
EURO2008・サッカー欧州選手権、フランス代表1次リーグ敗退御愁傷様でした。フランス代表ファンはあまり日本には居ないと思いますが、まずはおくやみ申し上げます。
…しかしフランス代表は強豪国と目されながら強さが安定しないですな。どうやらプラティニ、ジダンに続く超人的な10番が降臨するのを辛抱強く待つしか手段は無いようです。ただ私は同じグループのイタリアとオランダの代表を贔屓にしているので、両国がグループリーグを勝ち抜いてくれたのでその点では嬉しいんですが…と、思っていたら今大会私が一押しのポルトガル代表がよりによってドイツ代表に敗戦、大会から姿を消してしまいました。私はWOW○Wに加盟していないのでこのドイツとの試合にに勝ってくれないとテレビで試合が見ることができなかったのでとても悔しいです・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

サッカーの話題はこの辺にして再び話を2008年2月のパリに戻しましょう。
さてヨーロッパ最大のアラブ人街バルベスを後にした私は、そこからすぐ近くのパリの名刹「サクレ・クール寺院」へと向かいました。

サクレ・クール寺院は20世紀初頭にパリに集まった貧しい芸術家たちが身を寄せ合って住んだ「モンマルトル地区」に1876年に建てられたかなり新しい寺院で、フランス語で「殉教者の山」を意味する「モンマルトル (Montmartre)」の名のとおりヨーロッパの寺院にしては珍しく小高い山の上に建立されています。

なので寺院の「本堂」に参拝するためには数百段の石段を登って129mある山の上の境内にまで上がらなければなりません。ヨーロッパの教会や寺院はその地域の住民の集会所も兼ねているので、この寺院の檀家(ヨーロッパにそんなものがあるのか知りませんが) になった人たちは大変だな~と思います。
さてそんなサクレ・クール寺院なんですが、石段を降りた寺院の入り口では、大勢の謎の男たちが「一体、この行為には何の意味があるんだろう?」という謎の行動を観光客相手に日々繰り返しているという現状があるのです。果たしてカトリックの「山寺の和尚さん」たちはこの事実を知っているのでしょうか?
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バルベスから10分ほど歩いてサクレ・クール寺院の石段の下に到着すると、ヨーロッパ人の観光客に混じって10数人の黒人の男たちがウロウロしていました。

ヨーロッパの大都市でアフリカ系の人たちを見かけるのは珍しい事ではないので、はじめは観光客相手に土産物を売っている出稼ぎの露天商なんだろうなと思って別に気にも留めていなかったのですが、寺院に近づいてみるにつれどうにも様子がおかしい事に気付き始めました。

道端で何かを売っているにしては売っている商品が見当たらないのです。そのかわり上の写真に見えるように、皆が手に手にJリーグ初期に流行したブラジルのお守り「ミサンガ」のようなカラー紐を何本か持っているのです。

見ていると彼らは手当り次第に観光客に声を掛け、半ば強引に観光客の手首にミサンガさながらにカラー紐を結び付けようとするのです。大半の観光客は露骨に嫌な顔をしてそそくさとサクレ・クールの石段を登っていくのですが、それでも3~4人に1人は手首に紐を結びつけられるのを承諾していました。そしてここでさらに不思議なのは、彼ら黒人がカラー紐の対価として特に代金を要求していないというところです。
「せっかく紐結んでやったんやし、ナンボかちょうだいや。1ユーロでええし(`∀´)」
とか言いそうなんですが、見ていると彼らと観光客との間でお金のやり取りはまったく無いようなのです。お金が目的の行為でないとしたら、日本でもよくある「あなたのためにお祈りさせてください」的な新興宗教の勧誘かとも思ったのですが、どうもそうでも無いらしいのです。宗教的な行為なら「この紐が貴方の運気を開く☆」みたいな事をフランス語で書いたメッセージボードを持ったエライさんがどこかにいるんじゃないかと思って探したのですが、そのような人物もどこにも見あたらないのです。自前で用意したカラー紐を道行く人にタダで結び与え、それでオシマイという意味の無い無償の行為をひたすら繰り返しているように見えるのです。
そうこうしている内に私のほうにもその黒人が一人がなれなれしく近づいて来て、何やら話しかけながら私の手首にカラー紐を結びつけようとするのですが…

