久しぶりに想いを振り返ってみた★
今から6,7年程前、私は東京を捨てた。
当時は『捨てられた』という感覚の方が強かったのかもしれない。
六本木ヒルズオフィスの39Fから、東京の曇り空を眺めていた。
『私のやりたいことって、なんだっけ。私って、なんだったっけ。』

社会人として、東京に『居場所』を必死で探していた。唯一の救いであったはずの彼にも、浮気をされていた。男性社会に揉まれ、高層ビルに囲まれ、悲しい心に包まれ、がんばっても頑張っても晴れない私の心は、次第に壊れていった。
引きこもりをよぎなくされ、自分の存在価値を否定した。何もかも、どうでも良くなった。パパ、ママ、ごめん。ここまで育ててもらって、海外留学もたくさんさせてもらって、なのに、迷惑ばかりかけて、こんな娘で、こんな私で..
それでも必死にもがいて、『このままではいけない!』と思えた時私は、
『自分探し』の旅に出たのだった。
家族・友達には、すぐ帰ってくるようなことを伝えたが、本人は戻ってこないようなつもりで、ふるさと・日本を離れた。
そこは、自分探しの王道。南国・ハワイ。『待っていたよ。』と言わんばかりに、大自然は私を迎え入れてくれた。心も身体も、お肌も、ぼろぼろな私、人とも会いたくない、何もできない私でも、壮大な山々、優しい海風、眩し過ぎる程の太陽は、大きな心で迎え入れてくれた。その瞬間、少し、救われた気がしたのだ。
ハワイの独特な神聖さに包まれながら暮らす中で私は、ある日『モリンガ』という植物に出逢った。
自然や植物、草木、花、、、あまりにも無頓着で無縁だった私が、『モリンガ』に導かれるように自然の力を教えてもらうことになったのは、恐らく偶然ではなく、必然だった。自分自身を見失った私の状態を見兼ねて『モリンガ』は、そっと私に手を差し伸べてくれた。今でもそう、強く想う。
自分自身に自信がなくって、余裕がなくって、自分を傷つけ、周囲を傷つけた。周囲を気遣う余裕なんてなかった。周りのせいにした。自分を省みることもしないで。
かたや『モリンガ』という樹木は、自分のからだや魂や全てを活用して、自身のため、周囲のため、環境のため、地球のために生きることを徹底して行っていた。約5000年この地球に存在し、長い年月をかけてソレを行う樹木から、教わることがたくさんあったのだ。教わる..というより、『思い出させてくれた』という方が近いかもしれない。『心の在り方』『自分の在り方』そんなことを、モリンガを通じ、思い出すようになった。
『モリンガ』のことを深く知りたくなり、とにかく動いた。嘘みたいに。導かれるように。自分だけでなく、もっとたくさんの人に知ってもらいたくなって、いつの日か、自分探し⇒モリンガ探しの旅をしていた。
捨てられた、捨てたはずの東京や日本に『モリンガ』のパワーを届けたくなった。少し怖かったけれど、私のように救われる人がたくさんいるかもしれないって。私と同じように『笑顔』も『自分のこと』も思い出す人がいるんじゃないかって。何年経ってもまだまだ道半ば。だけれど、より多くの人の手に届くことが、叶って欲しい。
『モリンガ』を広めるべく日本に戻り、改めて東京の街で暮らす中で、東京や日本の素晴らしさにも『気づく』ことができるようになっていた。渋谷の大通りでも、しっかりと花開く草木。ビルの合間に紫とピンク色に色づく夕日。物質社会、24時間眠らないナイトライフだって、それなりに愉しむことができるようになった。しかし、モノや決まった形のサービスが飽和状態の中、日本伝統の叡智や、失われつつある日本古来の『美徳』を守っていきたいという気持ちが生まれるのは、不思議。今でも月1回は飛行機に乗るほど海外志向は止まらないし、そもそも故郷を“捨てた”つもりだったのですから...。
自分を救ってくれた『モリンガ』と、日本古くからの伝統の叡智や技術を融合した“モノ”や“形”“心”を、日本で顔張る女性と、その家族の“幸せ”へ。人と人、自然と人、日本が古くから崇める自然と現代都市、そして、日本と世界を紡いでいくことが、次なる挑戦である。