さて思わぬ助けでようやく辿り着いたセルジュ・ゲーンズブールの墓ですが、没後17年も経つというのに未だに献花や供物で埋め尽くされています。現在も続くファンたちのセルジュへの想いは一ファンとして非常に感動的でした。正直、嬉しいぜっ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・…てな感じです。


墓石の上にメトロの切符が沢山捧げられているのは、彼の初期のヒット曲にメトロの改札係の事を歌った曲あるからだそうで。私もそれにならって自分のメトロの切符を献じようと考えたのですが…あいにく私のメトロの切符は昨日買ったばかりの3日間の乗り放題切符で、まだあと1日半期限が残っています。せこい話ですがこれを献じてしまうと、新たにメトロの切符を買わないとホテルに帰れなくなってしまいます。なので、とりあえずはカトリック式の十字を切って、財布の中から今日までの買い物の時にもらったスーパーのレシートの適当なのを取り出して、セルジュと同じパリの空気を吸った証として切符の代わりに献じて彼の墓を後にしました。


フランス人は個人主義で冷たいと聞いていたのですが、この時出会った老人の思わぬ心遣いには正直感謝しても感謝しきれません。あの時あの老人が声を掛けてこなかったら、たとえお墓であるにしろセルジュには結局会えずじまいのところでしたから、今回のパリ滞在が半分くらい無駄になるところでした。あの時の名も知らぬフランスのご隠居さんには感謝感謝☆


さて念願のセルジュ・ゲーンズブールの墓参をすませてモンパルナスを後にした私ですが…この時点でまだ少し日没には時間があったわけです。まだまだホテルに戻るには若干早い気がします。かくなる上はヨーロッパの都市に行ったとき恒例の「あれ」のネタを次回はやってしまいましょうか?! ではまた~(^o^)ノ


Stade  de Football