…ただここで私の脳裏にある悪い想像が浮かびました。…彼らは見ず知らずの他人の行為を素直に受け入れる、いうなれば騙し易い「カモ」を探している犯罪組織の別働隊で、手首に巻かれたカラー紐は言うなれば彼らにとっての「カモ」であることを示すマークで、その紐を巻いたままパリの他の観光地~例えばエッフェル塔や凱旋門~に行くと、彼らの一味の餌食として犯罪に巻き込まれて金品を巻き上げられる…という仕組みがあるのではないかという想像です。日本のニュース番組で以前に「家の表札の隅にいつの間にか変なマークが書かれていて、何だろうと思っていると、実はそれは犯罪組織や悪質セールスマンがターゲットにしやすい家庭を見分けるために書いたマークだった」というレポートを見た事がありまして、このミサンガもどきも、もしかしてその「カモ認定マーク」なのではないかと考えたわけです。

言葉もあまりわからない海外での旅行中という事もあって警戒心も高まっていたので要らぬ想像をしてしまったかも知れないですが、とにかくその場は「カモにされてたまるか☆」という考えのほうが勝って、近づいて来たその黒人を犬でも追い払うように追いやって、サクレ・クールの石段をそそくさと登って難を逃れました。

サクレ・クールの境内のテラスから眺めるパリの眺望はなかなかのものでした。石段を登った寺院の境内まではさすがに彼らもやって来れないようで、パリの眺望と白亜の寺院をゆっくり堪能することができました。しばし礼拝堂で休息をとった後、長い石段を降りて次なる目的地へと向かいました。なぜか石段を降りた私には彼らは声を掛けてきませんでした。あのミサンガもどきはサクレ・クール寺院に入ってしまった人間には効力を発揮しないのでしょうか?それとも彼らの属するグループにとって私は「危険人物」として認定されたのでしょうか?真相はわかりません。
結局、彼らは何者だったのでしょうか?帰国後、インターネットで色々と調べてみたのですが、それらしい内容の記事には全くヒットしませんでした。パリ在住者やフランス旅行経験者のブログなんかも当たってみたのですが…何もわかりませんでした。ただ、一つ愚痴を言わせてもらうとフランス関連のブログを開設している人たちは手放しでフランス礼賛をしているような人たちが多くて…パリのお買い物情報やパリでのオシャレな生活をレポートするような内容のブログばかりで、フランスにまつわるネガティヴな情報といっても現サルコジ政権に対するちょっとした嫌味を書いたぐらいのもので、全般的にあまり参考にはならなかったですね。
結局のところ彼らの正体は2008年6月の現在でも分からずじまいです。その後パリ滞在中に犯罪被害には遭わなかったのですが…それがサクレ・クール寺院の男たちの行為 (厚意?)と因果関係が有ったのかどうかは今となってはわかりません。
それにしてもこのネット時代に彼らについて何の情報も掴めないというのはかえって不気味です。ホントに何なんでしょうね。もしかしたら彼らの背景に何か巨大な組織が絡んでいて、マスコミ等でこの事を発表すると人知れず抹殺されるとか…まああり得ないとは思いますが。
とりあえずは私の知る限りはこの事実を日本のネット社会に伝えたのはこの私が最初、という事になるようなので…その点ではネタを提供者ということで感謝すべきなんでしょうかね?
サクレ・クール寺院を後にした私は、同じモンマルトル地区のさらに奥、20世紀初頭に「エコール・ド・パリ」の芸術家たちがたむろした地区へと向かいます。